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ロラン・ヘディンと運命の聖女  作者: K.S.
第一章 南へ
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1-4.過去と、契約

「お前、南に行くって正気なのか?」


戦争が激化しているという情報はすでにハロルドの耳にも入っていることは予想していた。当然、反対されることも。


「本気です。今行かなければ、多くの石板や遺跡が永久に失われることになるのです。私は、いや俺は、それを黙ってみているなんてできません!」


ロランは思いがけずあつくなってしまったと、少しだけ後悔した。しかしロランの思いは本当に今の言葉のままだ。今も失われ続けている古代の遺物、それを守ることのできない自分がいる。心の中に燃えるこの悔しさ、激情を押さえ込めなかった。


「だがお前、南は今激戦の最中なんだぞ!?そんなところに大切な後輩であり、友であるお前をみすみす送れるか!馬の話は無しだ!」


ハロルドもあつい男だ。ロランの燃えあがる激情を正面から受け止めた。


「分かっています。けど、やっぱり俺にはあの石板たちをそのままにしておくことなんてできない!南で俺のことを待っている石板がたくさんあるんだ!確かに危険かもしれないけど、人類にとってかけがえのない財産が失われようとしているんです、黙っていられない!ここは譲りませんよ!」


「待て…待て、わかった、一度頭を冷やそう。確かにお前のいうことにも一理ある。だがな、俺がさっき言ったように、お前が死ぬかもしれないようなところに簡単に言って来いと言えるものじゃあない。ましてや俺が馬を渡したから、なんてことになったらずっと後悔し続けるだろう。戦争の泥臭さ、悲惨さはお前も知ってるはずだ。今回だけは、わかってはくれないか?」


戦争、2人の過去の話だ。


6年前の戦争は、爵位を持つ国じゅうの名士たちが立ち上がった。東方にある帝国への侵略戦争だ。国の上層部が勝手に始めた戦争だったが、東方へ新たな土地が開けるかもしれない。


国民は意気揚々と東へと進軍した。結果は惨敗。東方の山岳地帯に慣れないこちらの軍隊は、至る所で壊滅。帝国軍の姿すら捉えられないまま夜戦で指揮官が殺され軍は散会、などという酷い有様だった。


さらに帝国軍は情報を入手するために多くの敵兵を拷問にかけた。爪と肉の間に釘を打ち込まれる者、少しずつ、体の末端から皮を剥がれたもの、情報を提供しなかったためにレンズで集約した太陽光で目を焼かれた者もいた。それらの者は見せしめに、こちらの軍に返還された。


ハロルドの率いる軍の中にもそう言った者らが送り返されてきたことが何度かあった。あまりの仕打ちに、多くの兵士の士気が削がれ、戦争どころではなかった、が、それでも上層部はやめなかった。退却すれば反逆罪だと脅し、いたずらに兵を死なせ、終わりの見えない泥沼の戦いに身を投じていったのだ。


そして全軍の3分の2近くを失い、ようやく撤退の命令を下したのだった。


そんな生々しく、生者の地獄のような経験をしたあの「戦場」に、再びロランは向かおうとしている。ハロルドが止めようとするのは当然のこと、むしろ止めるべきであった。しかしロランは…


「お心遣いには本当に感謝しています。先輩にはこれまでずっとお世話になりっぱなしです。だから、今回だけはどうしてもお願いしたいんです。石板を、回収させてください。南にはまだ手付かずの遺跡も多い。回収できる石板の数は知れないでしょう。それを解読できれば、必ず人類に貢献できます。だからどうか、お願いします、先輩」


ロランは知らず知らずのうちに涙を流していた。言葉だけではこの胸の内は表現しきれなかった。


「ロランお前、それほどまで…言っても、どうせお前は聞かないだろう。だが俺は、本当にお前には、お前にだけは南に行って欲しくない。こう思う人間がいることを忘れないでくれよ。それから、もし何か、少しでも変だと感じたらすぐにその場を立ち去れ。馬はやろう、とびっきり速いやつをな。必ず、必ず帰ってこいよ」


こうしてロランは、ハロルドと馬の貸借契約を結んだ。ハロルドは自分の所有している中でも1番の名馬をロランに貸し与えた。危険の伴う旅、ハロルドは本気で止めてくれた。自分のことをそれほどまでに大切な存在として認識してくれる先輩、友がいる。そのことを思い出して、またロランは目頭が熱くなるのを感じていた。


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