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媚薬


 本から目を離し窓の外を見ると、大雨が降っていた。時計を見ると、とっくに日が沈んでいる時間だ。


「……もう試合は終わったのでしょうか」


 わたしが呟くと、トア様も時計に目を向けた。


「もう終わっている時間でしょう」

「そうなのですね」


 頷くと、夕食の時間か部屋の扉が叩かれた。扉の方に視線を向けると、夕食を運んできた人達が中に入って来て、机の上に食事が並べられる。わたしはいつもの位置でお箸を持って食事を口に運ぶ。

 わたしの食事は王城専属の料理人が作っているらしく、最高級品の食事である。食事自体はかなり美味しいが、わたしがこんなにいい食事を摂っていいのかという思いになる。

 味わいながらスープを飲んでいると、少し甘い味がした。違和感を感じて眉を顰め、器を置く。


「シェルミカ様? 何かお気に障ることでも?」

「……何でもありません。美味しいです」


 トア様に問われ、わたしはごまかしてスープを全て飲み干した。やっぱりちょっと甘い気がする。



 食事から二時間程経った時。わたしは自分の身体に違和感を感じた。入浴後だからなのか、身体がやけに熱い。

 水分を摂ろうとグラスに手を伸ばすと、手が震えてグラスを倒してしまった。トア様が直ぐに反応し、水分をタオルでふき取ってくださる。


「……あ、も、申し訳ありません」


 手伝おうと立ち上がると、立ち眩みがしてふらりと身体が揺れた。トア様がすぐさまわたしの身体を支えてくださるが、彼の腕がわたしの身体に触れた瞬間、触れられた箇所が熱を帯びる。


「……っひゃっ」


 変な声が出てしまう。トア様が驚いたように目を開き、わたしの顔はみるみると熱を発し始めた。


「申し訳ありません!」


 慌ててトア様から離れるが、身体に力が入らずに千鳥足でそのまま椅子に座る。身体中が熱い。おかしな気分だ。何故か下半身がムズムズとしてくる。


「うぅっ。なにか変……」


 頬を冷やそうと手で挟むが、手も熱くて全く気持ちがよくない。なんだか息も切れてきた。目の前がぼんやりと歪む。


「……失礼します、シェルミカ様」


 トア様はしばらくの間わたしを見ていたが、わたしの目線に合わせて彼が体を屈める。そして彼の手がわたしの頬に触れた。冷たくて気持ちが良い。それと同時に触れられたところの感覚が敏感になっているのか、やけに下の方が反応する。


「シェルミカ様。夕食で何か変わった味がしましたか?」


 トア様の問いかけにわたしは頷く。彼の冷たい手が少しだけわたしの頭を冷静にさせた。


「スープが甘く感じました」

「甘い……そうですか。貴女様の今の状態は?」

「よく分からないです。ただ熱くて、変な気分です。全部が敏感に感じて……」


 恥ずかしくなってわたしは目を伏せる。トア様の深い青い瞳を見ていると、飲み込まれてしまいそうな錯覚に陥ってしまった。彼は少し目をさ迷わせ、そして言った。


「……媚薬ですね」

「び、媚薬?」


 思わず復唱してしまう。スープに媚薬が混ざっていたということだろうか。遅効性のものだったから、今になって症状が出てきてしまったのかもしれない。

 それよりも、どうしたらこの熱から逃げることができるだろう。段々と頭まで働かなくなってきた。ただただ熱くて、今にも倒れてしまいそうだ。


「殿下に報告を」


 トア様が立ち上がろうとする。しかしわたしは無意識のうちに彼の腕を掴んでいた。トア様が驚いた表情を見せるが、わたしが一番驚いている。


「あ、えっと、その……ごめんなさい」


 直ぐに彼の腕から手を離す。トア様は心配そうな顔をして、わたしの顔を覗き込んだ。彼の瞳を見ることができず、すぐに目を逸らす。


「い、今のわたし、変なので、気にしないでください。そ、そうだ。わたし、自分で、何とかします。ユイト様は今お忙しいでしょうし、わたしのせいで夜会をダメにしてしまう訳には、いきません」


 違う。ユイナート様を呼んでほしくないから彼の手を掴んだわけではない。でも、その本当の理由は今は別にいい。トア様に迷惑をかけないようにしないと……。

 わたしは立ち上がって、壁に手を伝いながら寝室へ向かう。


「シェルミカ様!」

「こ、来ないでください!」


 トア様はわたしを支えようと近づいてくるが、わたしは明確に拒否を示した。トア様の男性的な姿を見るだけで、おかしな気分になる。彼はわたしが寝室に入り一人になることを危惧しているのかもしれないが、今はそんなことを言っている場合ではない。


「わ、わたし、ダメなんです。とにかく、ダメ。トア様、あの、わたし大丈夫ですから。トア様は、わたしのこと見張っとかないと、ダメなんでしょうけど、今は、今だけは、一人にさせてください。変なこと、しちゃいそう……」


 トア様はわたしを見て逡巡するように思案している。わたしは寝室の扉に手を寄せた。


「これでトア様が起こられたりしたら、わたし、わたしがユイト様に怒ります」

「……私は、貴女様の事を心配しているのです。決して殿下の命を破ることを危惧しているわけではありません」


 彼がはっきりとそう述べた。わたしは思わず彼の顔を見る。彼はわたしを案ずるような目をしていて、わたしの身体は再び熱を帯びる。


「で、ですが、わたしがもし、トア様に変なことをお願いしたら、トア様、ユイト様に酷いことされちゃう」


 ユイナート様の嫉妬深さと独占欲は常識を超えている。どれ程彼がトア様のことを信頼していたとしても、わたしがトア様に性的なことを要求したら、彼はトア様に酷い処遇を課す可能性がある。それは絶対に嫌だ。


「お願いです。わたし、一人になりたい」


 涙が出てきて、声も震えてしまう。トア様は一度目を瞑り、そしてゆっくりと頷いた。


「分かりました。決してご無理をなさらないでください。私はここにおりますので、体調が悪くなった際にはお声かけください」


 わたしは感謝の言葉を告げ、逃げるように寝室に入った。



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