2-14.数的不利
アルヴィン達、暗殺隊の作戦が成功に終わり三日。指揮官を失った包囲軍に対し、ヴォルデルネ騎士団の一撃離脱戦法による攻撃が繰り返されていた。指揮を取る人間のいない軍はいわば海図を持たない船。行き先もわからずふらつくばかりでいたずらに犠牲を増やすばかりであった。
しかし今日、三日目ななり彼らの動きに急に統一感が現れた。それまで一方的な攻撃が成功していたが、思うように敵兵力を削れなくなった。新たな指揮官が配属されたのである。指揮官でさえ代わりはいるということだ。
これが数的不利の恐ろしいところで、倒しても倒しても次々に新たな敵がやってくる。兵もそうだ。いくら倒しても補充される。当然無限に人がいるわけではないので絶対数は減っていくだろうが、戦局に影響を与える人数まで削るにはどれだけかかるだろうか。
「これだけの数的不利。戦略を、練り直す必要がありそうですね」
モエナの漏らした一言で再び軍議が開かれた。
「正直、私の想定していたよりも敵の対応が早い。わずか三日で包囲軍の状況を把握している指揮官を派遣してくるとは、想定外でした」
イルーカは不甲斐なく首を垂れた。そもそもこれだけの数的不利な状況、ひっくり返すにはそれこそ神風でも吹かなければ不可能だ。それでもイルーカは真剣にこの状況に打ち勝とうとしている。ロランは感服した。どんな悪状況でも常に一筋の勝ちを見つけるべく、脳内を奔走するこの男の強さに。
「イルーカ、顔を上げなさい。小さくても、あなたの作戦が敵に影響を与えたことを確かです。それを誇りなさい。そして次に私たちにできることを考えなさい。あなたにはそれができるはずです」
モエナの言葉はイルーカにとっては救いとなったのはたしかだった。しかし状況を打開できる策は見つかりそうになかった。部屋内にだんだんと葬式のような空気が漂い始めたそのときだった。
「敵本陣後方から砂塵が上がっています!援軍が駆けつけた可能性が!」
見張りに立っていた騎士が飛び込んできた。一筋の光が舞い込んだ。この機を逃せば二度と生存の道はないかもしれない。一同奮い立つ。言葉を発することもなくモエナが駆け出した。城壁に向かって風のように走る。
「あれは…」
敵の背後を突く形でその軍は、槍のように陣形に深く突き刺さっていた。偃月と呼ばれる陣形だ。大将自ら先頭に立ち、精鋭達と敵陣の壁をこじ開ける。深く突き刺さったその槍の勢いは衰えることなく瞬く間に敵陣の第一陣を貫いた。
混乱に陥った敵軍は後方の本隊に包囲されて撃滅されていく。何という戦の腕だろうか。イヴァン率いるロースター軍とて決して弱兵ではない。しかしその軍は指揮、軍質ともに相手にもならないと言った様子であった。
「偃月に加えて狼の旗印…私の兄、ケンヴァリーです」
モエナの兄、ケンヴァリー・セントディリッヒだ。戦の天才、セントディリッヒ家現当主のケンヴァリーも此度の南部戦争ではロースター家の敵方として参戦していた。参戦こそしていたものの、これまで目立った戦果を挙げてこなかったが、ここに来て宗主イヴァン・ロースターの陣によもや突撃してこようとは。
「兄上の軍が来てくれたならもう安心ですね」
パールバラはもう戦争が終わったかのように呑気に言っている。
「いいえ、そうともいいきれないわ。兄は、私のことを助けるためにこんな無謀なことをする人じゃない。何か考えがあってのことよ」
モエナの顔が晴れないのはそういうことかと思った。そもそもモエナは既に聖職者となって家を離れている。ケンヴァリーとも何年も会っていないのではないだろうか。そうこう考えているうちにケンヴァリーの軍は第二陣も突破した。第一陣はほとんど殲滅されている。
「なんて精強な軍でしょう。あの偃月という陣形、直線的で勢いを失えば瞬く間に横撃を受けて壊滅するでしょう。それなのにあの軍は勢いを失うどころか加速しているようにすら見える。余程士気が高いのでしょう。あれならこのままキスタミアまで到達することも十分に考えられます」
イルーカの分析は半分正解、半分不正解といった結果になった。ケンヴァリーの軍はキスタミアに向かって北進していたが、イヴァンのいる本隊を前にして西に進路を変え、そのままロースター軍西方に抜け反転して静止した。
ロースター軍の被害は非常に大きく、六万のうち一万五千余の兵を一日で失うことになった。ロースター軍は一時キスタミアの包囲を解き、ケンヴァリーの軍と相対するよう陣を組み直した。魚鱗の形である。
キスタミアの兵力ではこの戦に割って入ることはできない。見ている以外に選択肢はないと思われた。が、思わずしてケンヴァリーから書簡が届いた。
【明日の攻勢、ヴォルデルネも出撃し、敵右翼に痛撃を与えられたし】




