3-5."百眼千耳”のシリーン
「突然押しかけてきて、いったいなぁに?」
グラマーな大人の女性らしい見た目とは裏腹に、頬を膨らませて文句を言うシリーンを見てアルヴィンは不覚にも心拍数が上がってしまった。確かにシリーンは過去アルヴィンが見たことのある女性の中では最も美しい女性だった。
「それは悪かった。南部で戦争が起こったと聞いて遺跡保護のために急いで旅してきたんだ。ハロルドの協力もあって。だがキスタミアで思いがけずその戦争に巻き込まれてしまってな。まあ結果として戦争終結の場に立ち会うことになったんだがね。戦争も終わったし、遺跡の保護が喫緊の課題ではなくなったからついでに旧友に会いに来たってわけだ」
戦争が終わったお陰で南部の遺跡群へ戦火が及ぶ危険が減ったのは確かで、彼らの旅も出発当初から比べるとかなりのんびりとしたものになっていた。
「終戦のことはもちろん知ってるわ。理由は知らないけど、あなたがあの時キスタミアにいたこともね。まさか私に会いにわざわざ来るとは思っても見なかったけど。それにしても、本当に久しぶりね。何年振りかしら?二十年ぶりくらい?」
シリーンはさぞ当たり前のように彼らが講和時にキスタミアにいたことを知っていた。ロランもまたそれを驚く様子もなく聞いていたが、アルヴィンとミハイの2人は違った。目を丸くして驚いている。
「シリーンさん、なぜ先生がキスタミアにいたことを知っていたのですか?まさかシリーンさんもあの場に?」
アルヴィンはこんな美しい女性があの場にいて話題にならないわけがないと発言してから思った。
「まさかぁ。私があんな戦場のど真ん中にいくわけないじゃない。第一戦いは得意じゃないもの」
「アルヴィン、シリーンはな、情報屋なんだ。世界中のあらゆる情報を集め、金を取ってそれを提供している。俺やハロルドのようにシリーンを知る一部のもの以外には素性を隠しているがな。シリーン、彼らは大丈夫だ。信用できる」
「あなたが連れてきたんだもの、わかってるわよ。そもそも、信用できなかったら家になんて入れないもの」
情報屋としてのシリーンの腕は超一流だった。どこから入手するのかは本人が誰にも明かさないが、正確な情報が、しかもスピーディに彼女の元に届けられる。かつては情報を扱う特殊部隊員として軍役に就いていたこともある。
人々は畏敬の念を持って彼女をこう呼んだ。
“百眼千耳”のシリーン、と。
「俺らが今知りたいのは二つ。南部の現在の情勢と、終戦後のモエナ・ローザ・セントディリッヒの行方だ」
なるほどね…とシリーンは微笑を浮かべ、その前にお茶を、と台所へと姿を消した。
「ロラン、シリーンさんって何者なの?それになんであんなに親しげなの?もしかして…」
ミハイは若い女性よろしく興味津々な様子だ。ロランはどことなく困った様子を見せている。
「シリーンとは決してそういう仲じゃないさ。確かに若い頃は何度かここらで共に時間を過ごしたがね。あいつとは馬が合うんだ、単純に」
つまらなそうにミハイは少し口をとがらせた。ロランはそう言ったが、実はシリーンに惚れていた。それはそうだろう、旅行先で出会った女性にわざわざ会いに何度も訪れるのだから。だが結局彼は気持ちを伝えることなく、いつしかアークァーリを訪れることもなくなった。そんなことを心に秘めながら、ロランの目は天井ではなく遠くを見つめていた。




