零
はじめに声が聞こえた。誰? 分からない。悲鳴? 嗚咽? 怒号? 何も分からない。ねえ、もっと大きな声で言って。声は相変わらず囁くようなボリュームで同じ(と思われる)言葉を繰り返している。ただ、それがわたしに向けられた声だということだけは分かる。わたしを呼んでいるの? やがて声とともにわたしの意識は消えていった。
◇
ここは幻想郷。博麗大結界で隠された、ひとびとの記憶のデッドストック。そして人ならざる者のユートピア。博麗神社の巫女にして妖怪退治の専門家、博麗霊夢は困っていた。
「あれ? あれれ? よっ、それっ! あれ? なんで〜!?」
そこに霧雨魔理沙とアリス・マーガトロイドがぜいぜいと肩で息しながら現れた。
「お……お前もか……」「え、あんたらも!?」と霊夢。「ああ……。空が飛べない」
時を同じく、紅魔館にて。メイドの十六夜咲夜は困惑していた。
「……は! ……む! おかしいわね……。時が止まらない。もしや……!」咲夜は主人であるレミリア・スカーレットのもとに駆けつけた。
「お嬢様!」「ああ、咲夜。いいところに。なんかね、変なのよ。幻想郷の運命が見えないの」「わたしも時を操ることができなくなりました」「えっ! まさか……」「はい、わたしたちは、能力を失ったのだと思われます」
再び博麗神社にて。「能力を失うねえ。まあ、いいんじゃないの。確かに飛べないのは不便だけど、これで妖怪どもが悪さすることもなくなるでしょ」霊夢は茶を啜りながら呑気に言った。「博麗大結界はどうなってるの?」とアリス。「ああそうね、ちょっと見てくるわ」霊夢は外へ出た。
「これは、まずいわね……」霊夢は唸った。結界が弱体化しているのだ。かと言っていまの霊夢には結界を復旧させる力がない。結界、すなわち幻想郷が「形」を失えば、それは消滅してしまう。すると、二人の人間が結界の外から現れた。「ここが幻想郷か。そしてこれが博麗神社。報告通りだ」「ブラザーワン、幻想郷に侵入成功。博麗の巫女と遭遇した。DAの指示を乞う」無線から声がした。「ブラザーワン了解。博麗霊夢は殺せ」
「なっ……! 魔理沙! アリス!」霊夢は混乱している。「悪く思うなよ、お嬢ちゃん」二人の外来人が霊夢に銃を向けた。その時、パン! パン! と裏の方から銃声がし、二人の男の額に穴を開けた。霊夢が振り返ると、浮いた機械のようなものの上に、ライフルを構えた八雲藍、そしてその後ろに八雲紫が控えている。
「ついにこの時が来てしまったのね……」紫は沈痛な声で言った。かくして戦争が始まった。