第1話 『或る治癒魔法士の追放』
「今際の際だぞ」
……ボソリとそう呟いたのを、きっとこいつらは聞き逃した。
メリンダ・サマリー。私の名前。ガルドラ王国南西部に位置する、とある漁村の生まれ。漁師の血筋ながら癒しの力に目覚め、たまたま村を訪れた勇者一行に見染められ、今はその一員として魔王の討伐に向かっている。概要終わり。
「聞いているのかメリンダ!!」
突き刺すような勇者バゼットの視線も、その両隣にいる女どもの視線にも、もううんざりだ。
質問に答えるなら、聞いている。なんなら次のセリフまで予測がついている。バゼットの左隣にいる宮廷魔法使いフラウがしゃしゃってくる。
「あなたは癒しの権能を持っている。そう聞いたからこそ帯同を許したのです。なのに、あなたは私たちにほとんど治癒魔法を使おうとしない。使っても傷の表面を塞ぐことしかできない。これは怠慢であり、能力の不足です。あなたのような人物は、私たちのパーティに相応しくありません」
ピーピーギャアギャアさえずってくれる。なら頭の中でだけ答えてやる。こっちは魔力を節約してたんだよ。いざってときのために、癒すまでもない傷は放置するって決めてたんだ。あんた長年冒険者やってんだからさ、そのくらいわかれよ。
今度はバゼットの右隣、元傭兵の女戦士ジェルが前に歩み出た。
「前から思ってたんだけどさ。あんた魔物と戦うとき後方に陣取ってちっとも動こうとしねえよな。それじゃ意味ねえってちゃんとわかってる? アタシやバゼットが必死こいて戦ってる最中、後ろでちんたらサボられてんの、ハッキリ言ってずっとムカついてたんだよ」
そうかい。なら逆に教えてくれ。後方から戦況を見定めることなしに、適切なタイミングで治癒魔法をどうやってかければいい? メイスでも持って最前線で戦って、その上で全員の動向を把握して、詠唱とか一切合切無視して片手間で傷を癒し続ければいいってことか。神話時代の女神じゃないんだぞ。
お次はブリっ子の斥候、シーフのメルだ。
バゼットの頭上にある段差から、身のこなし軽く飛び降りてくる。
「お姉ちゃんたち、やめなよー。きっとメリンダだって悪気があってやってるんじゃないよ。ただ無能で、能無しで、グズでのろまなだけ。力のない人間に注意してあげても、直すことなんてできないんだから可哀想でしょ。だからパーティから追放してあげるっていうバゼットの意見にアタシは大賛成かなっ!!」
キャハハハハ、と小悪魔っぽく笑うメルだが、冷静に考えなくてもこいつの言い分が一番ひどい。無能だから許してやれとか、私なら口が裂けても言えない。
ともあれ、これで主要なメンツは出揃った。
勇者バゼット、宮廷魔法使いフラウ、女戦士ジェル、シーフのメル。
彼ら全員の顔を見て思う。
――10秒だ。
――今の私なら、こいつら全員10秒で殺せる。
一連の動作を、脳内でシミュレートしてみる。バゼットに対し、今の私の最速の動きで肉薄。ふだんの100倍やそこらできかない速度に、バゼットは対応できない。開いた左掌で柄頭を突き、抜刀できなくしたその返しに治癒魔法で強化した右拳を顎に叩きこむ。首の骨が折れる感触とともにバゼットは10メートルほど後方に吹き飛ぶことだろう。ここまでで2秒。
バゼットを戦闘不能にされたことで、動きを見せたのはジェルだ。戦士の直感で臨戦態勢を取ろうとするも、私はそれをスルーしてメルへと標的を定める。自己防衛本能に特化したメルは危機的状況を認識すれば逃げの一手を取る。その前にケリをつける必要がある。私はチョキのかたちに固めた二本指をメルの眼窩奥深くへと突き入れる。2人目。これで4秒。
ジェルには苦戦する。応戦する準備時間を与えてしまったからだ。腰に佩いた大剣は抜かれて天上高く掲げられており、私は一手使って回避行動を取る。ジャルド傭兵団最強と謳われた大剣使いに、3度振る機会を与えてしまう。とはいえ、実力ならば天と地だ。私は2度見ればどんな剣筋でも見切ることができる。3度目に剣を振り抜いた隙をつき、手刀で首を落とす。8秒。
フラウを最後に置いておいたのは、呪文の発動に時間が必要だからだ。完全無詠唱を究めたフラウだが、脳内で術式構成を編むタイムラグが存在する。勇者パーティは人類最後の希望。それが10秒かからず3人も殺されたのだから、フラウは私を人類史上最大の敵と見なしたことだろう。正しい認識だが、その認識こそが仇となる。無属性最大破壊呪文【メギドドライブ】の無詠唱発動は、他の攻撃呪文よりもコンマ数秒単位で遅れをとる。今の私にとっては十分な猶予だ。【メギドドライブ】の発動より先にフラウの頭に手を置いた私は、【ヒールデストロイ】を発動させるまでにフラウの恐怖の表情を楽しむ余裕すらある。9.5秒。
……これで鏖殺は完遂だ。
細部のアドリブに多少の違いは出るかもしれないが、今の私ならこの地獄絵図を完璧に実現することができるだろう。
俯けていた顔を上げると、憤懣やるかたないといった一同の視線と出くわす。彼らを代表して、バゼットが口を開く。
「なにか文句でもあるのか」
「……いえ」
「そうか。ならば追放を受け入れるということなんだな」
私は眼だけで周囲を見渡す。
ここはガルドラ王国最難関ダンジョン【天球宮】の最下層。
生粋の治癒魔法士をこの場所で追放するのがどういう意味を帯びるのか、眼の前の連中が理解していないとは思わない。つまるところ追放は目的ではなく手段。無能を晒したパーティメンバーを、存在ごと抹消しようという算段だ。
憎しみの赴くままに、欲望の赴くままに。
脳内で思い描いた光景を再現してやってもよかった。
こいつらをダンジョンの、石積みの壁に付いた赤黒い染みに変えてやってもよかった。
私の結論は――。
「わかりました。謹んで勇者パーティからの追放をお受けいたしましょう」
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