4-9.ストロングトン河畔の戦い①
中央近衛聖兵団が街道を進む。
正面には焼け落ちた橋が見えている。
街道の両側には森林が広がっており、川に突き当たると上流側と下流側に川沿いに道が続いている。
中央近衛聖兵団副団長、マグネイア・ニールドアームは迷っていた。
「ジル、お前はどう考える?橋が落とされている。明らかに待ち伏せだ。我々を一番近い下流の橋に誘導しようとしているのだろう」
ジルと呼ばれた全頭を覆う甲冑を被った男が答える。
「待ち伏せであることは間違いないでしょう。問題はどこで我々を待ち伏せしているか、かと。考えうるパターンとしては我々が下流側に方向転換したことを見計らって後ろから急襲するパターン、もしくは橋を渡る時に前後から挟みにくるパターンのどちらかかと思います。本隊と二日の差が出来てしまっている我々は独立軍と同じ状況、相手の数にもよりますが挟まれると分が悪いですね。この橋のたもとで待機して本隊と合流、その後下流の橋を目指して進軍する方が被害を小さくできるでしょう。さらにこの方法であれば待ち伏せしている敵の一部隊を我々の後方に張り付けて分断できます」
この男は中央近衛聖兵団の参謀長、ジル・ファレン・エストノール、その頭脳で中央近衛聖兵団の作戦を立案してきた。イストリア渓谷の戦いでも見事にヴォルデルネ騎士団を術中に陥れて見せた。
「なるほどな。確かに待機した方が確実ではあるな。敵に二日の猶予を与えたところで戦局が大きく変わるわけでもあるまい。橋のたもとに陣営を張るぞ」
マグネイアから指示が出てからの聖兵たちの動きは早かった。あっという間に陣営が出来上がった。まだ陽はようやく傾いてきたころだった。
この時、実は街道左右の森の中で紫電の隊は息をころして聖兵たちの動きを監視していた。弽の部隊は川を挟んで橋の残骸に身を隠している。弽は紫電の合図を待って一斉に矢を射かける手筈になっていた。
しかし聖兵団もこの場所に陣営を張ったのには理由がある。一つはこの橋、たもとには監視塔が建っていてなかなかに立派なつくりであるために遮蔽物が多いこと、もう一つは三つの街道に面しているここであれば左右を深い森に囲まれている場所より突然の襲撃に対応しやすいことだ。
恐らく弽の部隊の矢は聖兵たちにそれほど大きな打撃を与えることは出来ないだろう。しかし矢に驚いて気を取られている間に後ろから紫電の部隊が必殺の急襲を仕掛ければ大きな被害を与えることが出来ると踏んでのこの作戦だ。
つまり、黒姫鵠はここで聖兵団が本隊と合流するために待機するであろうことを読んでいたのだ。橋を視認できるここまで進軍してきてしまった時点で聖兵団は既に術中にはまっていたのである。
「よし、やるぞ」
紫電が弽に向けて太陽の光を反射させて合図を送った。次の瞬間、大量の矢が川の向こう側から空へと放たれた。
大きく弧を描いて、矢は聖兵団の陣営に降り注いだ。
一時は蜂の巣をつついたような騒ぎになったが、流石は天下に名高い中央近衛聖兵団。すぐに立て直して遮蔽物に身を隠した。
なおも矢は降り注ぐ。それなりの幅がある川を挟んでいるにも関わらず、弽の部隊の矢は正確に聖兵団の陣営だけを狙って降り注いでいた。
弽が矢を射ている様子はない。つがえてはいるが何かを探しているような様子だ。
「ジル、このまま矢を打たせ続けよう。いずれ矢が尽きて帰っていくはずだ。物量に勝る我々は無理に動かずともこのまま相手の消耗を待てばよいのだ」
「副団長、それは少し早計かと思います。何の考えも無しにこれだけの矢を放つとは考えにくい。目的があるとしたら我々をここに張り付けにしたいか、注意を引くため…」
まさにこの時、陣営の後方から悲鳴があがった。
聖兵の強固な鎧の隙間に寸分たがわず鉄の札が滑り込む。甲冑は貫通出来ないがこの鉄の札、鎖帷子程度であれば優に貫通する。素早い動きで敵を翻弄して、必殺の鉄札で切り刻む。これが暴札の鼠鑑紫電の戦い方だった。
「さすが弽だな。すっかり敵は混乱しているじゃないか。それに私たちが突入した途端ピタリと矢の雨が降り止んだぞ!皆の者、このまま押し通るぞ!走りながら攻撃を加えた後上流側へ脱出、船の橋を渡って退避だ、行くぞ!」
こうして後世に語り継がれることとなる"アンカーソンヒルの戦い"の火ぶたが切って落とされたのだ。




