2-10.六万の威圧
アルヴィンが無事帰還した翌々日の朝方、けたたましく鐘が鳴った。一斉に屋敷の外が騒がしくなる。ロランの部屋にもアルヴィンが飛び込んできた。
「ロラン先生!鐘です!敵が攻めてきた可能性があります!」
彼らもバタバタと忙しくなった。城壁へ急ぐ。途中コーネリアスと合流した。
「ロラン殿か!まだ早朝だというのに、敵もなかなか早起きですな!」
そういう彼も、準備万端といった様子だった。明らかに鐘が鳴る前から準備していたとしか思えない。着の身着のまま様子を見に飛び出してきたロランたちとは違うのだ。彼はこの先、戦うことが仕事だ。鎧、剣、きちんと装備していた。
「あなたこそもっと早起きではないですか?この時間に鎧を着ているなんて、ものすごく早起きしたか鎧を着て寝ているかの二択ですよ」
コーネリアスは冷静な男だが、この時ばかりは多少の高ぶりを感じているようだった。騎士たちが城門裏に殺到している。弓使いと指揮官達は城壁の上で外を見下ろしていた。既にモエナとパールバラの姿が見える。ロラン達も階段を一気に駆け上がった。
「モエナ殿、敵襲ですか!?規模は…ッ!」
城壁の外に広がる景色にロランはそのあとの言葉を失った。大地を埋め尽くす敵兵。そして投石機、戦象。指揮官達も険しい顔をしている。
この軍勢に攻め込まれれば、たとえキスタミアといえどもつかどうかわからない。鉄壁と謳われる要塞、キスタミアを物量で押しつぶすべく、ロースター家は持ちうる戦力全てをここに差し向けてきた。そして、言葉を失っている騎士達に向けて、大きな貝で作られた笛の音が鳴り響いた。
「キスタミア要塞のヴォルデルネ騎士団に告ぐ!即刻要塞を明け渡し退却せよ!さすれば命は助けよう!動かぬと言うのであれば、こちらの6万7千の軍が貴様らをアリのように踏み潰すだろう!さぁ、決めろ!」
モエナは歯を食いしばって俯いている。ここにいる騎士達の命をその一手に請け負う重責。それは想像を絶するものだろう。騎士達も皆、今度の戦ばかりはどうやっても勝ち目がない、そう思っているのだろう。誇り高き者たちだが俯きがちでどこか絶望感を漂わせていた。
「モエナ殿、いかがされるのですか?我々はモエナ殿のご意見に賛同いたします」
ロランたちもそうせざるを得なかった。南進するには目の前のこの六万七千の敵を屠らねばならないが、それにはヴォルデルネ騎士団の力は不可欠だ。しかしだからといって自分たちの為に無理に戦わせることもできない。ここで勝てないのなら一度潔く引いて何か別の方法で南進を試みるしかないのだ。
「皆さん、私は教皇様よりこの地を守るよう仰せつかりました。教皇様の命に背くことは、大司教として断じて出来ません。私はこの地に留まります。あなた達にこの地に残ることを強要はしません。去りたい方はすぐに去りなさい。決して罰したりは致しません。ただし、私を助けてくれるのであれば、約束しましょう!神に代わり私が必ずあなた達の命を守ると!」
騎士達は沸いた。彼らの腹の底から湧き出でるその力が、音となって城を、要塞を、大地を揺らす。ロランにも伝わってきた、その「熱」が。ピリピリと髪が逆立つような感覚。ヴォルデルネ騎士団の面々にとっても、これほどの士気は久しい。先ほどの絶望感など既に彼方へと消え去り、今は一人一人の熱気が湯気となって立ち昇るようであった。
「みなさん、ありがとう。これが最後の戦いです。必ずや敵を破り、この戦を終わらせましょう」
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さらに熱気を増した騎士達の圧は敵陣中央、イヴァン・ロースターの元へも届いていた。
「イヴァン様、敵が何やらわめいておりますが、いかがなさいますか?」
イヴァンと呼ばれたこの男、白髭を蓄えた老人だが体躯は隆々、若者にも劣らない肉体を持ち合わせていた。おまけにその巨躯は二メートルにも達する。いまだ衰えぬ鋭い眼光で城壁の上、点のようなモエナを睨み付けていた。
「やつらは騎士だ。初めから勧告に応じるとは思っておらなんだ。投石機を使え。矢の届く範囲にはまだ踏み入るな」
軍司令は一礼すると下がっていった。
「さて、貴様らはどうでてくるかな…」
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彼の視線の先、モエナも真っ直ぐにイヴァンの目を睨み付けていた。交差する視線はぶつかり合い火花を散らしている。
「コーネリアス、ロースター家の当主、イヴァンがいます。彼を殺せばこの戦争は我々の勝利です。第一目標を彼に設定しなさい」
とはいうものの、戦局は圧倒的にこちらが不利。勝利にたどり着くためにはあらゆる奇跡が必要となる。まさに、神に祝福された彼らにこそ成し得る望みがある戦いになりそうだ。
再び、敵の軍団から大貝の音が鳴り響いた。ボワーという音が騎士達から敵兵まで、この戦場に立つ者たち全員の耳に届いている。音が小さくなり、そして消えた。あたりには再び風の音のみ。その静寂を破るように号令が為された。
「投石用意…放て!」




