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ロラン・ヘディンと運命の聖女  作者: K.S.
第一章 南へ
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1-7.宿屋の思惑

ロランたちの出立から三日目のこと、小さな村に到着した。街道沿いにポツンと位置するその村は、宿場町として旅人から宿代を取り成り立っている。


ようこそお越しくださいました、と若い娘が恭しくロランたちを出迎えた。二日間野宿が続いた身をやっと休めることができると、夕飯もそこそこに二人は床に就いた。


夜半、アルヴィンの目が開いた。物音を立てないため、体は一切動かしていない。ギシッ、ギシッっとゆっくりだが確実に階段を上ってくる音がする。


やがて足音は階段を上りきり、いくつかの部屋が並ぶ廊下を進み始めた。自室の前、アルヴィンは最大限の警戒を扉に向けていた。が、足音は自室を通り過ぎ、隣の部屋の扉が開く音が聞こえた。間も無くしてドン、ドンと何かを叩くような音がし、やがて再び静まり返った。


そして、ガシャン!窓が割れる音が静寂を破る。続いてドタバタと下の階から駆け上がってくる足音、自室の前をそのまま駆け抜け、悲鳴。昼間の出迎えてくれた娘の悲鳴だ。寝ていたロランも流石に目を覚ました。


「アルヴィン、なんの騒ぎだ?」


寝ぼけ眼をこすりながら問う。


「どうやら隣の部屋でなにかあったみたいです。恐らく人が殺されたんじゃないかと」


「いまは?どうなってる?」


殺人と聞いてロランの声色が変わった。声を抑え、神経をとがらせているようだ。


「犯人はガラス戸を破って逃げたようです。そのあと宿屋の人間が上ってきて、さっきの悲鳴みたいですね。もう犯人はこの場にはいませんよ」


一先ず安全とわかってか、ロランは見るからにホッとした様子だ。しかしアルヴィンは警戒を解いてはいなかった。ロランもホッとした様子は見せているが、張り詰めた空気感は続いている。まだ近くに犯人がいるかもしれない。その夜は張り詰めた空気のせいでロランはろくに寝られなかった。アルヴィンは一晩中あたりを警戒していた。


翌朝、宿屋には自警団が捜査に入っていた。ロラン達の身元とアリバイ宿屋の主人が保証してくれた。自警団も、隣室で殺人があったためはじめはロラン達を疑っていたが、状況を鑑みるに殺害後、宿屋の人間が来る前に自室に戻る時間はなかっただろうと結論づけた。結局のところ犯人は見つからず、侵入した野盗の仕業だろうと片付いた。


ロランとアルヴィンはこの宿でもう一泊する予定だった。その日は亡くなった隣人を同じ旅人のよしみで村の者と葬り、葬儀の場で飲んで食らった。


その晩は自警団が村の警護に当たることになり、幾分か安心して寝ることができそうだった。酒と料理が存分に振舞われたおかげで、二人はすっかりへべれけになって宿屋に戻るなりそのまま眠りに落ちた。





太陽がちょうど真反対側を照らしている時、突然部屋のドアが一瞬軋む音を立ててゆっくりと開いた。大きな物音は立っていない。もちろん部屋の戸締りもしていた。そして部屋の戸が開くなり、ゆっくりと中に侵入してくる二つの影。足音を立てぬよう、そろりそろりと2人に近付いてくる。そしてとうとう、二つの影がロランとアルヴィンの足元までたどり着いた。


アルヴィンの足元に立つ影が大きく振りかぶった。窓から覗く月明かりに照らされたその手元には大きな包丁が握られている。振り下ろされる手、包丁が一気にアルヴィンの心臓めがけて迫ってくる。アルヴィンの心臓に包丁が突き立てられるというその瞬間、アルヴィンの右掌底が包丁を握る手を逸らした。


見開かれたアルヴィンの青い目は完璧に犯人の素顔を捉えていた。犯人はあの宿屋の娘だった。昼間に見た優しい顔とは一変し、恐ろしい形相でアルヴィンを睨め付けている。ロランの側に立っていた影も気付いてアルヴィンへ向けて包丁を振りかざした。足元に立つ娘の足を払い転ばせる。倒れた音でロランも目を覚ました。アルヴィンは娘を払った足でを回してそのまま立ち上がった。娘もすぐに立ち上がる。


「どういうつもりだ貴様ら」


アルヴィンの声には殺意がこもる。


「なぜ俺たちを襲った」


再びアルヴィンが問う。


「金持ちそうな連中をたまに殺しては奪ってるのさ。あんたらは金を持ってそうだったからね、奪い取ってやろうと思ってね」


この言葉を頭から信じるなら、まずは刺客でなくて安心というところだろうか。特別な訓練を受けているわけではなさそうだが、優れた盗賊であることに変わりはないだろう。アルヴィンの腕と比べれば雲泥の差だが。


「貴様もそれなりの腕と見る。ならば分かるだろう俺との力の差が。俺たちに手を出さない方がいいこともな」


「あたしもいまそう思ったところさ。あんたらがいますぐ出て行くならあたしらは追わない。ここはこれで手打ちってことにしようじゃないか」


なるほど、こいつはなかなか賢いやつだ。それもそうだろう。昼間の姿の時は殺意など微塵も感じなかった。擬態のうまいやつだ。


「先生、それでいいですね?」


「仕方あるまい。今すぐ発とう」


こうして、ロランとアルヴィンは村を出発し、街道沿いを進む。こんもりとした小さな丘の上にある村が背中に見える。これからもあの宿屋では罪なき旅人が惨殺され、奪われるのだろう。しかし世界とはそういうものだ。弱いものが奪われ、強いものが奪う。その構造は変わらない。


ロランとアルヴィンの長い長い旅はまだ始まったばかりだ。


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