2-11.開戦
投石機から放たれた石は大きく放物線を描いて城壁へと迫る。
「モエナ様、退避を!」
「いいえ、私はここで大丈夫ですよ。代わりに誰か、私の剣を持ってきていただけますか?」
次々と人間の頭大の石が城壁内へと飛び込んでくる。ロランたちも城壁の裏に隠れてモエナの様子を見ていた。ロランはモエナが狂ったかと思った。投石機の攻撃を受ける中、1人城壁の上に立ち尽くしている。頭がおかしくなったとしか考えられない。
「モエナ様、お待たせいたしました!」
二人の騎士がおよそ等身大の巨大な大剣を持ってきた。その騎士達の等身大、つまりモエナの身長よりもさらに長大な刀身を持つその剣は、とてもモエナに扱える代物には見えなかった。
「ありがとう。二人とも私の影に」
しかしそんなロランの心配は杞憂に終わった。二人が重そうに持ってきたその剣の柄を握ると、モエナは悠々と片手で持ち上げた。
「信じられん…なんだあの怪力は…」
アルヴィンとミハイも言葉を失っている。開いた口が塞がらないと言った感じだ。その間も石は城壁を叩き続け、ついにはモエナに向かって一直線に飛んできた。モエナは避けるそぶりを見せない。
まだか、なぜ避けない。死ぬぞ!石が間近に迫り、ロランが城壁の裏を飛び出して強引に引き寄せようとしたその時だった。モエナの振り上げたその巨大な剣は、強烈なスピードの石をいともたやすくたたき落とした。そう、彼女にとってこんな石から身を守ることなど、造作もないことだったのである。
「ロラン殿、ご無事ですか?」
ロランはなんだか自分が情けない気持ちになってきた。自分の力では身一つ守れない。それどころか自分が助けなければと考えていた女性に逆に助けられてしまった。すこし泣きたくなるような気持ちをこらえ、小さくうなずいた。
「ロラン、アルヴィン、城壁から降りよう。私たちがここにいてもできることはないよ!」
こういう時、女性は肝が据わっている。さっきまでモエナをみて驚いた様子だったミハイはすっかり切り替えて次のことを考えている。いや、ミハイに関しては特別かもしれない。この年齢にして一家の離散を経験している少女は少ないだろう。
考えているうちにミハイとアルヴィンは動き出した。投石が当たらないように城壁から頭を出さずに這うように進む。騎士たちもほとんどが城壁の裏に隠れ投石がやむのを待っていた。こんな状況の中、一石を投じた1人の騎士がいる。
第二騎士隊長、アスタリア・ルーウィンだ。女性騎士である彼女は、膂力において男性には敵わないと早々に見切りをつけ、弓術を磨いてきた。おかげで今では彼女に敵う弓使いはこの騎士団にはいない。
彼女は大弓を使う。弓の下端を地面に固定し、その重さを軽減している。モエナのような剛力の持ち主ではないが、大弓を引く力はある。彼女が、城壁内から敵の投石機に向けてその大弓で大矢を放つ。大矢の先端には油を染み込ませた布が巻きつけられ、布には火がつけられていた。
放物線を描くことなく真っ直ぐに放たれたその炎の矢は、敵の投石機の支柱に見事に命中し、瞬く間に投石機は炎に包まれた。一機、二機と次々にアスタリアは投石機に矢を放っていく。
「すごい…なんなのこの人達…」
「騎士隊長方は皆それぞれ強烈な武技を持っているのです。アスタリア隊長は弓術、モエナ様は剛力、他の隊長方も皆、それぞれ彼女らに匹敵する技を持っています」
第二騎士隊の弓使いの男がミハイに教えてくれた。彼が言うには、弓部隊の第二騎士隊の中でもこの距離から投石機を正確に射抜ける腕を持つのは隊長であるアスタリアだけとのことだった。城壁を襲う投石の数が徐々に減ってきている。アスタリアの反撃が投石機そのものの数を減らしつつあるのだろう。
「この程度、ヴォルデルネ騎士団ともなれば想定の範囲内だな」
イヴァンは動じずにいた。アスタリアの矢が次々に投石機に命中し、炎が上がっている。
「しかしだ、これ以上損害が大きくなるのをただ見ているわけにもいかんか」
ずっしりと重い腰を持ち上げ、鉄製の簡素な槍を右手に握ったイヴァン。その肉体からは確かに強者の風格が感じ取れる。イヴァンは大きくその槍を振りかぶると、アスタリア目掛けて放った。槍はアスタリアの放つ矢より数倍速い速度で、一切の放物線を描かずにただ真っ直ぐに飛ぶ。
そしてその槍はアスタリアが避けるより早く、彼女のもとへと届いてしまった。そのあまりにも高速の槍は、アスタリアの体を後もたやすく引きちぎった。二つに分かれた体がドサリと音を立てて崩れ落ちる。この投げ槍こそ、イヴァンの真の実力、雷の槍手と呼ばれる所以だ。
「アスタリア様!」「アスタリア様がやられた…」「許さねぇぞあの男!」
第二騎士隊の騎士達が次々に激昂して声を上げている。隊長を殺された騎士達にもはや統率は無くなったかと思われたが、副隊長のギャスカ・ウォーレンバーグが彼らをなだめた。
「お前たち、ここは戦場だ!確かにアスタリア様が亡くなられたことは非常に残念だ。私とて、今にもこの怒りで血が沸騰しそうな程だ。だが、だからこそ今は、騎士団のために戦わねばならないのだ!アスタリア様もそれを望まれているはずだ!お前達にもそれが分からない訳ではなかろう。わかったら持ち場に戻れ!」
騎士達は、ある者は怒りに震え、ある者は涙を堪え、再び持ち場へと戻っていった。最も辛そうにしていたのは、副隊長のギャスカだったのをロランは目にしていた。




