2-4.教皇庁からの通達
ロランたちがモエナに謁見していると、一人の騎士が部屋に飛び込んできた。その手には赤い刺繍のある豪奢な一本の巻物が握られている。
「モエナ様、教皇庁から通達が届きました」
若干、本当に若干ではあるが、モエナの目に憂いの色が滲むのをロランは見逃さなかった。
「パールバラ、読み上げてください」
「し、しかしモエナ様、客人方が…」
「この方達でしたら構いません。これから南に向かうのです。聞いていただいても問題ないでしょう」
ね?と問いかけるモエナに、ロランは小さくうなずいた。
「で、では」
四聖女 モエナ・ローザ・セントディリッヒ大司教猊下
貴殿がキスタミア要塞を封じてから早9ヶ月が経とうとしていますが、状況に変化はありませんでしょうか。教皇庁では貴殿の信仰心故の行動に深く敬意を表すると共に、貴殿の益々の繁栄をお祈り致すところであります。さて、キスタミア要塞は本戦争で神に弓引く悪魔らを討ち亡ぼす為に必ずや守らねばならない交通の要衝。悪魔らを南の大陸に封じ込めねばなりません。大司教猊下には今後とも当要塞をお守りいただきたい所存であります。大司教猊下のご武運をお祈りすると共に、神に弓引く悪魔どもに裁きの下らんことを。
教皇庁 特級審問官 グレゴリオ・ヴァン・イグノスタス
「以上になります」
「ありがとう。書簡を置いて下がりなさい」
パールバラと呼ばれた騎士は、書簡を置きに前に進み出たあと、おずおずと下がっていった。再び広間はロラン達とモエナだけになった。
「モエナ様、恐れながら、教皇庁はこの戦争を推し進めているのですか?」
先ほどロランが見た、ほんの少しの憂いではなく、今度は明らかに憂いの表情が浮かんだ。
「教皇庁は、利権のためにこの戦争を推し進めています。この戦争に勝利すれば、南の大陸への布教を進めることができます。キスタミア要塞はその橋頭堡。私はこの地を必ず守るよう教皇庁に命じられました。しかしこの戦争、すでに互いの国々は疲弊し、国内の農民達は不満を募らせています。人々は蜂起し、同じ国内で仲間内で殺しあう…たくさんの人達が亡くなるでしょう。私は耐えられません…」
そういうことか、とロランは思った。聖女、モエナ・ローザ・セントディリッヒは教皇庁に飼われていたというわけだ。もっと誇り高い、孤高の人であるかと思っていたが、その実他の聖職者と大差ない。
ただ武装している為にいいように使われてしまっているのだ。私は耐えられないと言うが、戦争を長引かせているのは明らかにヴォルデルネ騎士団のキスタミア地峡封鎖だ。それを彼女だって、わからないはずはあるまい。それでも、彼女は教皇庁には逆らえないのだ。
「モエナ様は、この戦争を早く終結させたいと、そう思っているのですね?今、独立遊軍として動けるのはヴォルデルネ騎士団だけ、各地の敵を討つことのできるのはあなた方だけ。しかし、キスタミア要塞の守護を任じられている以上、ここからは動けない。どうすることも出来ない歯がゆさのようなものを、モエナ様からは感じます」
ロランは揺さぶった。彼女の、うちから涌き出でるこの教皇庁への反感を煽る。
「ロラン殿は、人間観察がお上手なようですね。あなたの言う通りです。私は、早くこの戦いを終わらせたい。戦いを終わらせることができる力をこの手に握っているのに、行使することができない、その歯がゆさを、無力さを日々噛み締めているのです」
吐露した。モエナは本当は、教皇庁の命令には従いたくないことを、本人の口から聞くことができた。これは、教皇庁をたたけるかもしれない。そもそもなぜロランが教皇庁を嫌うのか。その理由は、彼らの正統性にあった。
そもそも教皇庁=シャルアスタ教は、混沌の中にあった世界を、絶対神シャルアスタが平定したとすることに端を発する。つまるところ、「混沌の中にあった世界」が存在しなければシャルアスタ教の神話は成立しなかったことになってしまう。平定以前の歴史が刻まれた、ロランが追いかける石版や遺跡群は、教皇庁からしてみれば無用、むしろ積極的に葬り去りたい代物なのである。
石版の研究は進んでいるとは言えない状態な為、教皇庁は未だ何も動きを見せないが、石版や遺跡を破壊できるチャンスがあるならば、教皇庁は積極的に活用する。そのチャンスこそ、今日の戦争なのである。
南部の歴史遺物をいっぺんに破壊できると考えた教皇庁は、布教の為もあって戦争の火に油を注ぎ続けている。金をつぎ込み、農民を支援すると同時に、各国にも金を流し、ギリギリのところで継戦出来るようにコントロールしているのだ。
モエナをうまく扇動し、教皇庁とぶつけることができれば、大打撃を与えるチャンスなのだ。ロランの中で、完全に算段がついた。モエナに、教皇庁への反乱を起こさせようと。




