2-12.軍議
「モエナ様!アスタリア様が…」
モエナの元へ急報が入った。イヴァンの投擲の方角から考えて、嫌な予感はしていたモエナだったが、まさかという考えがあった。しかし彼女の嫌な予感は的中してしまった。
アスタリアの死、古くから自分に付き従い、共に高め合ってきた大切な仲間、そして家族同然だった彼女を失うのはヴォルデルネ騎士団に、つまりはモエナに大きなショックを与えた。現場こそ副隊長のギャスカが指揮を引き継いでまとめているものの、第一騎士隊、第二騎士隊にも負の感情は瞬く間に広がった。
「アスタリアの死は、簡単には受け入れられません…しかしここは戦場です。敵はすでに私たちを殺せることを証明しました。皆、よく聞くのです。あなた達は、国のために戦うのでも、私のために戦うのでもありません。もちろん、宗教のためにもです。あなた達は自分の身を守るために戦いなさい。ひいてはそれが、皆を守ることにつながるのです。さぁ、騎士達よ、家族達を守るために立ち上がりなさい!」
騎士達の目が血走る。息遣いが荒くなる。心臓の音が、はっきりと耳に届く。開戦前の盛り上がりよりさらに上、バリバリとした威圧感がロラン達に覆いかぶさってくる。鳥肌が全身を駆け巡った。
「やはり、あのモエナ大司教は大したお方だ。なぁアルヴィン」
「そのようですね。落ちかけていた騎士達の士気が前にも増して高くなりましたね」
投石は止んだ。アスタリアの戦果だった。これ以上の損害を出すまいとロースター軍は投石機を下げたのである。ロースター軍が次にどう出てくるかによって、こちらは柔軟に対応しなければならない。投石の中、ロースター軍は少しずつ左右に展開、キスタミア要塞の南半分を覆う形で布陣している。北側はあえて撤退の道を残しているのだろう。
「ロラン殿。こちらにおいででしたか」
ロランの元へモエナがやってきた。
「先ほどの演説は見事なものでした。我々にまで熱が届きましたよ。して、いかがなさいましたか?」
「戦略についてご相談が。おいでいただけますか?」
当然だ。それもここに置いてもらう条件の一つだ。何よりこんなところでモエナが潰されてしまっては困るのだ。ロランはアルヴィンとミハイを残し、モエナについて城内の一室へと入った。コーネリアス、パールバラ、もう1人見覚えのない者がいる。
「あぁ、ロラン殿は初めてでしたね。彼は私達騎士団の総参謀、イルーカ・ガスコインです」
「ガスコインと申します。以後、お見知り置きを」
鋭い目つきの端正な顔立ちの男だ。ロランのことを未だ信用ならない目で見ていた。おそらく彼はこの軍議にロランが参加することを快く思っていないのだろう。
「ロラン・ヘディンです。よろしくお願いします」
イルーカは小さく会釈をして再び席についた。
「さて、軍議を始めましょう。開戦間もないですが、はやくも大局が動きました。敵は投石機を下げました。もう投石による攻撃はないでしょう。もう一つ、アスタリアが亡くなりました。イヴァン・ロースターによる投擲によるものです。これで互いに飛び道具を失ったことになります。皆は今後、敵はどう出ると考えますか?」
神妙な面持ちでモエナが皆に投げかけた。それもそのはずである、もともとこの戦いにはほとんどの勝ち目がない。ちょっとした読み違いが壊滅的な結果につながる可能性は大いにある。だからこそ、ロランが呼ばれたというのもあるのだろう。
「これだけの数量、物量差。打って出て各個撃破されれば我々とてひとたまりもないでしょう。籠城してノートン家陣営の諸家からの救援を待つのが現実的かと」
イルーカが口を開いた。冷静沈着、冒険はしないタイプの軍師だ。しかしこの現状からして籠城は圧倒的に現実的な手だと言える。
「しかしイルーカ、ノートン家陣営の諸家も農民反乱に兵を回している以上、ロースター家の六万七千に勝る兵を捻出できるとは思えん。さらには用意できたとしても敗北したらどうなる?我々は終わりだ。ならば敵があえて退路を用意しているうちに撤退すべきだ」
撤退に関してはロランも考えた。南部の遺跡群は惜しいが、戦時下でなければ探索も可能だろう。ロランとしてはどちらが勝つせよ、戦争が終わる、という点に関していえば撤退も策としては無しではなかった。
「コーネリアス、撤退はありません。私たちは教皇庁によってキスタミア要塞に封じ込められました。おそらく撤退したところをイグノスタスに反乱を咎められるでしょう」
絶望的だ。撤退の手が残されていない以上、勝利か玉砕。こちらの戦力は四千弱であることを考えると、玉砕の未来の方が想像に難くない。ロランはめまいのするような気分だった。コーネリアスとパールバラも苦虫を嚙み潰したような顔をしている。そんな中、イルーカだけは表情を崩さなかった。
「キスタミア北方に薄く展開している敵兵を攻撃して兵数を減らすのはいかがでしょうか。優秀な騎士数名で指揮官を暗殺できれば指揮系統を失った敵であればある程度の数量差は我々であればものともしないでしょう。一度に多くの敵を倒せなくとも、回数を重ねていけば敵の包囲を薄くすることができるはずです。いかがでしょうか」
イルーカの進言には強い説得力があった。イヴァンのいる正面軍を攻撃するのは不可能だ。味方陣営からの確実な援軍が望めない以上、こちらから何かしらのアクションを起こさなければ勝利はない。となると、攻撃できるのはどこか。
唯一包囲の薄い北部の包囲軍だ。背後に海が広がっている地形の関係上、キスタミア要塞の北西側は包囲を分厚くすることができない。そこを攻撃して表面の数列の敵を斬り、要塞へ撤退を繰り返す。確実に敵を減らすことのできる方法だ。
「北西側の敵を攻撃するということだと思うが、その方法では攻撃している最中に北東側から背後を突かれる形にならないか?」
「兵を半々に分けます。混乱する敵の数を減らすのであれば二千もあれば十分です。残りの二千で帰還の支援を行います。弓兵は城壁の上から正面軍を牽制する役目を担わせるので使えませんが、それでも二千弱での撤退支援であれば十分に可能でしょう」
ロランもこれなら可能性があると踏んだ。
「モエナ殿、イルーカ殿の作戦がおそらく一番可能性の高い敵兵力を削る策かと私は思います。しかし、この策の要、指揮官の暗殺を実行できるかどうかが最も重要です。いかがですか?」
軍議はまとまった。ノートン家陣営への支援要請は鳥を飛ばして行うが、あくまで期待は持たない。ヴォルデルネ騎士団の反攻としては先程のイルーカの策を用いることになった。
イルーカの策の要、指揮官の暗殺作戦にはアルヴィンも参加することになった。腕利きの騎士六名とアルヴィンの計七名での作戦実行だ。その晩、早くも七名は闇夜に紛れて敵包囲網の中へと姿を消した。




