第12話 『それぞれの……』
目覚めの時間は、いつも同じだ。
生活にはルーティンというものが存在する。私はそれを崩さない。集めた魔導書を読み終えたあと、いっとき自堕落な生活に身をやつしたこともあったが、不毛の極致に己自身が耐えられなかった。
人間には、規則正しい生活が必要だ。
もはや人間と呼べるかも怪しい、今の私にも。
ベッドから身を起こし、周囲を見渡す。なんの変哲もない朝。うんざりするほど繰り返して、その都度見てきた同じ部屋。寝具にも、寝間着にも乱れはない。日常にあるすべてが最適化されている、それが今の私の生活だった。昨日の朝と今日の朝に違いは見られない。今の呼吸と、その前の呼吸になんら変化が見られないように。しかし――。
「……まだ、そこにいたのか」
両の瞳から、涙がこぼれている。
そのことに、私自身が驚いている。
恐怖の記憶なら、今も鮮明に覚えている。私が私自身でなくなり、この世界を滅ぼす存在へと変化したあの経験。その正体を突き止めるため、幾度となくその時間を思い返した。
くしくも、それは私にとってのターニングポイントだったと言える。【天球宮】を脱すればすべてが元に戻ると信じていた、楽観的な村娘が己の現実を知った瞬間でもあった。
だけど今回私が見た夢は、それじゃない。
メリンダ・サマリーの旅立ち。
初恋は実らない。よく口にされる言葉だ。浮ついた心は、往々にして思慕対象に幻想を見る。自分と同じ血と肉と骨でできた存在として、相手のことを見ていない。ときには、胸中で想うだけで満足してしまうこともあるだろう。相手を同じ人間と認めることでしか、その先は開けないというのに。
「勇者、か」
愚かしい村娘の、愚かしい恋慕。
バゼットも、勇者パーティの連中も、彼女の思い描くような存在じゃなかった。
理想のために戦っていると思っていた。人々を救い、平和をもたらす使者だと。最初はそうだったのかもしれない。高い理想を掲げ、高潔な精神を持ち、誰かのために剣を振るっていたのかもしれない。
だけど彼らは堕落した。憂さ晴らしにひとりの人間をダンジョン内に置き去りにして、亡き者にしようとした。
しかしそれも、あまりにも遠い過去の思い出だ。
ベッドから降りる。履物に足を通し、上着を羽織る。行くべき場所ならもうわかっている。目覚めたときからずっと耳に聴こえていた音の出所を追って、私は迷うことなく見慣れた廊下を歩んだ。
中庭に出る。そこが、目的とする音の出所だ。
昨日の娘が、ほうきを両手に持って、頭上から何度も振り下ろしている。
「はッ! たァッ!!」
ほうきがなにに見立てられているかは、一目瞭然だ。私は武器を使わない。杖すら使う機会は限られる。魔力を安定させる補助具の出番は、今の私にとって余程の大魔法を使うときくらいにしかない。
「精が出るな」
「え? ……うあぁっ!?」
背後から声をかけると、驚いた娘がオーバーリアクションでよろけた。
「どうした? 体幹がブレブレだぞ。続けろ」
「つ、続けろって言われても……」
「私が見たいんだ。一宿の恩義に、家主の意向くらい聞いておけ」
「わ、わかった」
素振りを続ける娘の姿を見ながら、私は庭との段差に腰かける。
こうして冷静になって観察すると、いくつかの気づきがある。
娘の身長は私より頭ひとつ分近く高く、すらりとしてスタイルがいい。それも、ただいいだけじゃない。村娘の普段着のような出で立ちの下には、鍛え抜かれた肉体が存在しているのがわかる。
1年や、そこらじゃないな。
もっと昔から、こいつは剣を振って己を鍛え抜いてきたのだろう。
私は自分の膝に肘を立て、手で顎を支えて行儀悪く言った。
「こんな状況で、よく鍛錬なんてしようと思ったな」
「え? うん、そりゃあ日課だし……」
「続けろ」
振り返って話そうとする娘に指を回し、鍛錬に戻らせる。
「……ひょっとして、怒ってる?」
「なにがだ?」
「勝手に、部屋のほうき持ち出したりして」
「構わんさ。備品の一つ二つ、無くなろうが痒くもない」
金なんていつでも作れる、それは見栄ではなく事実。それより――。
「さっきの質問の答えを聞かせろ」
「日課だから、かな」
「どのくらい続けている」
「7年前、あなたに会いにこの館を目指した、その翌日から」
「休みは」
「ないよ? だって、1日も欠かさないから日課っていうんでしょ」
こいつはまた、随分とバカ律儀なやつもいたものだ。
危うく、上機嫌になってしまうところだったよ……。
「そろそろ、止めて構わないかな。あなたのくる2時間前から振ってるから」
「ああ、構わない」
おそらくこいつは、自分の身体のことを知り抜いている。
これ以上の鍛錬が身体によくないことを知っている。
手拭いを取り出し、ふうと息を吐いて汗を拭く。ほうきの置き場所を探して視線を巡らしているところを、私は自分が腰かける段差の隣をポンポンと叩いて、こっちへこいの合図を送った。
ぎょっとした娘がこちらにやってきて、おずおずとその場に腰かける。
「遠い」
「は、はい……」
お尻を持ち上げて、私と密着するくらいの位置に座り直す。
その動きは、傍から見ていて随分とぎこちない。
「今さら緊張するな。昨日私の館に忍び込んでおいて」
「う、それはそうなんだけどさ……」
言うべきか否か、迷った様子を見せてから。
「お、怒らないで聞いてほしいんだ。魔女子さん、なんだか昨日と別の人みたいに見えてさ……」
「そうか」
曖昧に返答すると、怪訝そうに首を捻る。
私のイメージから言って、完全否定するのが普通だと考えたのだろう。
「それよりも、だ。昨日は済まなかったな」
「え……なにが? というか、どれが?」
実に濃密な1日だった。娘にとってもそうだったらしく、心当たりはいくつかあるようだった。
「船のパラドックスを覚えているか」
「ええと、すべての材料が置き換わった船は、そのものと言えるだろうかってやつのことだね」
「あれは、正しくなかった」
「どういうこと?」
「夢を見たんだ」
向き直り、興味深げにこちらを見る娘に語る。
「気が遠くなるほどの昔、私がまだこの外見に相応しい年齢だった頃のことだ。たまたま訪れていた勇者一行に付いて、私は退屈な村を出た。生まれ故郷が、自分の居場所だと思えなかったからだ。この世界のどこかに、自分を本当の自分にしてくれる、そんな場所があるんだとずっと信じていた」
なんという浅はかさか、自嘲の笑みが出る。
「……村娘は、年相応に愚かだったのさ」
「そこ、笑うとこ?」
「どういう意味だ」
「だって今のあたしも、似たようなものだよ?」
ぽかん、と虚を突かれた私に、娘は至って真剣に言う。
「あたしはずっとここに、魔女子さんに会いにいこうと思っていた。でもここらの雑木林には狼がいて、子どもの身には危ないでしょ。だから考えたの。強くならなきゃって。最低でも自分の身は自分で守れるくらいにならないと、魔女子さんには会いにいけないぞって」
そして娘は、まるでなんでもないことのように。
「だから鍛えたの。王都で」
「王都でって、お前……?」
ここからガルドラ王国の王都まで、どれだけ距離があると……。
絶句していると、こちらの意を汲み取って娘が続けた。
「書き置き残して、家出して。ひとりで旅して命からがら。なんとか王都に着いてからも大変でさ。騎士団の詰所探して剣を教えてくれって頼んだら、女のガキなんていらないって追い返された。頭きたから詰所の入り口でハンガーストライキやって、餓死寸前のところを根性見込まれて騎士団の仲間に入れてもらったの」
お前いくらなんでもそれは無茶過ぎるだろ!?
「バカか、バカなのか」
「あ、それよく言われる~」
あはは、と声を出して笑うものの。
「笑いごとってレベルじゃないぞ!? そんな無謀をして」
「逆に訊いてもいい? 勇者一行の旅は、無謀じゃなかった?」
それは。
「前例がないことを無謀を呼ぶなら、無謀だな……」
「でしょう? 魔女子さんとおあいこだね!」
同類扱いか。なんだか上手く誤魔化されたような気もするが。
むむむ、と呻っていると、今度は娘の方から語り始める。
「それが7年前、魔女子さんへ会いにいったあとのお話。騎士団で下働きしながら、あたしは団長さんに借りた剣を毎日振ってた。7年間ずっと。それは、あなたにとってはすぐ過ぎ去る時間だったかもしれないけど、あたしにとっては人生の半分近くの長さだった。この時間の重みは、きっと軽くなんてない」
ほうきから右手を離し、娘は自分の掌を広げて見る。
豆ができて、潰れてを繰り返したことで作られた、分厚い手の皮。
現物を見せられれば否定のしようがない。私は素直に頷きを返す。
「時間とは相対的なものだ。私の1年とお前の1年じゃ密度が違う」
「同じ家出でも、目的地は全然違ったけどね~。あなたは勇者一行と魔王を倒しに、私は近所のおねーさんに会うために、血の滲む冒険をした」
冒険か。
なるほど、それはその通りだ。
その目的が、必ずしも魔王打倒だなんて大それたものである必要性はない。謎の女に会うために、王都でひたすら力を付けるのだって冒険だろう。
「……本当は、全部決めつけ」
ぽつりと漏れた独り言。
私は首を傾げる。
「崖の上に見た女の人が最強の魔法使いだっていうのも、あたしに会いたがってるって信じてたのも、全部が全部、あたしの勝手な決めつけ。なんとなくそうじゃないかと思って、その仮定を証明するための努力もして……でも本当は、ただの先延ばしだったのかもしれない」
先延ばし。
その意味するところは、ひとつしかない。
「お前は、私に希望を見ようとしていた」
「人生には目的が必要だから。あたしには、それがなかったから」
両親を喪い、生きる意味を失くした娘の最後のよすが。
それは、自分の眼にしか見えない女に会いにいくこと――。
「……でも、今はある」
力強い断言とともにぐっと拳を握り締めて、私の眼を見る。
もうか、という気持ちと、名残惜しさが同時に胸に去来する。
「答えを聞かせる気になったんだな」
「これ以上、先延ばしになんてできないから」
娘は立ち上がり、私も続いて立ち上がり、どちらからともなく向かい合う。
「最後通牒だ。ここで起きたことは、すべて忘れろ。生きてるうちは、口が裂けても誰にも話すんじゃない。約束できるなら、見逃してやる」
脅迫のはずだ。私も本気で言っている。
なのにこいつは、女神のような慈愛の笑みを浮かべている。
「あたしには、あなたが必要。旅先で、王都で、ずっと見てきた。苦しんでいる人たちを。自分の大切を戦火に奪われて、絶望しきった顔をした人たちを。彼らには希望が必要よ。これから先も生きたいっていう、大きな希望が。あたしとあなたなら、きっとそれになれると思う」
残念だ、と素直に思う。こいつには見所がある。
バゼットよりも、私の見てきた他の誰よりも、勇者としての素養があるだろう。
私と出会ったのが、ここでなければ。
私が、滅びの魔女じゃなかったとしたら。
きっと私は、こいつの手を取った。
「……それが答えで、本当にいいんだな?」
せめて魔女らしく、敵意に据わった眼で娘を見る。
右手を上げて、掌に魔力を集中させる。
慈愛の笑みを湛えたまま、娘はゆっくりと頷いた。
「あなたはあなたのやり方で、世界を守ってきた。その正しさを、どうか貫いて」
一歩前に出て、魔力の満ちる私の掌に両手で触れて。
それを自分の胸に、心臓へと押し当てる。
「あなたにお父さんとお母さんの元へ連れていってもらえるなら、本望よ」
柔らかな口調で言い終えて、静かに両の瞼を閉じる。
だから、あとは私次第だ。生殺与奪の全権を握らされている。
この至近距離なら、苦しませずに殺すのは容易い。私の掌の先には、人体最大の急所がある。最大魔力出力の数百分の1の放出ですら、身体ごと心臓を貫いて即死させることが可能だろう。こいつを両親の元に送ってやれる。
こいつにとって、それは悲願だった。
心の奥底に沈めて隠して、ずっと見ない振りをしていただけ。
私と会うために王都で修行を積み、雑木林と狼どもの縄張りを抜けて、現にこうして会いにきた。
覚悟していたはずだ。ここで終わることを。しかしそれと同時に願ってもいた。自分が勇者となり、遍く人々の希望となることも。
私は、こいつを殺すべきなのか、それとも――。
その一瞬は、100年を圧縮した密度より高く、私に決断を迫った。
そして。
「……楽に、なろうとしているな」
そんな言葉が、口を衝いて出た。
意味も、意図も、当人である私すら知らない。口が動くに任せる。
「自ら死を選ぶときは、楽になろうとしているときだ。私にとってはそうだった。あの地獄のようなダンジョンの奥底で、自殺とはそういう意味合いを持っていた」
もぞもぞと瞼が動き、ぱち、と娘の両眼が開く。
震えたような声が、その咽喉からゆっくりとこぼれた。
「ま、魔女子さんってひょっとして……もったいぶって相手をからかうタイプ?」
もしそうならこのタイミングでだけはやめてほしい、みたいなニュアンスを娘の言い方からひしひしと感じたのだが、いったん無視する。
「ひとつ、確認しそびれたことがあってな」
「それって……今持ち出さなきゃいけないこと?」
「謎を解く機会は、お前を殺せば永遠に失われてしまうんだろう?」
昨日の意趣返しをして、二ッと口角を釣り上げる。
娘はらしくなく困ったような顔をしている。
「お前は言ったな。勇者になり、魔王を打倒し、人々の希望になると。それがかねてからの自分の願いだったと。その前提で問うがな、お前はいったい魔王を倒したあとどうするつもりだったんだ?」
面と向かって問いかけると、娘は両手で私の手に触れたまま、眼を泳がせて考えを纏めているようだった。
「えっと……そりゃあもちろん、平和が訪れた世界で、これまで通りに普通の生活をするつもりだよ?」
ふむ、なるほどな。
私は心中で納得する。
……こいつ、やっぱり向こう見ずのバカだったわ。
「お前、それ本当にできると思うのか?」
「で、できるよ! だって世界が平和になるんでしょ!!」
「言い方を変えよう。魔王を倒すなんて偉業を成し遂げた勇者を、周りが放っておくと思うのか」
ぽかん、とした表情のあとで、なにかに気づいたように全身をわななかせる。
「あっ、本当だ……魔王を倒したら、あたし英雄になっちゃう」
「加えて、だ」
息継ぎを入れて、口先の赴くままに補足を入れよう。
「継嗣を残さずガルドラ王が崩御した場合、有力貴族同士で跡目争いが起きる。私の記憶する限り、現王との血縁はあるが、数代遡ってようやくか細い接点を持つような連中ばかりだ。つまり血縁などあってないも同然。そこに魔王討伐を果たした勇者が凱旋した場合、なにが起こると思う?」
質問の体だが、ほぼ答えを言ってしまっている。
しかし娘に心当たりはないらしく、混乱の極みといった様相を見せる。
「ええっと、貴族みんなで集まって、仲良し立食パーティとか……」
「当然違う。正解は、民衆がお前のことを王に担ぎ上げる、だ」
私の前で、見る見るうちに娘の瞳が大きく開かれてゆく。
「あ、あたしが王様にぃ~!?」
思わず片手を離し、自分を指差して素っ頓狂な声を出す。
その反応が見たかった。私は娘の胸元に押し当てていた右手を降ろす。
「あの……魔女子さん?」
「勘違いするなよ」
ふん、と息を吐き、滅びの魔女としての威厳を示す。
「お前を殺すことなど容易い。前にも言ったように、蟻を潰すようなものだ。だがな、私も少し考えたんだ。もしお前が王になれば、私にとっての利用価値が生まれると」
自分を指差したまま、おそらくそうしていることにも気づかないまま、娘は私のことを呆然と眺めている。
「あの~、あたしが王様にならないって選択は……?」
「却下だ。お前が王になる前提で話をさせてもらう」
下手に考えさせるとあの手この手で拒絶してきそうだ。
ここはピシャリと断じて、話を接ぎ木しよう。
「ダンジョンの奥底で、私は勇者パーティを追放された。死の間際に癒しの権能が開花し、無限地獄のような死に戻りを経て、晴れてダンジョンからの脱出を果たした」
これは娘も知っている情報。そして――。
「昨日、お前が言った通りだよ。私が勇者パーティの連中を見逃したのは、私自身が絶望していたからだ。あいつらに、やり返そうなんていう気には微塵もならなかったからだ……しかし」
深く息を吸って、私は私の中のメリンダ・サマリーに思いを馳せる。
もう一度私に青春の夢を見せてくれた、彼女の残滓に。
「やはり、やり返しておくべきだった。ぶっとばしておくべきだった。殺すまでせんでも、せめて半殺しにくらいしとくべきだった。だって私は、あのダンジョン内で死ぬほどの苦しみを死ぬほど繰り返したんだぞ!? 自分が自分でなくなるくらいの時間を意味なく孤独に費やしたんだぞ!? むしろ1回くらいぶっ殺すくらいで許してやるなら超絶レベルの破格だってお前も思うだろっ!?」
これが積年の恨みというヤツか、勢い込んで語るうち、熱のこもった演説をぶったような言い回しになってしまった。
当然のことながら、娘はドン引きしている。
「魔女子さんちょっと待って!? なんか昨日とキャラが違っちゃってるよ!?」
「これが違わずにいられるか! 目覚める度に私のことなじりやがって!」
「そ、それには同情するけど……」
「私がその気ならお前らみたいな雑魚どもダース単位で瞬殺できたわ!!」
はあはあ、と息を荒らげる。叫ぶものを叫んだら少し楽になる。
顔を上げると娘がゲンナリしたような顔している。
少し恥ずい……が、ここは威厳優先の場面だ。
こほんと空咳を挟んで、佇まいを直した。
「経緯はどうあれ、だ。あいつらはもういない。後を追わなかったから詳細は知らんが、そのまま冒険を続けてどこかで全滅したか、切りのいいところで諦めたか、どちらにせよとっくに墓石の下だ。今さらどうこうするなんて、それこそもう1度世界を滅ぼさん限りできない相談だ」
世界の滅び、というワードに娘が身体を強張らせる。
もちろん、そんなつもりはない。私はらしくなく頭を掻いて誤魔化す。
「……とは、思っていたんだがな。妙案を思いついた」
「妙案って?」
私は娘へと向き直って、正面から告げる。
「あいつらは、名を残せなかった。魔王を討てず、数ある勇者パーティのひとつとして生涯を終えた。だから思い直したんだ。もし今、私がお前を伴い、ともに魔王討伐を果たしたのなら、あいつらに暴力以上の冴えた方法でやり返したことにはならないかとな」
私はふっと脱力して、娘に向かって笑顔を浮かべた。
「お前は王になり、名を残し、血を残せ」
「魔女子さん……」
「そうしたら、私の復讐は完遂だ」
選択権を返すと、あれほど強引だった娘が殊勝な様子を見せる。
「でも、それだと魔女子さんの生き方が……」
「構わんさ。どちらにせよ人の世界が滅ぶなら、見る場所が変わるだけになる」
それに、だ。
私は打算的なんだ。なにもタダでやってやろうってわけじゃない。
「王宮に、豪華な部屋をひとつ用意しろ。宮廷魔法使いのポストもだ。魔王を打倒し王にまで上り詰めた勇者なら、そのくらいどうとでもなる。ついでだ。余生の暇潰しに、お前の執政についても助言してやろう。素人意見で国を傾かせられたらかなわんからな。どうせやるなら、お前には千年王国を築いてもらう」
語るべきは語った。つまるところ、双方に利益のある提案だ。私だけが得するわけでも、娘にだけ益があるわけでもない、対等な提案。
……あとはこいつが、どう決断するかだけ。
「わかった。あたし……魔王を倒したら、王様になる!!」
「ならばこれで契約成立だ」
鍛錬の痕が滲む固い掌。いつか触れたバゼットと同じ手の持ち主は、それを自分の胸に当て、まるで本物の勇者のように意気揚々と、私へと宣言してみせたのだった。




