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『名無し』の魔女のものがたり  作者: ソーカンノ
第2部 クラウス編
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第16話 『戦略』

 諦めるべきか、否か。


 答えは眼の前にある。しかしそこには届かない。王は親類のよしみで私に好きにやらせているに過ぎず、これ以上の協力は望めない。そもそも『名無し』の魔女の正体を暴いて、我々が手にするメリットはあるのか。


 ことここに至ってあまりに高い暗礁に乗り上げた私は、計画の頓挫を考え始めた。レッドドラゴンと交戦すれば、死者が出る。それ以前に、多くの冒険者を動員するとして、本当に彼らが協力してくれるだろうか。


 当時の私は頭を悩ませ、いっそすべてをなげうってしまうことも考えた。今からでも大学に入り直し、親戚たちの思うように公爵を継ぐための勉学に励んだ方がよいのではないか。


 答えをくれたのは、当時入籍したばかりの妻だった。


「ここで辞めたら悔いが残るよ。どんな犠牲を払っても、やるだけやってみようよ」


 私の手を握り、貧乏なら辛抱できるからと力強く励ましてくれる。


 その夜、夢を見た。夢の中には『名無し』の魔女が登場した。未だ誰もその姿を見たことがなく、全貌も定かではないのに、私にはその女性こそが『名無し』の魔女だと何故か判断できた。


 彼女は指差す。扉の在り処を。

 その前に座る、口元に火を溜めたレッドドラゴンを。


 目覚めると、私の肚は決まっていた。妻に天啓が下ったことを報告すると、さっそく王都近郊の冒険者ギルドを行脚し、計画実行のための人員を募った。


 計画実行に必要十分な冒険者たちが揃ったのが半年後。入念な準備と反復練習を行い、計画実行のための事前準備が整ったのがさらにその半年後。私たちは王宮の扉の前に集結し、前人未到の山へ臨む心地でそれを見た。


 さぞや壮観だったろう。それは私の心象ではない。廊下の端から端まで詰めかけた100人もの冒険者たちを見て、おそらく王の近衛騎士団はそう思った。残った部分で、私の頭の心配もきっとしていたことだろう。


 1パーティにつき5人。それが計20隊。

 私の計画を実現するために必要な最低人数が、それだった。


 私たちは階段を降りる。長い階段で100人の人間が長蛇となり、やがてレッドドラゴンの棲み処へと至ると、最初の1パーティが室内に侵入した。


 扉に近づくと、人の気配を察知してレッドドラゴンが石から生身に戻る。その瞬間を見極めて、パーティの前衛と後衛が立ち位置をスイッチした。溜めを終えたドラゴンブレスが一同に降り注ぎ、前に出た後衛陣が事前詠唱を済ませた3人がかりの最大魔法防壁でそれに拮抗する。


「くぅ……これ以上持たない! 次!!」


 数分で魔法防壁の制御を放棄した後衛陣を肩に担ぎ、屈強な前衛陣が階段まで全速力で駆け戻る。ドラゴンブレスで魔法防壁が破壊されると、室内は燃え盛る火の海と化した。


 計画通り、ここまで人的被害は出ていない。

 なんらかの障壁があるためか、火も階段までは追ってはこない。


 やがてレッドドラゴンは元の位置に戻ると、再び自らの身を石にして侵入者迎撃のためのある種のシステムへと戻った。


 賢しい読者諸氏はもう気づいておられることだろう。

 我々はこの一進一退を繰り返し、レッドドラゴンの魔力切れを待つ。


 私が集め、編成した冒険者パーティの数は20。そのどれもが、レッドドラゴンの繰り出すドラゴンブレスを一撃だけ躱す能力を有している。彼らを順繰りに突撃させ、ドラゴンブレスを吐かせて魔力切れを起こさせ、最終的に命を刈り取るというのが私の立案した作戦だ。


 確信があった。長丁場になると。

 室内には魔素が満ちている。ドラゴンは外皮からそれを取り込む。


 階段に続く列の後方の人員には、身体を楽にしてできれば眠るよう命じてある。1度や2度の突撃では済むまい。この戦いは根競べの持久戦になる。


 半月が経過した。ドラゴンは健在だ。冒険者たちも契約の枠内であり、外の世界で冒険したいなどという我儘を言ったりはしない。


 1月。契約を更新する。全員のギャランティを増額。離脱者は1名、親族の葬式に出るため一時離脱したいとのこと。


 3月。離脱者が出始める。ギャランティをさらに上乗せする。私に対する文句を面と向かって言う者はいないが、内部に不満は溜まっているようだ。


 半年。パーティ単位で離脱者が3つ出た。理由は私に対する不満というより、仕事内容に対する不信感だ。この仕事に終わりはあるのか、本当にレッドドラゴンを倒すことはできるのか。すべて仮説の上だ。私は断言することができなかった。彼らのことは渋々見送る。


 1年。方針転換が必要だ。彼らをずっとここへ留めてはおけない。今までは彼らの生活のため、物資を運搬する輜重隊を雇っていた。衣食に不自由はさせていない。しかしもはや、このままこの作業を続けさせるのは刑罰に等しい。私は彼ら冒険者のうち希望者を帰し、王宮の外にこの円環を維持する構造を作ることにした。


 3年。月極めで60隊のパーティを運用する。質の低下著しく、大怪我を負う冒険者も出始めた。彼らには充分な補償をするより手立てはない。もし黒い噂が立てば、人が去ってこの事業は立ち行かなくなるだろう。


 5年。冒険者パーティの減少が止まらない。身銭を削って大枚を支払っているが、もはや金の問題ではないのだろう。今日もまた、自分の取り分すら受け取らずに脱走者が出た。


 6年。もうダメかもしれない。外の世界では私の悪評が広まり、告知を出しても誰も協力してくれなくなっている。総人数も減少の一途だ。冒険者パーティを分解し、4人編成で組み直そうと考えたが、妻に止められた。才女で鳴らした彼女らしい賢明な判断だと思う。半月足らずで死人が出るだろう。


 7年。ここまできた。レッドドラゴンのドラゴンブレスが弱まってきている。しかし危機的状況に変わりはない。現状4つのパーティで回しているが、誰もが疲労困憊している。大怪我を負ったり、死人が出たりしていないのは奇跡に近いだろう。私も妻も冒険者に混ざり、慣れぬ魔法を使って尽力している。本当に、あと少しなのだ。頼む!




 8年と127日――時が、満ちた。

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