舞踏会
「舞踏会、ですか?」
「ええ。あの月華の王子様が婚約者の舞踏会を開くらしいの。誰でも参加可能で、街はその話でもちきりよ。それに、王子様のお姿を近くで見る絶好の機会なの!」
お友達のカナちゃんが頬を赤く染め、興奮した様子でそう言った。わたし——シェルミカは彼女の言葉を少し反芻する。
『月華の王子様』ことアルテアラ王国の王子様である、ユイナート・ルゥ・アルテアラ。彼の婚約者のお披露目の舞踏会が開かれるらしい。平民も参加可能の珍しい舞踏会で、お貴族様はほとんど参加しないようだ。アルテアラ王国の王族は平民との距離が近いので、平民の皆は王族のことを信用し、慕ってい
る。
「開かれるのは明日。シェミちゃんも出るでしょ?」
「わたしは……。ドレスを持っていないので」
「ドレスなら貸してあげるよ! シェミちゃんがドレス着て舞踏会に出たら、たくさんの男たちが目を奪われるでしょうね」
「そんなことはないと思いますが……」
舞踏会に行く人達の中には良いお相手を見つけることが目的の人も多い。カナちゃんはそのことを言っているのだろう。しかしわたしは一切そういうことには興味がなく、なんなら結婚もしなくていいと思っているくらいである。ちなみにカナちゃんにはすでに良い旦那さんがいる。
「ねえシェミちゃん、一緒に行こうよー。おいしい料理がたっくさん食べ放題なんだよ?」
「やはりカナちゃんの目的はそれでしたか」
その後も何度か行く行かないの攻防を繰り返し、結局わたしが折れることになった。
「仕方ないですね……。ドレスはできるだけ落ち着いたものにしてください」
「わかったわ! 目を引くような美しいドレスね! わたしが持っている一番いいものを用意するわ!」
ジト目でカナちゃんを見ると、彼女は冗談だと言いながら笑った。
そして舞踏会の夜。わたしとカナちゃんは舞踏会が開かれる王城の門の前に立っていた。
「……大きいです」
「そだねー。でっかいねー」
お城の中に、とっても豪華なドレスを着たご令嬢達が入っていくのを横目で眺める。王子様も参加する舞踏会だから、こうやって豪華なドレスを着てくる人も多い。わたしはカナちゃんから軽いドレスを借りた。わたしの薄い桃色の髪に合わせて青色のものを選んでくれたらしい。ちょっとおしゃれしたいときにも着られそうなドレスなので、目立つことはないだろう。
会場の大広間は門から少し歩いた場所にある。護衛の騎士が廊下にはたくさんいた。大広間には既に人が沢山いて、料理のいい匂いが漂っていた。バイキング形式で並べられた料理は自由にとって食べ放題である。
私達は給仕の人からお皿を受け取り、料理をお皿にとって、パクパクと頬張る。普段は食べられない高価な食材も多く使われており、大層な贅沢である。
その時、ざわめいていた広間に静寂が訪れた。
「ユイナート・ルゥ・アルテアラ殿下の御成です」
その言葉につられて扉を見る。優雅に現れたのは、微笑を称えた青年だ。遠目から見ても高身長で容姿が恐ろしいほど整っており、銀髪で紅い目をしている。彼の隣には美しい髪をのばした美女が寄り添うように立っている。
「本日はわざわざお越しくださり、ありがとうございます。是非パーティーを楽しんでくださいね」
ユイナート様は上座の椅子に腰を下ろす。隣の女性か彼の婚約者なのだろう。軽く彼が手を上げると、ダンスの音楽が流れ始める。彼と婚約者はダンスを踊らないのだろうか。
「……さっすが、月華の王子様。イケメンすぎじゃん」
カナちゃんがボソリと声を漏らす。同じことを考えていたので、わたしは少し苦笑してそれに答えた。
その時、ふとユイナート様と目が合った気がした。にこり、と笑みを深められて、気恥ずかしいような、恐怖のようなよくわからない感情が生まれ、思わず目を逸らした。
二、三口アルコールを口にすると少し気分が悪くなってきたので、カナちゃんに断って広間を出る。外の空気を吸いたくなったので、庭に行く道を探す。
「…………?」
後ろから人の足音が聞こえる気がする。誰かにつけられているような雰囲気を感じた。後ろを見ても誰もいないので、本当に気のせいだったのかとわたしは首を傾げる。その時、急に腕を掴まれた。
ハッと後ろを見ると、数人の屈強な男が私を囲んでいた。どこに隠れていたのだろう。驚いて声が出そうになったけど、猿轡を噛まされ声を出せなくされた。そのまま一番近くの部屋の中に連れ込まれる。
そこで待っていたのは、なんとユイナート様その人だった。彼はソファーの上で足を組んでワイングラスを揺らしている。彼はわたしに視線を移すと、笑みを深くした。
「やぁ、久しぶりですね」
彼はにこにこと微笑みながらグラスを隣の騎士らしき男に手渡し、ソファーから立ち上がった。そしてわたしの元へ近づいてくる。わたしは逃げようと身体を動かすも、男達に両腕を掴まれて動けない。
ユイナート様はわたしの顎に手を添えて、くっと上に向けた。彼が顔を近づけてくる。会場で見た優しかった紅い瞳が、今では獣のような鋭さを孕んでいる。
「……数年経って、もっと可愛くなりましたね。これは声も顔も期待できますよ」
怪しげに微笑んで、ユイナート様は猿轡を外す。しかしわたしは声を上げることはできなかった。声を上げることが、許されないような圧を感じた。
「それでは、頂きます」
チュッ、と音が聞こえた。
何が起こったのか、全く分からなかった。気がついたらユイナート様との距離がゼロになり、唇が触れ合っていた。
「……っっ!?」
腕は変わらず掴まれているので抵抗できない。強く押さえつけてくるユイナート様の指のせいで、口を閉じることができない。彼の舌が歯列を割って口内で暴れ、唾液を吸われる。今の状況を理解するにつれ、耳に熱がこもり身体が沸騰しそうになった。
彼の顔が離れた瞬間を狙って息を思いっきり吸うものの、直ぐに唇を喰われる。段々と空気がなくなり酸欠状態になり、息苦しくなり、ぼんやりと目の前が歪む。涙も出てきた。
ユイナート様が離れると、彼はわたしの顔をしげしげと眺めて満足そうに頷いた。
「ああ、素晴らしい。この顔ですよ、最高です」
恍惚とした彼の表情を見て、ぞわりと鳥肌が身体中を駆け巡った。会場で見た彼とこの彼は別物なのではないか、という考えが頭に浮かぶ。恐怖に染まったわたしの顔を見て、より彼は嬉しそうに微笑んだ。
「良いですね。もっとそんな顔を見せてください。あぁ、楽しみでたまらない。貴女の声も早く聞きたい……」
彼の言葉を聞く前に、わたしは男の力が緩んだと感じた瞬間に渾身の力を使って男の拘束から抜け出した。そのまま部屋を飛び出す。
ただ逃げたいという一心で出口を探す。しかし、どこへ行っても外へ出る道がない。こんなことなら始めから道を確認しておくべきだったと後悔の念が浮かぶ。
ある道へ出るとたくさんの騎士がいた。彼らはわたしを見つけると、青髪の騎士が音もなくわたしの背後に回り、グイッと手を掴んで羽交い締めにした。
「……っああっ、痛いっ! やめてください!」
キツめに手を締め上げられ、痛みから悲鳴が漏れる。どこからともなくユイナート様が現れる。惚けた表情だ。
「声も完璧ですね。今すぐ抱いて泣かせたいです」
わたしを抑えた騎士はさっきの男よりも強い力だ。隙をついても逃げられそうにない。わたしは腕を拘束されたままその場で立たされる。
ユイナート様は隣に立っていた彼の側近と思われる赤髪の騎士から首輪を受け取る。そして彼はにこり、と擬音語が聞こえてきそうな笑顔でわたしの首に首輪をつけた。
「これで、貴女は僕の所有物ですよ」
——そして、わたしは彼の『玩具』になってしまった。
お読みくださりありがとうございます。これからユイナートの執着が始まるので、お楽しみに。