4-12.次なる作戦
一方、一度アンカーソンヒルに退却した弽と紫電は報告を行っていた。
「やつらの動きはなかなかよかったぞ。弽の部隊による攻撃に対する反応も良かった。全体から見ればほとんど犠牲者は出していないはずだ。それに私の包囲を突破する武力、恐らくうちの盾兵を真っ二つにしたあの巨躯の男が精鋭部隊を率いていた指揮官だ。これまた巨大なハルバードを使うやつでな、あれは私が受け止めるのは無理だな!」
いつものように大声で言う紫電だったが、マグネイアの武力は確かに紫電も恐ろしさを感じているところだった。
紫電の盾兵は彼女の部隊の戦い方の性質上、他の部隊と比べてもよく訓練された精鋭盾兵だ。
その一人が文字通り盾ごと一刀両断されたとなれば鉄札では相性が悪い。
「…私が仕留めていればあそこで敵の精鋭を殲滅できた。ごめんなさい…」
「弽、そんなことは無いぞ!あの部隊は恐らく指揮官を失っても実戦に耐えうるレベルの統率は維持できるはずだ。気に病むことは無い、鵠あたりにサクッとやってもらおうではないか!」
弽は申し訳なさそうに言ったが、紫電がフォローした。
以外にも優しいところがある。
「そのハルバードの男の相手、私がするのですか?まあ私の太刀とでしたら相性も良さそうですし、強い殿方と戦うのは一向にかまいませんよ」
相変わらず凛とした様子で鵠は紫電の申し出に応えたが、口角はほんのり吊り上がり、頬はうっすらと紅潮していた。
「鵠は戦好きじゃのう。顔に出ておるわ」
「鵠さん、あなたともあろう方が、はしたないですわよ」
蝶華はいたずらっぽく鵠をからかったが、陽咲は鵠の表情をとがめた。
これを受けて鵠はスッと表情を戻し、小さく咳ばらいをした。
「失礼しました。さて、今後の作戦ですが、ハロルド殿、ロラン殿、なにか上策はありますか?」
「聖兵団のトップがどんな人間か分かりませんが、今回の戦い方を見るに比較的基本に忠実に戦いを進める印象を受けます。精鋭部隊を前に出してこちらの力を計り、実際に大きな被害を出さずに鶯廉殿と鼠鏡殿と一戦交えている。こちらの力を計るのが上手く、基本戦術の力を十二分に引き出して戦うタイプかと考えました」
「あの、ちょっといいかしら?」
ここで言葉を挟んできたのはシリーンだった。
情報屋として会議には参加していたが、いつも部屋の隅で何かを考えているような様子で、これまで口を出すことはなかったがこの会議においてはじめて口を開いた。
「どうしたんだシリーン、何か知っているのか?」
「えぇ。話そうかどうか迷ったけれど、私の知っていることを話すわ。聖兵団のトップの人間を私はよく知っている、いえ、知っていた、という方が正しいかしら」
シリーンは一呼吸おいてつづけた。
「中央近衛聖兵団団長、ゲルハルト・ハンネス・リーデルシュタイン、彼は私の母方の従弟にあたるわ」
その場の全員が目を見開いて驚いた。
「従弟って…そんな近い人間がこの場にいたとは…」
「ただ、彼のことは私も知っていた、というのが正しい表現なのよ。小さかったころはよく一緒に遊んでいたけれど、ある時を境に彼の家族は崩壊していったわ…両親がシャルアスタ教の熱心な信徒になって、寄付によって家財のほとんどを失ったわ。それでも彼の両親の目は輝いていた。神が我々に救いをくださると言って。そんな家庭環境の中、自分よりもシャルアスタ教に関心を示す両親に失望していった。愛を受けずに育っていく彼の心が歪んでいくのにそれほど時間はかからなかったわ。彼には戦いの才能があった。彼は両親を殺し、シャルアスタ教にも復讐すべく両親の通っていた教会も襲撃したの。でも、教会の神父は襲ってくる彼を受け入れて慈愛を与えた。教義の通りね。乾ききった彼の心に愛が注がれた。両親を殺して一人になってしまった彼を、神父は教会で育てた。大きくなった彼は自分の才能を生かして聖兵団に加入したというわけ」
ゲルハルトの生い立ちは教会内でも限られた者しか知らない。彼本人は当然語りたがらないし、数少ない知るもの達も決してゲルハルトの過去については語らなかった。
「聖兵団の中で、彼はその才能で一気にのし上がっていったわ。気がつけば中央近衛聖兵団の団長、彼は自分を育ててくれた神父とシャルアスタ教に恩義を感じ、絶対の忠誠を誓っている。さっきロランが彼の戦い方は基本に忠実な戦い方だろう、って予想してたわね。大方は当たりよ。でも一つだけ間違いがある。彼を、戦いに身を投じて猛り狂う彼はきっと、戦術なんて無視した、自分の命を燃やすような戦い方をするわ。彼と戦ったことのある数少ない者たちが口をそろえて言う彼の二つ名、"神の怒り"、これは本当にそのままの意味なのよ。シャルアスタ教に狂信的なまでに忠誠を誓う彼が、教皇庁に反する者たちに向ける敵意はまさに神の怒りよ」
ゲルハルトの人となりはこれで会議に出ているみんなが理解した。これを踏まえて作戦を練り直さなければならないだろう。ゲルハルトの武力は、シリーンを除く他の全員の予想をはるかに上回っていると想定すべきだ。
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会議の後、シリーンは一人、城壁から彼の進軍してくる南の方角を眺めていた。
(ゲルハルト、いいえ、昔のようにガーディと呼ぶべきね…あなたは今も、昔のように笑えているの?両親を殺した時、あなたの中の自分も死んでしまったんじゃないの?私はあなたを救うことは出来ない。でも、この人たちならあなたをこの世の苦しみから解放出来るかもしれないわね…)
シリーンの煙管から昇る煙が、時折吹く北風に運ばれて南の空へと消えていった。




