2-16.イヴァンの飛剣
イヴァンはまたしても猛烈な怒りに身を焼かれていた。
「一体右翼はなにをやっているんだ!分断した敵をなぜその場で叩けん!」
ビスカに突破された右翼に対する怒号が飛んだ。無論それは現場の人間に聞こえるはずもない距離だが、周りにいた人間は聞こえてしまうのではないかと錯覚するほど強い語気だった。
「イヴァン様、私に行かせてください」
小柄な女性がイヴァンの前に跪いた。このあたりでは珍しい格好をしている。腰の左右に湾曲した2本の剣を携え、鎧では無くスリットの入った衣を纏っている。丈はそこまで長くないが、いわゆるチャイナドレスに近いものだ。
「ワンヂェンか。いいだろう、お前はあの要塞から出てきた目障りな部隊をやれ。私自らが右翼を突破した隊を潰す」
ワンヂェンと呼ばれた女性はすぐさま自らの部隊三千人を率いて出撃した。ワンヂェンの部隊は非常に素早い動きを見せた。右翼のさらに右側端にいち早く到着し、モエナと相対する位置に陣取った。モエナにもイルーカ達から既にこの隊の動きは伝えられており、迎え撃つ形を整えていた。互いの先頭には女性の姿。戦場においては比較的珍しい場面と言えるだろう。
「皆の衆、我々の標的はあの連中だ。手強いだろう、私にはわかる。だが、我ら万姫隊の敵ではない!いつも通り敵を屠るのみだ!ゆくぞ!」
わっと盛り上がった三千人の衆は一斉にヴォルデルネ騎士団へと突撃してくる。先頭に一騎、ワンヂェンの姿。ヴォルデルネ騎士団もこれに応え駆け出した。互いの槍兵が長槍を構える。この時モエナも先頭に立っていた。先頭を往くワンヂェンの心意気に応えたいと言う気持ちが少なからずあったからだ。互いの先鋒が長槍を交えるより早く、モエナの大剣とワンヂェンの二本の曲刀がぶつかり、火花を散らした。
「私の剣を止めるとは、しかもそんなちっぽけな得物で」
ぶつかり合ったままの剣と刀がチリチリと音を立てる。
「貴様こそその小さな体のどこにそんな大剣をふるう力があるのか興味深いな」
ワンヂェンが体重をかけてモエナを大剣ごと押しのけた。モエナの体勢が崩れる。こうなると小回りの効くワンヂェンの方が有利かと思われたがモエナのリカバリーは実に見事なものだった。
なんとか体勢を立て直して一度距離をとったモエナの大剣が大きく振りかぶられる。その直後、まさに鉄槌、立ち合いの一太刀とはまるで違う衝撃がワンヂェンを襲った。腕の骨が折れたかと錯覚するほどの衝撃。そう何度も受け止められるものではない。
「本気で打ち込んでも受け止めましたか。久しぶりに骨のある相手で私も全力で戦えそうです」
モエナが見せた笑顔に、ワンヂェンは戦慄した。バケモノ、人ではない何か。こんな奴に勝てる人間がいるのだろうか。これまで勝ち続けてきたワンヂェンの常識はひっくり返された。仲間たちは周りで、命をかけて必死に戦っている。自分だけ逃げるわけには行かない。
だが彼女の攻撃を受け続けたらあっという間に体がバラバラになってしまう。思考を巡らせているうちにモエナが二太刀目を打ち込むべく再び振りかぶりの姿勢に入る。ここだ、今しかない。ワンヂェンは最大の武器である身軽さをもって、モエナの懐へ飛び込んだ。ワンヂェンの二本の曲刀が閃いた。モエナの脇腹の鎧に食い込んだ二本の曲刀は、致命傷とは行かないまでも傷をつけることに成功した。
「そう何度も大技を使わせると思うなよ!」
続け様にワンヂェンは曲刀を振るう。モエナは大剣を器用に使って受け止めている。ワンヂェンの腕力も並の人間のものとは比較にならないほど高いが、モエナのそれはワンヂェンのそれを大きく上回っていた。次第にワンヂェンの勢いが弱まっていく。そしてとうとうワンヂェンの連撃が収まった。肩で息をしているが、ワンヂェンの火は消えていないことをモエナは直感的に感じ取っていた。
「どうやらどれだけ打ち込んでもあなたの士気を削ぐことはできないようですね。一つ教えてください。あなたのその高い士気は一体どこから湧いてくるのですか?」
ワンヂェンのモエナを睨む目がより一層鋭さを増した。
「私は、ガラルカッタの街の生まれだ。貴様らにはそれで伝わるはずだ」
「確か、数年前我が宗派に加わった街ではありませんか?」
モエナにはそれ以上の知識はなかった。ワンヂェンは呆れた様子で口を開く。
「宗派に加わった?虐殺をしておいてか!?貴様らがしたことは神の名を語った虐殺だ!私は父も母も、貴様らに奪われた。絶対に貴様らを許すことはない、私が死んでも呪い続けてやる!」
言い終わるか終わらないか、ワンヂェンは再びモエナに斬りかかった。先ほどよりもさらに重い衝撃が、受け止めるモエナの手にピリピリと伝わってくる。
「待ってください、私が代わって謝ります。宗教は常に自らの意思で選択するものです。その者の意思を無視した改宗は決して許されないのです。まして虐殺など…」
「黙れ黙れ!!そんな言葉はいらない!!現に貴様らは私の街を滅ぼしたではないか!」
モエナはこの事実を、噂程度でしか知らなかった。イグノスタスが強制的に改宗した、という程度だ。
「私は本当に知らなかった。そんなことが起こっていたなんて…ガラルカッタを改宗した男の非道な行いは我々の教会内でも問題視されています。一度手を止めて話す時間を頂けませんか?」




