4-14.奇策と凡策
「ケンヴァリー殿!ケンヴァリー殿ではありませんか!よくぞご無事で…」
突然門前に現れたケンヴァリー・セントディリッヒと彼の率いる八千の騎馬兵を見たロランは心底驚いた。
「ケンヴァリー殿、こちら、このアンカーソンヒル城主のハロルド・アンカーソン公爵です。こちらはケンヴァリー・セントディリッヒ卿、モエナ大司教のお兄様です」
「アンカーソン公爵閣下、お会いできて光栄でございます」
「こちらこそ、セントディリッヒ卿。私もお目にかかれて光栄だ」
聞くとここに来るまでに聖兵団と交戦して抜いてきたという。
「共に戦ってくれるとのこと、本当に心強いです。あなたがいれば百人力だ」
「ロラン殿、光栄です。しかし敵の数はおよそ三十万、我ら八千騎が加わった程度ではそれほど大きな戦力にはならないでしょう」
確かに、現実は圧倒的な物量差を埋めるほどの戦力増強にはなりえない。
「そこで我々はまだ伏兵を忍ばせております。八千の騎兵で一旦こちらに合流、さらに一万二千の歩兵隊が聖兵団の後方一日の間隔を空けて追従中です。交戦が始まったらタイミングを伺って突撃の手はずになっています。率いているのは歩兵長のジョルジュ、機転の利く男です、歩兵隊を上手く使ってくれるはずです」
優秀な将でありながら参謀並みの戦術眼を持つケンヴァリー・セントディリッヒに一同が驚きを禁じ得なかった。
「敵と刃を交えた感想はどうじゃ?うちの紫電が戦った精鋭隊はかなりの強者であったが」
「私が抜いてきた横陣では精鋭隊と思われる部隊は、交戦せずに向こうから道を空けてくれました。恐らく指揮官による指示で損害を出したくなかったのでしょうが、盾兵を前に固めた横陣を作る早さは並の軍ではありませんでした。あれは相当鍛えられている」
ケンヴァリーの見た精鋭隊はその推測通り、中央近衛聖兵団で間違いない。
帝国軍からも補充されている今回の軍は、中央近衛聖兵団以外の聖兵も含めて三十万人、うちおよそ二万が中央近衛聖兵団、二十万がその他の聖兵団、そして八万が帝国軍からの補充部隊だ。
中央近衛聖兵団の二万は徹底した訓練と、一人一人の戦術理解が深いため指揮官からの指示に対して迅速に反応する。
聖兵団もそれなりに訓練はされているが、普段は別の部隊として機能している隊の寄せ集めな為、即応力には劣る。
さらに帝国軍からの補充兵ともなると聖兵団よりもさらに指示に対する反応は悪くなる。
こういう事情もあり、ある意味では聖兵団側は単純な作戦を選ばざるを得なかったのだ。
「なるほど、恐らく後方から帝国軍、聖兵団、前面に中央近衛聖兵団が配置されているようじゃな。といってもお主が交戦したのは一日半前じゃろ?既に陣容が変わっていても驚きはない。どちらにせよ兵力差を前面に押し出した単純な戦い方をしてくることは間違いないのじゃからな」
蝶華の推測通り、その頃聖兵団は前面に帝国軍、中央に聖兵団と中央近衛聖兵団の混成部隊の配置に切り替えていた。
中央近衛聖兵団の面々がそれぞれ指揮官となり他の聖兵たちのまとめ役に回った部隊だ
精鋭部隊を全体に散らばすため戦力が分散するがその分全体としての厚みと即応能力の向上が期待できる。
戦術の幅が著しく制限されている混成部隊だが、全体の質を底上げする意味合いでこの采配は上策と言えるだろう。
「そうじゃ、名乗るのが遅れたの。わしは流人連合国首長、紅傘蝶華じゃ。セントディリッヒ卿、共に戦えることを嬉しく思うぞ」
「紅傘様、私の方こそ光栄です」
蝶華はカラカラと機嫌よさそうに笑った。
「敵が到着するまで恐らくあとはかかるでしょう。奴らのほとんどは歩兵です、騎兵の我々が一日半かけて行軍してきた行程となると恐らく三、四日はかかるでしょう。城外の準備は見たところ進められているようですが、どのような絵図を描かれているのですか?」
少々気が緩んでいそうな蝶華と反対に、ケンヴァリーはその慎重な姿勢を崩すことなく続けた。
「我々の想定は原則は地の利を生かした野戦です。アンカーソンヒルは小高い丘の上にある。流人連合国の協力な弓矢部隊や鉄札部隊で敵を近づけさせないように戦いを進め、それでも押し込んでくる敵にはこちらも数を当てて対応する。そして必殺の部隊としてケンヴァリー殿や他の強力な部隊を走らせて敵の指揮官を刈り取る。まともに敵全体を相手にしていてはこちらはあっという間に削り取られてしまう。包囲が心配でしたが、ケンヴァリー殿の機転で後詰の部隊がいるから憂いも無くなりました。感謝します」
ロランはケンヴァリーに作戦の概要を話した。そもそも、作戦と言えるほど巧妙な手は打てない。
これだけの数量差がある戦いで、しかも急増の軍で、下手な小細工を打って失敗でもすればそれこそ致命傷になりかねない。
それよりも、基本的なポイントを押さえて強力な部隊を上手く使う方が効果的だ。
難しいことはしない。
すなわち、凡策をもって凡策を征す。
天才による凡戦が始まる。




