3-1.即日の停戦
ワンヂェンの刃が止まった。
「そこまで言うのであれば聞かせてもらおう。貴様の言い分とやらを。両軍、攻撃をやめろ!」
ワンヂェンとモエナの指示で左翼側端の戦いの渦がそのうねりを止めた。
「モエナ様…一体何が起こっているんだ…」
城壁から見下ろすイルーカとロラン達には何が起こっているのか知るよしもなかった。右翼側両軍の衝突により砂煙が上がっている。
「ありがとうございます。あなたの街で残虐な行いをしたその男の名は、グレゴリオ・ヴァン・イグノスタス。教会の審問官です。彼はその権力を使って非道の限りを尽くしています。先ほども申した通り、教会内でも問題視されているのですが、その強大な権力ゆえ、誰も手をつけられずにいました。私もその一人です」
「そんなことは私には関係ない。あるのは家族を、友人を、全てを奪われたと言う事実だけだ。私は奴を殺す。教皇庁も滅ぼす。そうして貴様らに報いを受けさせてやる」
ワンヂェンの怒りはおさまることはなかった。彼女にはその激しい憎しみしかないからだ。
「不可能です、あなた一人の力では。教皇庁は強大な組織です。私達騎士団ですらこうして辺境へと追いやられているのですから」
「なるほど、貴様も被害者というわけか。であれば、この要塞を明け渡せ。そうすれば私達が戦う必要はない。多くの血が流れる必要もない」
モエナは思った。グレゴリオを教皇庁から排除する為に彼女らの協力を仰げないだろうか、と。モエナとしても教皇のため、敬虔な信者らの為、グレゴリオの排除を成さねばならないと常々思ってきた。ただ、力がなかっただけで。
だがワンヂェンやロースター家、ひいては南部諸侯の協力があれば、あるいはグレゴリオに勝てるかもしれない。自分がその後どのような処罰を受けるかは分からない、教皇庁に刃を向けるのだから。
「いいでしょう。ただし、戦闘の即時停止が条件です。もし受け入れて頂いてこの戦争が終結するのであれば私たちも教皇庁に、グレゴリオを排除するために進軍します。それに協力をお願いしたいのです」
「だが、それが貴様の謀略ではないとなぜ信じられる?逆にお前は、私を信じて我々の前を駆けることが出来るのか?」
「そうなれば私は教皇庁に弓引くことになります。背後から討たれようが、失うものはありません。私たち騎士団が先陣を切りましょう」
ワンヂェンはこれ以上なにも言わなかった。両軍が激しいぶつかり合いを見せる中、二人の戦乙女はそれぞれの司令の元へと走った。
「イヴァン様、火急でございます。戦闘の即時中断を敵将が申し出ました。条件によってはキスタミアを明け渡してもよいと。城壁に赤い旗が上がるのが停戦の合図です」
キスタミアを明け渡すと言う言葉に、それまでイヴァンの顔に張り付いていた怒りが徐々に剥がれ落ちていった。
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「その話、信じて良いのだろうな?もし敵の計略であれば、ただでは済まんぞ」
こうして停戦会談の場が設けられた。戦闘開始からわずか5時間での停戦会談である。大机を挟んで向かい合う、此方セントディリッヒ家当主、ケンヴァリー。彼方ロースター家当主、イヴァン。
「それで、停戦の条件はなんだ」
明らかな敵意を隠すこともせず、イヴァン・ロースターが口を開いた。それに答えるはケンヴァリー・セントディリッヒ。
「イヴァン殿、我々は共に南部の共通の敵と戦わねばならない時に来ています。内輪で争っている場合ではない。シャルアスタ教は我々の古い神々への信仰を破壊すべく、南の地に牙を向けています。さらには奴らの強引な改宗活動によって多くの罪なき命が奪われ続けています。異教徒とは言え同じ人間。罪なき命を救うためにも、今こそ南部諸侯を結集させ、教皇庁を打ち滅ぼすべきときなのです」
イヴァンの懐疑的な態度は変わらなかった。今この習慣まで憎しみあい、殺し合いをしていた相手をそう簡単に信用することなどできようはずもなかった。何も言わぬイヴァンに代わりワンヂェンが口を開いた。
「セントディリッヒ卿、お初にお目にかかります。ワンヂェンと申します。私の家族も、友人も、隣人もすべて教皇庁の改宗という名の虐殺の前に命を落としました。教皇庁の人間など一切信用に値しない。しかしあなた様の妹君は別です。妹君の目には確かな覚悟が見受けられます。私は妹君を信じます」
イヴァンは身じろぎ一つせずただ小さく唸った。
「ワンヂェン殿、ありがとうございます。ロースター卿、共に戦うとあれば、わたくしもあなた方を信じます。あなた方の先鋒を駆け、あなた方の窮地とあらば命を賭して助けると誓いましょう」
結局モエナのこの一言がダメ押しとなった。頑固で有名なイヴァン・ロースターは最終的に首を縦に振った。こうしてキスタミア攻防戦は開戦即日で幕を閉じ、両陣営の首脳を交えた講和会議がキスタミア要塞で開かれることとなった。




