第22話 『戦いを終えて ~ゾラ~』
慰労会という名の飲み会は、ややフライング気味に始まった。
というのも、私たち3人の男勢に調査帰りのセルヴィが合流すると、ゾラの到着を待たずして勝手におっぱじめてしまったからだ。
今さら言うが、セルヴィは酒の類に目がない。最前線で調査の陣頭指揮を執っているストレスも当然あっただろう。シェーンの隣に腰かけると、手を挙げて酒場のマスターを呼びつけた。
「エール8つ、ワイン5本。あとグラスは1個ね。全部あたしのだから」
シェーンはぎょっとし、バリーはまたしても豪快に笑った。
酒が届いてからはペースが早い。アレックス兄弟も負けじと合わせる。
バリーも、シェーンも一般的見地からは酒豪とされただろう。だがしかし、セルヴィは格が違う。大学時代、学部間交流の名目で夜会が催された際、彼女は事前に準備された酒のおよそ半分をひとりで飲み干したという逸話を持っている。それからしばらく、セルヴィは男子学生の間で『竜の胃袋』という綽名で呼ばれていた。
当然と言えば当然だが、セルヴィに張り合ったアレックス兄弟はあっという間に出来上がってしまった。
「え~? もう限界なの~?」
笑いながらワインをラッパ飲みするセルヴィに、両者驚愕の視線を送る。
「ど、どうなってやがる? 身体のどっかに穴でも開いて、漏れてやがんのか?」
「なあクラウスさん、本当にこれ以上飲ませて大丈夫なのかよ!?」
「……うん……全然平気……」
情けない話、元来酒に弱い私はこのとき既に限界を迎えていた。
顔をテーブルに突っ伏して、テーブルに向かって話している感じだ。
セルヴィによる酒盛り無双はまだまだ続くように思われた。
むしろ、私の経験上限界値には程遠い量しか飲んでいない。
「こんばんは……あの、遅くなってすみません」
そこにジャストタイミングで救世の天使が現れた。ゾラだ。
それを見て眼を光らせたアレックス兄弟の動きは速かった。
依然としてハイペースで飲み続けるセルヴィの相手などやってられないとばかりに席を離れ、出入り口に立つゾラの近くに侍ると、要人のように丁重に両手を引いて酒場内に招き入れたのである。
「ちょっと、あのっ……いきなりなんなんですかぁ!?」
「悪いが、ちいとばかり俺たちに合わせてくれや」
「セルヴィがとにかくすごいんだよ。付き合ってると、俺たち死んじゃうから!」
小声で丸め込み、飲み続ける妻と潰れた私のことは当然のように放置。
2人は別のテーブルに陣取って、ゾラのことをいじり始めた。
参加者が全員揃ったことで、厨房から続々と料理が運ばれてくる。既に異様な状態となっている室内に面食らいはするものの、こういう飲み会に慣れているのか、それともプロフェッショナルの心得でもあるのか、給仕は私たちのことなど委細構わずドカドカとテーブルに料理を置いてゆく。
「ねえクラウス、これ超美味しいよ? あなたも食べない?」
「いや……今胃にもの入れたら、吐くから……」
ほれほれ、と指でイカ足の揚げ物をひらつかせるセルヴィを全力拒否。
気づけば乾杯の音頭も取れず、飲み会が始まってしまっていた……。
★★★
グロッキー状態に陥って、かれこれ1時間といったところだろうか。
私は酒場2階にあるテラスにいて、そこで夜風を浴びていた。
ペース配分を無視して摂ったアルコールのせいか、未だ頭は重くはある。
しかし火照った身体に夜半の冷たい風が、とても心地良かった。
「……ここにおられたのですか、クラウス」
街の灯りを見て佇んでいると、背後から声が掛かる。
振り返ると、片手にエールのジョッキを持ったゾラの姿があった。
最低限の礼儀として、ずっと言えなかったことを今言うことにする。
「その服、とても似合っているよ」
途端に、ぎょっとオーバーリアクションを取るゾラだった。
「ふ、服装のことはどうか構わないでください! さっきまで散々、バリーとシェーンにからかわれてたんですから!!」
「どんな風に?」
「か、可愛いお嬢さんだなとか、孫にも衣装だなとか……」
赤面して視線を外し、はにかみながらゾラが呟く。
可哀想だけど、今回ばかりは彼女の肩を持てそうにない。
「フランクな飲み会だってセルヴィから聞かなかった?」
「事前にそのようには風には伺っていました。けれど、慰労会ってどんな服装で行けばいいかわからなくて……」
「ああ、それでドレスできてしまったわけか」
「これはドレスではなく……晴れ着、です」
ゾラの説明によると、今着ている服は彼女の故郷の伝統的な衣装であり、年に2度ある祭りの際に若い女性が着用するものなのだそうだ。胸元の開いたボディスに、長いギャザースカート。その前にあるのはエプロンだろうか。
「目出度い席だから、合ってるかなって思ったんです。そしたらみんな普段通りの服装だったから浮いちゃって……」
「案の定、ついさっきまでいじられ倒していたと」
「あの、えっと」
なんだろうか、ゾラの視線が泳いでいる。
ジョッキを持たない方の手で、足の布地をくしゃりと掴んで、思いきったように問うてきた。
「スカート姿の私とか、やっぱり変ですよね?」
照れているわけではなく、少しだけ思い詰めた表情。
意想外の様子で放たれた質問に、しばし沈黙してしまう。
「…………」
ゾラも話さないので、私から切りだす他になかった。
「ふだんのイメージではないというか、そういう話だろうか?」
「遠回しになら、そんな感じで。私、戦闘じゃいつも大槌振るっていましたし」
「たしかに戦闘での勇壮なゾラのイメージとは、少し遠いかもしれないな」
ゾラは俯き加減から顔を上げて、おずおずと元の眼線に戻した。
手摺り前にいる私の隣に寄ると、思いきってその背中を手摺りに預ける。
「……少し、昔のことを訊いて構いませんか?」
頷くと、エールを一口飲んでから、ゾラが切りだした。
「ずっと疑問だったのです。8年前、どうしてクラウスは私のことを雇ってくれたのかなって」
「冒険者ギルドに相談して、有望株だと紹介された。それだけじゃ理由にならないだろうか」
強くなってきた夜風が、ゾラのポニーテイルを左右に揺らす。
ゾラはジョッキに唇を付けて、猫のようにちびちびと口にする。
「たしかに、『試しの儀』での水晶球の結果は芳しかったです。私自身にもやれる確信があった。故郷の村で腕相撲大会が催されたとき、同年代の男子や大人たちを押しのけて優勝したこともありました。だけど――」
一息入れて、思いきるように勢いを付けて。
「あの頃の私って、ちんちくりんだったじゃないですか。とても背が低くて、誰がどう見たって大槌なんて振り回せそうにない。いくら前評判が高くても、そんな外見の持ち主なら普通は雇わないと思うんです」
私がゾラを誘ったとき、彼女はまだ14歳だった。
初見では、大槌を背負っているというより、大槌に抱っこされているように見えたのも本当だ。正直に言って、実力に半信半疑なところもあった。
他のパーティメンバーには経験と実績がある。
ここに、完全な新人冒険者を雇い入れる余地はあるのか。
思い悩んだ挙句、私はゾラを雇うことに決めた。
決め手になったものがあるとするなら、それは――。
「でも、ゾラは良い眼をしていたから」
「眼、ですか?」
パチパチと大きく瞬きして、ゾラが私に問う。
「他に候補もいたのに、そんなことで私を選んでくれていたのですか?」
「そんなことなんて謂れはないよ。とても重要なことだ」
アレックス兄弟に、エテルナ。彼らは私の心意気に賛同してくれた。
実績も経験も十分で、冒険者ギルド内外の評価だって高い。
しかし、私のパートナーとしては少し完成し過ぎている気もした。
当時の私は向こう見ずで、世間も知らず、夢だけ追っていた。
がむしゃらだったのだ。先のことなんて、まったく考えないくらいに。
今になって思い返せば、私は自分と同じものをゾラの瞳に見ていたのだのだろう。勇気を出して故郷を出て、見慣れぬ街の冒険者ギルドに登録し、仕事ができる日を今か今かと待ちわびている。
そんな新人冒険者の瞳が、ゾラを隣に置きたいと思わせたに違いない。
「ゾラに関してだけは、仲間というより同志って感じで見ていたから」
「同志……」
「大学を中退して、この事業に手を出した。私もまた、まっさらな状態だったんだ」
右も左もわからない状態から、自らの頭で考えて行動に移した。
「だけど私の見る眼は、決して間違ってはいなかったと思う。たしかに当時は背の低い女の子だったかもしれないけど、今のゾラは立派な『ドラゴン殺し』だ」
本気で褒めたつもりだったのだが、ゾラはかあっと頬を火照らせて。
「そ、その呼び名はやめてください……」
「どうして? レッドドラゴンを倒したのは君じゃないか」
「違います。私だけの力じゃありません。それにトドメを刺したのって、実質クラウスじゃないですか」
思い返せばレッドドラゴンに最後に剣を入れたのは私だが、あれが致命傷になっただなんて到底考えられないんだが……。
「やっぱりゾラの功績だよ」
「いいえ、私が決めきれていたら、みんなを危険に晒さずに済んでいた……」
ああ、そうか。
ゾラはそのことを、ずっと気に病んでいたのか。
私がフォローのために口を開きかけた矢先、階下から大きな笑い声が聴こえてきた。
「それじゃあ行くぜえ! セルヴィの!」
「ちょっとイイトコ!」
『見てみたい!!』
ゾラとともに音の出所を見ると、他の仲間たちの姿があった。
真ん中にセルヴィが陣取り、両脇に座るアレックス兄弟がコールと手拍子で賑やかす。テーブルの上には空になったワインボトルが既に山のように載っており、今しがた給仕が届けたばかりの1本をセルヴィが瓶で一気飲みしていた。
「張り合うんじゃなくて飲ませる方向にしたのか。しかし、絵面がすごいな」
「ですね……」
2人して言葉を失う。バリーもシェーンもそのようなことは死んでもしないとわかってはいるのだが、傍目から見たら屈強な男たちがひとりの女性を囲んで酔い潰そうとしているようにしか見えない。
「ええと……私、止めてきましょうか?」
気を遣ってゾラが訊いてくるが、私は首を振って応えた。
「別に構わないよ。みんな楽しそうだし」
「いやでも、仮にも奥さんですし傍目から見て絵面ヤバいですし」
「セルヴィを酔い潰すなら、最低でも今の10倍の酒量が必要だから」
「ええぇ……?」
ドン引きするゾラに、訳知り顔で苦笑を送っておいた。
せっかくだし、私もこの雰囲気に乗っからせてもらうことにしよう。
「3人があんなに楽しそうに笑っているのを見られるのは、ゾラが私たちを救ってくれたからだと思わないか」
「それを言うなら、クラウスの方です。もしも最後の最後であなたが身体を張ってくれなかったら……」
また少しエールを口に運んで、ゾラは続けて。
「私が有言実行できていたら、もっと楽に勝てていた。そしたら……」
……ここまで、だろう。
言いたいことは言わせたし、私も言いたいことを言う。
「ゾラは、私たちがレッドドラゴンを倒せない方が良かったのか?」
「え?」
「あの作戦の支柱は間違いなく君だった。もし君がいなければ、私たちは戦わずして撤退せざるを得なかった」
断言したのは、厳然とした事実だからだ。
レッドドラゴンとの戦いは、ゾラの一撃ありきで作戦を組んでいた。
ピースのひとつが欠けていれば、勝利の絵図は完成しない。
「理想を達成できなかったからといって、実際の功績が霞むわけじゃない」
「そのような慰めは……」
「慰めに聞こえるのか? だとしたらそれは、ゾラが自分を過小評価しているからだよ」
心当たりがあったのだろう、唇を引き結んでゾラが口を噤む。
「自分のことを、どうか低く見積もらないでほしい」
「クラウス……」
「私は、あの戦いの1番の功績者はゾラだと思っている。その見立ては今この瞬間にだって、微塵も揺らいではいない」
嘘やお為ごかしでないことを証明するため、ゾラの顔を正面から見据えた。
月の光か心の変化か、その瞳が水面のように揺らいで見える。
「胸を張って、『ドラゴン殺し』を名乗ってくれ。私も仲間たちもそれを望む」
「…………」
ゾラは無言で顔を逸らすと、ゆっくりとエールで口内を湿す。
「……その言い方は、ちょっと卑怯ですよ」
「そうかもな」
「クラウスといると、自分がまだまだ子どもなんだって気になります」
「年齢的にも成人しているし、ゾラはとっくに一人前だよ」
「お酒が無くなってしまいました……少し、離れますね」
返事をしてゾラを見送り、私は手摺りに体重を預けて夜空を見た。
雲ひとつない空に、幾万幾億もの星が瞬いて存在を主張している。
もし人が星であるのなら、私も少しは輝けたのだろうか。
人はいつだって、己の存在証明をなにかに求めている。仕事、家族、富、名誉。その方法は人によって千差万別で、完全に同じものは2つとない。『名無し』の魔女は謎を残した。今の私にとってはそれを紐解くことこそが、己の存在証明となっているに違いない。
「道半ば、折り返しというところか……」
夜空に向かって独り言を呟くと、背後にゾラの足音を聞いた。
「クラウス、これを」
「ワイングラス? 私はもう酒は……」
「大丈夫、片方は水です。お酒が入っているのは私の方だけです」
手渡されたグラスを持つと、ゾラがグラスを掲げる。
所作の意図を悟って、私は苦笑を漏らした。
「そういえば、私が潰れていたせいでまだだったね」
「はい。目出度い席なのに、誰も乾杯していません。だから――」
チン、と涼やかな音色を立てて、グラス同士が合わさった。
「私たちの勝利に」
「ああ、私たちの勝利に」
私もゾラも、グラスの中身を一気に呷った。
「美味しい……こんなに美味しいお酒、飲むの初めてです!」
「そのもの勝利の美酒だからかな」
「あの、クラウス。よければもう少しお話しませんか。今後のこととか、是非あなたに聞いてもらいたいのです」
「ああ、もちろん構わないとも」
テラスに設えてある円テーブルに腰を落ち着けると、室内から飲む準備が整ったと判断した給仕が注文票を手にやってきた。私とゾラは、それぞれにほしいものをオーダーする。
「これを同じお酒を、ボトルで5本ほどください」
「かしこまりました」
「おいゾラ、そんなにたくさんは……」
「だってこのお酒、とっても美味しかったんですよ?」
これまで1度も見たことのない、まるで向日葵のような笑顔を見せられては私としても弱い。
それからのゾラは上機嫌だった。
私に対して、冒険者としての目標や展望を饒舌に語ってくれた。
元来、門外漢である私としては詳しい部分はよくわからないのだが、会話の節々から向上心の高さが伝わってくる。ゾラはまだまだ冒険者の高みを目指すつもりのようだ。
「近々、メンバーを募ってベーメル地方の岩礁ダンジョンに挑戦してみるつもりなんです。まずは素潜りで入り口の箇所を特定して……あれ、お酒は?」
キョロキョロと周囲を見渡すものの、ワインボトルならゾラの眼の前にある。
私が「ここだよ」と言って指差すと、ゾラの双眸が柔和に綻んだ。
「これこれ! これがないと始まらないですからね~」
「いい加減、飲み過ぎなんじゃ?」
「まだまだこれからですよ! 私、じゃんじゃん飲んじゃいます!!」
などと言って、ドボドボとグラスの縁ギリギリまでワインを注ぐゾラ。
あまりに楽しそうに張り切っているので言いづらいのだが、さっきまでの私を遥かに超えるハイペースだ。年長者として、ここは止めるべきだろうか……?
「酒はそんなに浴びるように飲むものでは……」
「それ、さっきまで潰れてた人が言います?」
「うぐ」
そこを突っ込まれると弱い。
私が口を噤んだままなにも言えないでいると、にへらと緩んだ酔っ払いの笑みを浮かべてゾラが訊ねてくる。
「潰れちゃうほどお酒を飲むなんて、いったいどんな話をしていたんですか?」
「いや、それは……」
思い返したくない。絶対に、思い返したくない。
そんな思いが顔にも出ていたのか、ゾラは「ふーん」と言ってワインを飲む。
「言いたくないなら別に構わないです。それより、楽しいお話をしましょう!」
「あ、ああ……」
ニッコニコのゾラには悪いのだが、私は若干気圧されていた。どうも酒が入るとふだんの生真面目が反転して、ノーコントロール状態になるタイプのようだ。
私はゾラの話に調子を合わせつつ、周囲に首を巡らせた。誰か、誰でもいいから、暴走気味のゾラをコントロールしてくれる人はいないものか……?
人気が無いのを確認してがっかりしつつ首を戻すと、対面の席からこちら側に身を乗り出した、ドアップのゾラの顔があった。
「ひっ? ぞ、ゾラ!? なにを……!?」
「集中して」
眉根を寄せ、子どもを叱るような声が飛んでくる。
「さっきから気がそぞろになってます。今話をしているのは私なのですから、クラウスは私に集中すること。これ、楽しい会話の基本ですよ?」
「あ、ああ、悪かったよ……」
咄嗟の謝罪が信じられなかったのだろうか。
ゾラは椅子に足を置いて踏み台に、さらにこちらに身を乗り出してきて――。
「本当に?」
「ほ、本当だよ」
「もうしない?」
「約束する」
「……ならよし」
宙に浮いた両足をパタパタとやって、反動で元いた席に戻るゾラ。
その途中でなにかに気づいたらしく、自分の服を点検している。
「……あ」
「どうしたんだ?」
問うと、赤みを帯びた頬の持ち主がとろんとした眼で私を見る。
「クラウス、ちょっといいですか?」
「なんだい」
「お世辞とか抜きで、もう1度訊いておきたいのですけど……この服装、本当に私に似合っていますか?」
今さら何故そんなことを訊ねるのか、少々不思議ではあった。
だが、別に減るものでもないだろう。私はすぐに返答する。
「とてもよく似合っているよ。どうして?」
「実は……故郷の村では、この服は成人しないと着れないものなんです」
「そうだったのか」
「はい。いつか素敵なおねーさんになれたら着るつもりで置いていました」
すうっと息を吸って、吐く。
深呼吸したゾラが私に熱視線を送ってきた。
「さっき、クラウスは私を大人だと言ってくれました。クラウスから見た今の私は、素敵なおねーさんに見えますか?」
「あ、ええと……」
思わず言い濁した。なんだこの流れ……?
躊躇したことが癇に障ったのか、ゾラがジト眼で睨んでくる。
「だんまりしないでください。お話は楽しく!」
「ゾラ、やっぱり酔っているだろう。私が水を取ってくるから……」
「こーたーえーてー」
うーっと獣のように睨まれる。私は内心で気が気でない。
こんな場面セルヴィに見られたら、どんな誤解を受けることやら……。
「見えるよ。ゾラは、素敵なお姉さんだ」
「えへへ……ありがとうございますっ!!」
ゴチッ、という音はゾラが頭を下げた際、テーブルにぶつけた音だ。
酔ってる。完全に酔っ払ってしまっているぞ、この子……。
頭を上げると、ニコニコとした笑みをそのままに話しかけてくる。
「クラウスも、とてもカッコいいですよ」
「いや、あの……ありがとう、でいいのかなこれ?」
「とーぜんです。どうカッコいいのか、私が教えてあげます」
顎に人差し指を当て、「うーん」と呻ってわずかに頭を揺らしながら、頼んでもいないのに続けてきた。
「クラウスは私たちを、レッドドラゴンから助けてくれました。いいえ、ただ助けてくれただけじゃない。あなたはあのとき、夢に辿り着いていた。最後のドラゴンブレスさえ躱せば、レッドドラゴンは自壊していました。それがわかっていて、私たちを助けるために走り出したんです。夢よりも、私たちのことを取ってくれたんです」
思わず口を噤み、ゾラの言に聞き入ってしまった。
よく見ている。この子が語ってくれたことを、私の口から否定できない。
「大したことじゃない、なんて言わないでくださいね?」
念押しまでされてしまい、思わず苦笑する。
「これからゾラが、『ドラゴン殺し』を名乗るみたいに?」
「そーです。クラウスは『男の中の男』を名乗ってください」
「それは大仰だな……」
どうしたものか、と頭を悩ませている隙に、ゾラがグラスの中身を一気した。
ふら、と頭が一際大きく揺れたかと思うと、身体ごと横に倒れようとする。
「おい、ちょっと!!」
立ち上がり、駆け出してなんとか間に合わせた。
ちょうど横抱きのような姿勢で、私はゾラの身体を支えることとなった。
「……あ」
半開きの口が見える。朱に染まった頬に、潤んだ瞳。
私の両腕に完全に体重を預けたまま、ゾラが観念するように脱力する。
「いや、ちょっと待ってくれ……」
潤む瞳を隠すように、ゆっくりと瞼が閉じられてゆく。
女性に関しては鈍感で鳴らした私だが、今この場でなにを要求されているのかくらいわかる。いけない。様々な意味で。こんなことして、ゾラはどこまで本気なのか。というか、私はここからどう収集を付ければいいのか。一切合切まるでわからない。誰か助けてくれ……。
そんな祈りのような気持ちが天に通じたのかもしれない。
ことここに至って、私に助力してくれる使いを寄越してくれた。
「なーにやってんのかなぁ~?」
ただしその人選が最悪である。
夜の暗がりから現れた人物は、セルヴィだった……。
一言:ゾラの着ている服はディアンドルです




