2-15.衝突
「無謀すぎる!こちらは現在わずか四千騎です!四千騎があれだけの規模の戦場に飛び込んでなにができるのですか!」
コーネリアスが珍しく熱くなっている。
「コーネリアス、お前がそれだけ熱くなるなんて珍しいな。四千騎って言ったら、決して意味のない数字じゃない。状況によっては戦局を左右することさえ十分にありうる数字だ。お前、そんなことも分からなくなったのか?」
「パールバラ、お前には話しかけていない。私はモエナ様に話しかけているんだ。横から口を挟むな」
二人が険悪な雰囲気に包まれていく。部屋の空気にもそれは伝播し、ピリピリとした緊張を皆が感じていた。
「二人ともそこまでになさい。コーネリアス、明日は打って出ます。先陣はパールバラに任せましょう。今日のうちにゆっくり休んで、明日に備えなさい」
モエナからそう言われては、コーネリアスも従うしかなかった。モエナもパールバラの考えと同じで、敵約四万に対して、四千人の兵たちは大いに影響を与えうる兵数なのである。もちろんそれは遊撃隊として運用されて初めて効果を発揮するものであり、正面からこの兵数差でぶつかれば四千などあっという間に押しつぶされるだろう。援軍が来て初めて、ヴォルデルネ騎士団は出撃できるのであった。
「言うまでもありませんが、兄の軍が敗れれば私たちも終わりです。決戦といって差し支えない戦いです。明日の戦い、皆頼みますよ。あなた達の奮迅に期待しています」
払い除けられた食器が、ガチャガチャと机上からこぼれ落ちた。
「セントディリッヒめ!この私の邪魔ばかりしおって!」
まさに髪を逆立たせて怒るとはこのことであった。イヴァンの白髪が心なしか浮き上がり、肩はワナワナと小さく震えている。腕は力が入り筋肉と血管が盛り上がっていた。
「イヴァン様、あくまで冷静に、明日は正面からぶつかることになります。今日のように不意打ちでなければ、イヴァン様の指揮の元、兵達は必ずや敵を打ち破りましょう」
側近の女性の言葉でイヴァンは多少冷静さを取り戻したように見えた。しかし外見は取り繕えても、彼の中の怒りは全く収まっていなかった。必ずセントディリッヒを殺してやるという言葉を噛み殺して、イヴァンは床に着いた。明日予想される激戦など露知らずと言った様子の、いつも通りの夜空に三日月が浮かんでいく。夜は更けていく。
早朝、東の空が焼け始めた頃ロランは目を覚ました。兵たちは既に戦いの準備を始めている。走り回る兵たちの鎧がガチャガチャと音を立てていた。
「今日は、忙しい1日になりそうですね」
アルヴィンも目を覚ましてバルコニーに出てきた。少し遅れてミハイもやってきた。バルコニーで朝食を取る。朝食と言っても昨晩煮込んだシチューの残りだ。節約のため具材は少ない。
味気ない朝食を済ませると、三人は作戦室に向かった。城壁の上にあって戦場を見渡すことができる。ロースター軍、セントディリッヒ軍双方ともに開戦の合図とともに突撃する準備はできているといった様子だ。
「ロラン殿、おはようございます。いよいよですね」
モエナは落ち着き払っているように見えたが、その実はどうだったのかロランに推し量ることはできなかった。本心を隠すのが上手な女性だ。
「モエナ殿、今日の戦い、どのように動くおつもりですか?」
素直な質問だった。自分に出来ることがあるならば協力したいと本心で思っていた。
「お願いがあります。ロラン殿、イルーカと共に今日の戦いの指揮をお願いできませんか?今日は私も戦場に出ます。城壁の上の高い位置から我々を導いていただきたいのです」
面食らった、という言葉が最も適切だろう。指揮を取った経験はもちろんあるが、今日突然、初めて戦闘を見る軍隊の指揮を取れと言われてなかなか出来ることではない。しかし、断れる状況でないのも確かだった。
「イルーカ殿となら、私でも少しはお役に立てるでしょう。やらせていただきます」
ロランの目にも力がこもっていた。
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大地が揺れる。空気が震える。戦士たちの雄叫びと馬の駆ける音。両軍接敵した。衝突時の勢いはややセントディリッヒ優勢。ロースターは中央を押し込まれている。傍目にはそう見えた。しかしこれはイヴァンの思う壺であった。
ケンヴァリーの軍が中央突破で来ると読んで中央の密度を下げておくことで、衝突時のショックを吸収したのだ。その分左右の兵が分厚い。セントディリッヒ軍の先鋒が気付いた時にはすでに本軍から大きく飛び出していた。
ロースターの左右翼の軍が伸び出した先鋒をすり潰すべくジリジリと包囲を狭めている。が、セントディリッヒ軍は精強だった。キスタミア要塞側、つまり左翼側へと進行方向を変えロースター軍の包囲網に食い込んでいく。
「モエナ様、今です!」
キスタミア要塞の壁上に旗が掲げられた。赤地に金糸でシャルアスタ教紋が描かれている。城壁が開いた。四千騎が、一斉に飛び出していく。セントディリッヒ軍の先鋒もこれを見て大いに奮闘、敵右翼を貫こうというところまで迫っていた。
モエナはあえて入り込むことはせず、表面を並走して撫で斬りに徹した。やがてセントディリッヒ先鋒は右翼の包囲を突破。逆に敵右翼にを真っ二つに分断し包囲下に置くことに成功した。本軍と切り離された右翼の半分は統制を失い、みるみるうちに縮んでいくセントディリッヒ軍の包囲網に消えた。
「モエナ様!助太刀痛み入ります!」
セントディリッヒ軍先鋒、赤狼のビスカがモエナの元へ礼を言いに駆けてきた。この包囲の渦の中で足を止めるわけにもいかず、並走したままの挨拶だ。
「ビスカ、久しぶりですね。相変わらずの突破力。必ず抜けてくると信じていたからこそ私も動きやすかった。こちらこそ礼を言います、ありがとう」
ビスカは嬉しそうに、そしてすこし悪戯っぽく笑うと再び包囲の渦の中心へ向かって消えていった。
ロランとイルーカはモエナ達が戦場と一定の距離を保って敵を牽制し続けている今の状態を維持するよう、旗を振って合図を出した。ヴォルデルネ騎士団側からも了解の旗が上がった。




