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『名無し』の魔女のものがたり  作者: ソーカンノ
第1部 メリンダ編
11/26

第11話 『残夢』

 今でも夢に見ることがある。

 私が、私でなくなったときの夢を。


 ダンジョン内で、私は気が遠くなるほどの時間を過ごした。

 幾度も脱出に挑戦し、殺され、元の地点に戻されてきた。


 挫けなかったことはない。心が折れなかったこともない。永劫に渡って続く繰り返しに、己自身が損耗しなかったこともない。それでも、やることは決まっていた。スタート地点に戻れば、また脱出に向けてチャレンジするだけだと。だが――。


「■■■■■■■■■■■!!」


 1度だけ、すべての針が完全に狂った。


 その周回の私の視界に、真っ先に飛び込んできたもの。

 それは、地表から煙のように立ち昇る4つの白い影だった。


 影は私になにかを呼びかけている。ひとりが話し終えると、別のもうひとりが前に出て話し始める。勢い込んだ様子は、きっと私を咎めているためだ。だけど私には、彼らがいったいなにを話しているのか、まるで理解することができなかった。


 いや、そうではない。そもそもこの私こそなんなのだ。今はいつで、ここはどこだ。何故私は4つの影と相対している。私はいったい、これからどうすればいいのだ。すべての答えが私から無限に遠ざかっていった。


 私の困惑をよそに、好き勝手くっちゃべっていた4つの影が、ふいにその場から消失した。転移魔法らしきものを使ったのはわかる。魔力の残滓からして、行き先はこのダンジョンの外側だろう。追跡するべきか。今の私ならば容易くできる気がした。


 ……だけど、しなかった。


 理由は、今もって明確に言語化できない。

 ただなんとなく、それをしてしまうと世界が終わってしまう気がした。


 後年、隠遁生活の暇潰しに、私は何度もこのときのことを思い返した。

 仮説としては、私の判断は概ね正しかった結論付けられる。


 おそらく、このときの私は人間の先の存在へと階梯を上っていたのだ。

 もしダンジョンの外側に出ていれば、人間を根絶やしにしていただろう。


 私は、餓死を選んだ。

 数百日近くを小部屋から動かず、肉体を朽ちるに任せた。


 次の周回では、すべてが元に戻っていた。目覚めた私の前にはバゼット一行がおり、私の無能をひたすらになじってくる。転移魔法で自分たちだけ脱出したあとには、いつも通り憐れな治癒魔法士がひとり残るばかりだ。


 なんの変哲もない、ただの1周の始まり。

 だけども私の心象には明確な変化があった。


 自分は、彼らと同じではない。もっと早くに認識しておくべきだった事実を、このとき初めて私は自覚した。自分はもう、人間ではない。バゼットたちとの、いや他の人間たちとの間にあるあまりに大きな隔たりを、痛感するに至ったのだ。


 外に出さえすれば、元に戻ると思っていた。私も、世界も。


 時が元に戻るなら、私も元に戻らない道理はない。そう信じていた。だが結果は違っていた。私の中からは、既に私がこぼれてしまっている。私の中のメリンダ・サマリーが、死に戻るごとにいなくなっていったのだ。


 今や世界にとって脅威なのは魔王ではなく、この私だ。


 このときのことは、未だに夢に見る。体調がすぐれないときや、酒に酔い過ぎたとき、嫌なことがあったときなどに連動して夢に現れる。


 まるで私自身を追い詰めるような一連の出来事は、つまるところ悪夢ということなのだろう。何故ならそれは、それまで私が見ようとしてこなかった永劫の孤独を、これ以上なく痛感させられた一幕だったのだから。


 ……だけどこれは、今日の夢じゃない。



★★★



 夢を見ていた。

 人を待つ夢を。


 荷造りには手間取った。お父さんに反対されたからだ。私のしあわせは、この村で年の近い男の子と一緒になって、元気な赤ちゃんを産むこと。そして立派に育った子どもに、お母さんと同じように接してやることなのだそうだ。


 まったくもって、つまらない。本当にそう思う。だから私はここを出ていく。お父さんに置き手紙を残して。たまたまこの村を訪れた勇者一行の人たちに付いて、本当の自分を探す旅に出る。


 昨日、村の酒場で出会った勇者さんに、言われたことがある。私には癒しの力があるのだそうだ。勇者さんは、こうも言っていた。その力は、自分のためではなく、世のため人のために使うべきものだと。


「……遅いな」


 村の入り口の看板の傍で、私はずっと待ち構えていた。

 勇者さんたちが、村長との話し合いを終えてやってくるのを。


 やがて勇者さんが、パーティメンバーの3人を連れ立って歩いてきた。


「……おや、君は?」

「えっと、メリンダ・サマリーって言います」


 手提げ鞄を両手で持って、私はぺこりとお辞儀した。

 怪訝そうな女性陣の顔を、順繰りに勇者さんが見回す。


「昨日、酒場で会った子だ。心配ないよ」


 歩み出ると、やさしげな眼差しで私の顔を見つめてくる。


「こんなところでどうしたんだい。大仰な荷物まで持って」

「あの……勇者さんに、どうしても聞きたいことがあって」


 どうしよう、真正面からこの人の眼を見られない。

 私は俯いて逡巡したあと、思いきって訊いた。


「わ、私に癒しの力があるって話、本当ですか……?」


 首が痛むほど下を見て、じっと返事を待つ。

 思ったよりもずっとやさしく、柔らかい声が返ってきた。


「僕の見る限りではね。それを訊くために待っていたのかい」

「それもあるんですけど……外の世界を、見てみたくて」

「この村からは、あまり出たことがないのかな」

「た、たまのおつかいで隣街に出向くくらいで、その……」


 ヤバい。上手く言葉が出てこないぞ。


 つっかえながら、頭の中のどこか冷静な回路が考える。この人、やっぱりすごくカッコいい。村にいる他の男の子たちとは違って、品があるというか、華やかというか、なんか素材からして違うというか。話してるだけで緊張してしまう。


 一応、一張羅なんだけどな。ふだんはそんなことないのに、眼に入る部分で自分の服装が気になって仕方がない。やっぱり田舎娘っぽく見えるのかな。連れてる女の人だって、みんな美人さんだし……。


「ねえ君」

「は、はいぃっ!?」


 やば、ぼうっとしてた私。

 声を掛けられて、素っ頓狂な声出しちゃってるし。


 ああもう、恥ずい……。


「名前、なんて言ったっけ」

「メリンダ、です。メリンダ・サマリー」

「そうか。素敵な名前だ」


 ニコッと、太陽のような笑顔が弾ける。


「ひとつ提案があるんだけど、いいかな」

「バゼット」


 後ろから戦士っぽい恰好をした女の人が、釘を刺すような声を出した。

 そっか。この勇者さん、バゼットって名前なんだ……。


「足手纏いを連れてく気はねえぞ」

「まあまあ、そう固いこと言わないでさ」


 刺々しい空気をバゼットさんが冗談めかして躱すと、今度はローブ姿の賢そうな女性が口を開いた。


「癒しの権能の資質、でしたわね。昨日酒場で話し込んでいるのを聞きました」

「盗み聞きかい? 壁に耳ありだね、フラウ」

「本当なら稀有な才覚の持ち主です。一考の余地はあるかと」


 なんだか、私の知らないところで話が進んでる感じが……。


 どうしたものかと気を揉んでいると、いつの間にそこにいたやら、背の低い女の子が下方から私の顔をじいっと覗き込んでいた。


「いーんじゃない? この子にしちゃってさ」

「おいメル! そんな軽々しく決めんなよ!」

「うるさいなあジェルは。決めるのはアタシじゃなくてバゼット、でしょ?」


 女性陣3人分の視線を受けて、バゼットさんはそれぞれに頷いた。

 それから、私に向かってもう一歩分歩み寄って、右手を差し出してくる。


「あの、これは……?」


 差し出された掌と、バゼットさんの顔と。

 両方を交互に見比べて、私は混乱の極みにいた。


「僕たちと一緒に、きてくれないか?」

「えっ?」


 思ってもみない提案に、私の心臓が跳ねた。

 一緒に旅できたらって思ってた。けど、まさか……。


「僕たちは、旅をしている。魔王を倒す旅だ。旅先で困ってる人たちを助けながら、魔王の棲み処を目指す。苦しくて厳しい旅だけど、やり遂げれば世界に平和を取り戻せる。君の治癒の力を、僕たちに貸してはくれないだろうか」


 心臓が高鳴る。心のどこかで、本当は期待してた。

 そう言ってもらえるかもしれないって。世界が、変わるかもしれないって。


 でも、本当に言ってもらえた。答えなんて最初から決まってる。

 だけどいいのだろうか。私なんかで。こんな、普通の村娘で。


「……あ、あの、バゼットさん」


 訊かなきゃ。

 訊いて、たしかめなきゃ。


「私、本当にバゼットさんたちのお役に立てるんでしょうか?」


 必死な表情をしていたのかもしれない。

 バゼットさんは意表を突かれた顔をしたあと、爽やかな笑みを浮かべた。


「そうじゃなきゃ、君を旅に誘ったりしないよ」

「本当に、私たちで魔王を倒すことができますか」


 それは訊きたい質問じゃなかった。

 気になることなら別にあった。


 バゼットさんに、今の私はどう見えていますか――?


 だけど次の一言が、そんな打算ずくの心すらも吹き飛ばす。


「できるよ、メリンダが一緒なら」


 名前を呼んでもらえた嬉しさより、本当に必要とされていることが嬉しくて、私はおずおずとバゼットさんの手に触れた。上目遣いで様子を確認しながら、握った手に力を込めてゆく。


 鍛錬の痕跡が、滲む手だった。1日も欠かさず剣を振り、平和を取り戻すために力を付けてきた。その努力が固い掌に顕れている。上下に何度か振られ、ずっとこうしていたい気持ちとは裏腹に、私の手から離れてゆく。


「……あ」


 名残惜しいと思った矢先、私の眼は吸い寄せられるようにそれを見た。


「これで仲間だ」


 眼を細めるバゼットさんも、笑顔を見せる女の人たちも、みんながみんな、私のことを歓迎してくれているように思えた。


 だからわかった。

 そうだったんだ。ここが、みんなが、本当の私の――。

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