2-8.脱出
ロラン達がキスタミア要塞に来てから半月が過ぎた。ロランは本に没頭し、アルヴィンは狩りで肉を手に入れる。ミハイは料理の手伝いを買って出た。そうして南部を探索する準備をするある日、狩りに出たアルヴィンが夕方に近づいても帰ってこない。直感的に何かおかしいと感じたロランはモエナに要請した。
「モエナ様、私の助手のアルヴィンが朝狩りに出たきり帰ってきません。アルヴィンは優秀な武人なので、何者かに襲われたということは考えにくいですが、何かしら身動きが取れない状態に陥っている可能性があります。捜索隊を組織していただけないでしょうか?」
モエナはこの申し出を快く受け入れ、十数名から成る捜索隊を編成した。迅速な組織編成と出陣。捜索隊はあっという間に城壁から見えなくなった。陽が地平線に隠れ、辺りが急激に暗くなる時間帯、十数騎は無事に帰還し、モエナとロランに報告した。
「モエナ様、ロラン殿、大変な事態になりました。南西の丘陵地隊に推計六万はあろうかという大部隊が野営を張っておりました。太陽に突き刺さる槍の旗印のロースター家、それからちぎれた鎖と首輪のついた虎の旗印、ハ…」
「ハントバー家ですね。なるほど。この戦争の方をつけに来た、と言っても過言ではありませんね、その数は。六万となると、包囲戦となっても圧倒的にこちらの兵数が足りません。押し潰されてしまいますね…」
「騎士殿、失礼、名を存じ上げぬ故。「カリオンと申します」失礼した。カリオン殿、して、アルヴィンは?私の助手の行方は?」
「大変申し上げにくいのですが、アルヴィン殿が狩りをしていたと思われる場所に、敵が野営を張っておりました。うまく逃げ延びていればよいのですが、戻られないとなると、拘束されているのではないかと…」
ここまで共に旅をしてきたアルヴィンが、あの武人アルヴィンが拘束される?ありえない。ロランにはそんな光景を想像することすらできなかった。必ず逃げ延びている。何か別の理由があって戻ってこられないでいるはずだ。ロランにできることは何もない。
だから今は、六万の軍をどう迎え撃つか、ということ以外は考えることをやめた。どうせアルヴィンが戻ってきてもここはすでに安全とは言えなかった。
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少し前、アルヴィンはロランの予想していた通り上手く隠れていた。狩りをしに森の奥へと入ってしまったところを、森を囲むような形で布陣されてしまった。さらに森の中ではロースター家の兵が哨戒を行なっていた。
「参ったな…樹上に隠れたはいいが、このままではキスタミアに戻れない…」
全速力で突破しようかと迷ったが、ロースター家の陣容を見て諦めた。数は六万、たった一人で貫ける厚さの陣ではない。考えていると、サクサクと草を踏む音が聞こえてきた。まだ聞き取れないが話し声も聞こえる。足音からするに、おそらく二人。アルヴィンの実力なら音もなくやれる。閃いた。
(こいつらの鎧を奪えば陣を抜けられるかもしれない)
段々と音が近づいてくる。枝の上から身動き一つ、物音ひとつ立てずにただ待った。
「キスタミアをぶち抜いてやっと戦争が終わるな」
「あぁ、このくそ長い戦争のせいですっかり家に帰れてないしな。それどころか家も家族も無事なのかもわかったもんじゃない…」
もうはっきり聞き取れるところまで兵士が来ている。彼らの話には同情の余地があるが、これは戦争だ。戦場に立つ以上我が身は自分で守らなければならない。兵士たちも、当然アルヴィンも例外ではない。
彼の視界が二人の姿をとらえた。一瞬だった。音もなく枝から飛んだその体は一人のうなじに刃を突き刺した。うなじに刺さる短剣を素早く抜き取り、もう一人の喉笛を裂く。一人目が倒れる前に二人目は絶命していた。その間、わずか一秒。音もない暗殺だった。
アルヴィンは殺した片方の鎧、兜、剣を奪い身につけた。鎧についた血は入念にふき取っておいた。そして敵陣のど真ん中へと、向かっていった。
「もう夕暮れだ。夕飯の時間だぞ」
声をかけられてアルヴィンは心臓が飛び出そうになった。脳をフル回転させる。
「一度テントに戻ったらすぐ向かう。先に行っていてくれ」
多少なりいぶかしんだ様子だったが、兵士はそのまま夕食の席へと向かっていった。小さくため息をつくと、アルヴィンは再び陣営の外へと歩みを進めた。しばらく進んだところでようやく端が見えてきた。しかしそこには見張りの兵たちが詰めている。
「さて、どうしたものか…」
強行突破、下手に小細工をして見つかってはどうなるかわかったものじゃない。となると、前線には馬があるはずだ。一番速い馬でぶち抜くしかない。アルヴィンは馬を探した。幸いにもここは戦地、すぐに厩舎は見つかった。夕飯時でもぬけの殻になった厩舎から毛並みの良い白馬を一匹引いて出た。
「お前が頼りだ、頼むぞ」
小さく馬に声をかけ、馬具を装着すると白馬に飛び乗った。視線が高くなる。髪に風を感じる。世界が広がったような感覚だ。もうコソコソすることはない、後は駆け抜けるだけ、手綱をグッと握り締め、白馬は大地を蹴った。




