回想(4)
再び目を開けた時、景色は一変していた。眼前には花畑が広がり、心地よい風が吹いている。しばらくぼんやりと何も考えることができず、美しい花畑を眺めた。
「……シェミちゃん。何を考えているの?」
優しい声が聞こえて後ろを見る。栗色の髪の若い女性だ。彼女は明るい笑顔を浮かべながらわたしの隣に腰かける。
「お花が綺麗で、ついぼーっとしてしまいました。カナちゃん、わたしに何かご用ですか?」
わたしの口がひとりでに動いてそう言った。カナちゃん。その名前と彼女の姿に、胸がぎゅっと締められるような感覚になる。
先のユイナート様との記憶で、彼と過ごしていた日々を断片的に思い出した。すべては思い出せていないけど、大まかな記憶は取り戻していると思われる。トア様、カイト様、ミハイル様、アルビー様、ニーナ様。わたしと関わりのあった人達のことも思い出した。
しかし、それ以前の記憶はまだ戻っていない。舞踏会でユイナート様に囚われる以前、わたしはどんなことをしていたのか。それに関する記憶が、今から見られるのかもしれない。昔のわたしがカナちゃんと呼んだ彼女について、早く思い出したい。
「おばさんたちが、シェミちゃんを呼んでいたよ。一緒にケーキを作ろうだって」
「おば様が? それは、早く行かないといけませんね」
わたしは微笑み、立ち上がる。そして、カナちゃんと並んで花畑を離れた。
「子どもたちがはしゃいではしゃいで大変なのよ」
「年に一度の大きなお祭りですからね」
「王子様が祭りに来るかもしれない、っていう噂があってね。それもあって、みんな大騒ぎ大盛り上がりよ。まあただの噂だし、本当に王子様が来るとは限らないんだけどねぇ」
通りを歩きながら、わたしたちは話をする。時折わたしたちに手を振ってくる人もいて、皆親しげだ。カナちゃんが言う王子様というのは、ユイナート様のことなのだろうか。
「あ、トーナ! やっほー、順調?」
道の途中の店でカナちゃんは立ち止まり、店員さんだと思われる男の人に話しかけた。彼は重そうな荷物を下ろして振り向く。
「おお。カナと、シェルミカちゃん。こっちは順調だよ。そっちはどうなんだ?」
「うちはちょっと手が足りなくて、子どもたちも参加させて大慌て。でも、楽しいよ」
「そうか、良かった」
にか、と彼は笑う。何も隠されていない、純粋な笑み。……ユイナート様とセシリオ様の微笑を何度も見ているせいか、他の人の笑顔にも何か隠されているのではないかと考えてしまうようになっているようだ。
「王子様がいらっしゃるかもしれないなら、見苦しいところは見せられないからな」
「トーナはあの噂、信じているんだ。そりゃ、あんたは王子様にお礼を言いたいよね」
「あの方は俺達のことを思ってくださっている。だから、本来なら嘘だと思うような噂でも、本当なんじゃないかって思えるんだ」
言葉の端々から、彼らが王子様を慕っているということが伝わってくる。
「わたしも会えるものなら会ってみたいよ。だって、本当にイケメンでかっこいいらしいじゃない」
「俺も、あの方の本当の姿は見ていないからな……」
「あんたのとこに、王子様の肖像画が飾ってあるでしょ。あんなにかっこいい人が存在するのかって思っちゃうよ。ね、シェミちゃんも、王子様に会ってみたいと思う?」
カナちゃんに急に話をふられた。わたしの視線は、トーナさんのお店に向けられる。見てみると、確かにユイナート様だと思われる人の肖像画が飾られている。まるで神話を描いたかのように神々しく華やかだが、確かにユイナート様だ。ただ、現実のユイナート様よりは幼く、今の子ども姿の彼よりは大人に見える。
「そうですね。わたしも、会ってみたいです。この美しく温かな国を支えていらっしゃる方ですから、とてもお優しい方なのでしょうね」
「あーもう! シェミちゃんの心が綺麗すぎてわたし恥ずかしいよ!」
「ああ……。シェルミカちゃんは、ずっとそのままでいてくれよ」
記憶の中のわたしは首を傾げている。この頃から、わたしはユイナート様に関することを忘れてしまっているようだ。
「……って、話し込んでいる場合じゃなかった! リーおばさんは早くシェミちゃんを連れてきて欲しいって言ってたのに」
「そうなのですか? でしたら、急ぎましょう。失礼します、トーナさん」
「ああ。シェルミカちゃん、祭りを楽しんでな!」
わたしは頭を下げ、カナちゃんと共にその場を離れた。トーナさんは明るい笑みを浮かべ、手を振ってくれた。




