2-6.ウォークウッド邸
モエナとの協力関係で、ロランたちは晴れてキスタミアを自由に歩き回れる様になった。入ってきたときに全く賑わいのなかった街は相変わらず人通りが少なかったが、街の機能がロランたちの入ってきた側と反対側の大広場に集約されていた。
彼ら修道士達には娯楽こそないものの、読書、さらにヴォルデルネ騎士団は特例として修道士の中でも武術の稽古が許されていた。その為、定期的にキスタミアには本が運び込まれ、武器商人や防具商人が出入りしているようであった。
「ロラン殿、でしたかな?モエナ様にここに留まるよう依頼されたとお聞きしましたが、いかがなさるのですか?」
先ほど、教皇庁からの通達を読み上げた、パールバラという男だ。モエナへの態度といい、人当たりの良さが表に出ている好感の持てる男だった。
「パールバラ殿、これからご厄介になることにいたしました。しばらくは、私たち3人が出歩いていることも多いでしょうから、よろしくお願いします」
ミハイとアルヴィンも頭を下げた。
「そうでしたか、我々も今は占領しているだけでキスタミア要塞は居城ではありませんが、こちらこそよろしくお願いします」
パールバラは頭を下げると、では、と立ち去っていった。さてこれからどうしたものか、とロランは考えた。よく考えてみれば、彼らはどこで寝泊りしているのだろうか。
ここは占領地であり、居城ではない。家に勝手に立ち入って住みつくわけにもいかぬだろう。まして彼らは修道士だ。戒律には厳しい。モエナに聞いておけばよかったと、後悔した。
「先生、どうしましょうか。留まると言っても、彼ら修道士のためのものしかありませんし…」
「しかたなかろう。それに、ここを拠点に南部に出向く許可は貰っているんだ。穏やかにこの要塞を通過できるだけいいじゃないか」
この場ではそうですね。とだけ答えたアルヴィンだったが、正直あまりいい予感がしていなかった。これから何かとてつもなく大きな動乱に巻き込まれるような気がしていた。
「ロラン殿!」
振り返ると、再びパールバラがこちらに向かって走ってくるところだった。
「ロラン殿、すみません、先ほど住居にご案内する予定だったところをすっかり失念しておりました。ささ、ご案内いたします」
やはりこの男、好感が持てる。ロランはまた、そう思った。
「さて、着きました。こちらでいかがでしょうか?ご不満でしたら別のところに変更致しますが…」
と、パールバラが案内したのはアンカーソンヒルの領主、ハロルド・アンカーソンの豪邸にも負けずとも劣らない豪邸だった。
「なんで要塞都市内にこんな豪邸が…」
アルヴィンは驚きを隠せない様子で言った。ロランは落ち着いていたが、内心ではいろいろな思考を巡らせていた。
「このキスタミアの領主の邸宅でしょうか?こんな大豪邸、それ以外では見当がつきませんが…」
「さすがロラン殿ですね、おっしゃる通り、ここはキスタミアの領主であるウォークウッド家の邸宅です。我々がキスタミアを占領する際、戦死しました」
滅亡した一族の住んでいた屋敷に間借りするのか、と少し気が進まなかったが、彼らとしては最高のもてなしなのだろう。モエナの客人とあらば、ヴォルデルネ騎士団の面々は彼らに最高の敬意を持って接することだろう。この行動が証明だろう。
「ありがとうございます、パールバラ殿。しばらくはこの邸宅を間借りすることにいたします」
鍵を渡すと、今度こそパールバラは去っていった。
「さて、このでかい屋敷、どうしたものか…」
三人では使っても三部屋、四部屋程度だろう。屋敷の外観から見るに、おそらく十部屋は下らなそうだ。
「家財道具等も使って大丈夫かな?」
久しぶりにミハイが口を開いた。モエナのところに案内されることになってからというもの、すっかりおとなしくなってしまっていたが、ようやく自由が保障されて多少肩の力が抜けたのだろう。
「私料理できるから、ここの人たちに振る舞ってあげようかと思ってね」
「それはいい提案だな。だけど、彼ら修道士には戒律がある。なにが食べることができて、何が食べられないか、きちんと聞いてからにしたほうがいいだろう」
ロランの言う通りだ。先述の通り、修道士とは戒律に生きる人々だ。行動の制限に始まり、食事の制限、果ては思想の制限にも戒律は及ぶ。戒律で禁止されていることは、考えることすら許されないのだ。
「とりあえず、中に入ろう。部屋は好きに選んでいいぞ」
観音開きの大きなドアを両手で押し開いた。ギギギと軋んでエントランスに光が差し込む。多少埃っぽく薄暗いが、まだ無人になってからの月日が浅いためか、そこで人が生活していたことは感じ取ることができた。
エントランスの正面には二階に続く大きな階段。さらに左右には廊下が伸び、幾つものドアが両側に立ち並んでいる。柱にはそれぞれ繊細な細工が施され、金の刺繍がされた赤い絨毯は、久方ぶりの光にキラキラと踊っていた。
「すごいな…ハロルドの邸宅より豪華な造りだ。私は、書斎を探す。どんな本があるのか見ておきたいからね。三十分後にまたここに集合だ。いいね?」
アルヴィンとミハイはうなずいて、アルヴィンは二階に、ミハイは右側の廊下に消えていった。ロランも書斎を探すものの、これだけ探す場所が多いとなかなか見つからない。最終的には、階段の上からアルヴィンが、書斎を見つけたと案内してくれてようやく見つかった。
「これはまた、なんて数の本だ。これだけの本、目を通していたとしたらかなり博識な人物だったようだね」
天井までうず高く積まれた本の山がいくつも、書斎を埋め尽くしていた。とうの昔に棚から溢れたと見られる本たちはタワーを形成していた。
「それじゃあロラン先生、俺は自分の部屋戻りますね」
重厚な扉の向こうにアルヴィンは消え、書斎に静寂が戻った。ロランは手近にあった一冊の本を手に取り、パラパラとめくる。紙のこすれる音だけがロランの耳に届いていた。




