4-6.紫電と弽
教皇庁の軍がいよいよ出撃したとの報告があったのは、季節も冬に差し掛かろうという日の夕刻だった。
「ついに出撃したか。想定していたよりも出撃が遅れたおかげでこちらには十分に準備をする時間があった。船で作る橋もすでに準備は完了している。浅いが、川の水を引いた簡易的な濠も掘り進めているし、あとは敵が来るまでの間にどれだけこちらの準備が整うかの時間勝負になったな」
アンカーソンヒルの周囲は既に軍の野営地で満たされている。そのうえ敵の攻撃に備えた櫓や馬防柵など、比較的に簡易に作ることのできる構造物が並べられていた。
「ハロルド殿、中央近衛聖兵団が恐らく先だって進軍を開始しています。彼らとぶつかるのは我々、流人連合国軍でよろしいですか?」
「むしろ精鋭部隊を引き受けてくれるのは大変ありがたいです。それに恥ずかしながら我々では恐らく聖兵団には歯が立ちませんからな」
普通、敵の精鋭とは出来るだけ当たるのを避けるのがセオリーだが、流人連合国の兵士たちは嬉々として精鋭と当たりたがる。
それはもともと彼らが盗賊であり血の気の多い連中であるからなのか、それとも東方の武勇によるものなのかはハロルドには分からなかった。
「私が先陣を切ろう!この紫電の鉄札の前にはどんな強敵であろうと雑魚同然よ!」
「紫電、うるさい…」
豪快に笑う紫電の横で、弽はまたあからさまに嫌な顔をした。
紫電の率いる一家は七人の首領一家の中でも非常によく統率が取れていることが特徴的だった。彼女の強烈なリーダーシップによってまとめられた一家は、緻密な作戦をも難なくこなすことが出来る。最も優れている点は隊内での情報伝達速度の速さだ。
リーダーの指示が全体に行き届くまでにかかる速度が通常の部隊の四倍から五倍。つまり指示を出してから隊全体が動き出すまでにかかる時間はほぼ五分の一になるということだ。初動の速さが隊全体での緻密な作戦行動に良く働いていることは間違いない。
今回のような急襲作戦では特にその威力を発揮するということだ。
「弽!君ももっと元気を出すべきだ!そうは思わないか!?」
またガハハと笑う紫電をしり目に、弽は静かに部屋を出て行った。
この二人、実は相性が悪いようで戦いの中では実に素晴らしい連携を見せる。
紫電の奇襲作戦は敵の懐に入り込んで強烈な一撃を与えたのち即離脱するパターンが多い。その場合、当然敵からの追撃を受けることになる。そこで弽の隊が迎え撃つのである。
弓神、鶯廉弽は追撃してきた敵の部隊を絶対に通さない。
正面から弽の隊にぶつかって正攻法で貫ける軍隊は世界広しといえど皆無だろう。それほど彼女の隊が作る弾幕をかいくぐるのは難しいことなのだ。
「ともかく、紫電と弽にはいつも通り敵の部隊を急襲してもらいます。でも紫電、敵はいままで戦ったことのないほど強い部隊です。くれぐれも油断は禁物ですよ。あなたには不要な忠告でしょうけど」
紫電は、先ほどの豪快な雰囲気とは打って変わって落ち着いた表情で言った。
「わかってるさ鵠。私はどんな時でも決して油断したりはしない。私たち七人の中で最も現場指揮の上手い私が、そう簡単にやられるわけにはいかないからね。見せてあげよう、鼠鑑紫電の恐ろしさを」




