4-13.渡河
アンカーソンヒル陣営が作戦を立案している間、聖兵団は一路西進してストロングトン川を渡るための橋に向かっていた。
進軍の足は決して速くないが、着実に距離を稼ぐ、ロランの予想通りの展開だ。
今のところ伏兵との交戦もなく、時折川を挟んで斥候の姿を目撃する程度であった。
「順調ですね。このままいけば今日にも橋を渡り始めることが出来そうです」
マグネイアは団長にこう言葉を掛けたが、ジルにはどうしても気になる点があった。
(無防備すぎる。我々の進行に対して数の劣る相手方が正面から野戦で迎え撃っても勝ち目はないぞ。それは相手方も分かっているはずだ。ではなぜ何の準備もしていない?何を狙っている?)
ジルは橋を渡っている時が最も危険だと考えていた。
半数近くが渡り切ってしまえば問題無いが、それほど大きくない橋で敵が橋を封鎖するようなことがあれば簡単には抜けなくなることは目に見えている。
突破力という意味では聖兵団も十分に持っているが、如何せん敵と当たれる面が小さくなる橋の上ではその突破力も全力を出すことは出来ないだろう。
やはり橋を渡る時が最も注意すべきタイミングだ。
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橋が見えてきた。想像より大きく立派な橋だ。
「団長、副団長、橋を渡り始める前に橋の向こうに斥候を出すべきです。敵の待ち伏せに合えば橋の上にいる兵たちは後退も出来ず全滅します」
ゲルハルトもマグネイアもこれを了承した。
十騎の斥候隊が橋を渡った先にある森に進入していった。
橋の手前で全体を止めて帰還を待った。
しばらくすると三騎戻ってきた。他の七人とは森に入ってすぐに分散して分かれたらしい。
「我々の向かった方角には敵の気配はありませんでした。敵の拠点から反対側のさらに西側なので、敵にとっては伏兵を置く余力は無いためを思われます」
「ご苦労だった。天幕で休んでくれ」
頷いて三人の斥候は下がっていった。
やがて残りの七人も帰還した。
こちらも敵影は無し、伏兵はいないとの報告であった。
「全軍、橋を渡るぞ!橋を渡ったら一路東進だ!川沿いを進んで平野に出たら横陣を敷いて進軍するぞ!」
ゲルハルトの号令で、彼を先頭に聖兵団と兵たち、総勢三十万が橋を渡った。
その様子を、崖上から見下ろす一騎の男の姿があった。
「ようやく隙を見せたな、聖兵団め。必ず借りは返すぞ」
男は向きを変えて山の陰へと消えていった。その姿に気づいたものは誰もいなかった。
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聖兵団のほとんどが橋を渡り切るころ、既に先頭は平野に入って幕営の準備を始めていた。
常に前方に斥候を走らせて周囲を警戒し、敵がいないことを確認しながら着実に進んできているためか、聖兵団には明らかに油断があった。
無理もない、それだけの警戒をしている上に、兵力は三倍、よほどへまをしなければ勝ちの約束されている戦争だ。
兵たちも敵の城を攻撃する前の最後のはねやすめといった感じで酒を飲んで盛り上がっていた。
陽も暮れてきたころ、平野に大きく広がった幕営ではあちこちからやんややんやの声が聞こえていた。
ゲルハルトやマグネイア、ジルもこの時ばかりは気が緩んでいた。
しかしその盛り上がりに乗じて、敵が迫っていた。
背後からおよそ八千の騎馬兵が幕営めがけて突っ込んできたのだ。
その軍は横に大きく広がっている幕営のど真ん中を、まるで一本の槍のように深々と聖兵団に突き刺さり、なおも勢いを失わない。
「お前たち、このまま抜けるぞ!私に続け!!」
先頭を行く男は聖兵団が橋を渡る時に崖上からその様子を見ていた男。
偃月の陣、そして夕闇にはためく狼の旗印、ケンヴァリー・セントディリッヒだ。
「なんだ、一体何の騒ぎだ?」
ようやく聖兵団のトップたちのところにもざわめきが届いてきたようだ。
「急報!背後から敵です!数、正体は不明ですが、一直線に我々の陣に突撃してきました!既に殿軍は貫通、聖兵団まで迫っています!」
「そんなところまで入られているのか!?聖兵団で止められるか?」
「とにかく猛烈な勢いで…後方警戒を緩めていたのもありますが、全く勢いがおさまりません!」
「もういい、俺が出る!団長、いいですね?」
マグネイアは否と言わせない勢いで団長に言い放った。
だが…
「ダメだ。そのまま貫通することが敵のねらいであるならば道を開けて通してやれ。仮に敵方の増援だとしても一万程度、放っておいても問題はないだろう。お前の身が危険にさらされ、万が一のことがあれば損失はその方が大きい」
「しかし…!」
「これは命令だ。すぐに軍を左右に分けて道を開けろ。まともにぶつかっては、恐らく聖兵団であっても止められないだろう。念のため、貫通した敵が反転して攻撃してくることに備えて横陣を引いて盾兵を前面に集めろ」
ゲルハルトの指揮は見事だった。
ケンヴァリーの軍に対して迅速に聖兵団は道を開けて左右に展開、牽制はするが交戦はせず、といった形でケンヴァリーをそのまま貫通させた。
反転して再突入してくることを懸念していた聖兵団であったが、ケンヴァリーは馬の足を緩めることなく、そのまま東へと走り去った。
「なんだったのだ、あの軍は…それにしても猛烈な強さだ。あれが敵方に加わったらまずいのではないか…?」
「確かに今の軍は精強でしたが、私の見たところ伝令の報告より少し少ない八千ほどでした。数で圧倒するこちらが基本戦術で押し込めば、多少の損害はあるでしょうが対応できない数ではありません。団長が問題無いと仰るのであれば、何か考えがあるのでしょう」
団長は闇夜に消えていった正体不明の軍の背をにらんでいた。




