2-3.モエナ・ローザ・セントディリッヒ
「我々の団長が貴公らにお目にかかりたいと申している」
先ほどの階級の高い騎士、第一騎士隊長のコーネリアスが言った。
「ヴォルデルネ騎士団長殿というと、セントディリッヒ家の御息女殿か」
「ほう、考古学者と申しておったが、なかなか博識だな。左様、モエナ・ローザ・セントディリッヒが我が騎士団の団長を務めておる」
アルヴィンはこの名を聞いたことがなかったようだが、少なくとも彼よりは学のあるミハイはこの名に反応を見せた。
モエナ・ローザ・セントディリッヒと言えば、宗教界では非常に有名な、いわゆる四聖女の一角である。
若干十二歳にして盗賊の討伐で見事な指揮をとり、一切の損害を出さずに盗賊を壊滅。普通であれば盗賊から回収した財宝類は指揮官の属する家が功績として獲得するが、それを全て盗賊の被害にあった者に分配した。この一件で彼女は聖人としてその地域で崇められることになるが、これだけではなかった。
翌年、十三歳の時、父が亡くなり、慣例では三ヶ月の喪に服すればよいところ、彼女は二年間もの間立派に喪に服してみせた。名声、威信ともに右肩上がりで、彼女についていく者が増えてきた十七歳の頃、シャルアスタ教の大司教から声がかかり、より多くの人に救いを、と修道女になる。
二十歳で成人すると、各地のカルト教団や山賊、盗賊の討伐を目的とし、ヴォルデルネ騎士団を設立。既に大衆より人気のあったモエナの騎士団創設と聞き、多くの人が修道士になり参加した。それから十一年、教皇の名の下にモエナは各地の賊軍を撃破し続けてきた。
いつしかヴォルデルネ騎士団はシビエラ随一の精鋭集団になり、八千人にも上る団員をかかえた。さらに団長のモエナは大司教の位階を持つ修道女となった。女性大司教は同時に四人以上任命されることはない。さらに、大司教は教皇の次に位階が高い。彼女はシャルアスタ教会内で確固たる地位を築いたのである。
「モエナ・ローザ・セントディリッヒってあの大司教の?」
他の者には聞こえないように、ミハイがロランに聞いた。
「呼び捨てになんてしたら騎士団員たちが激怒するぞ。彼らは自分たちの団長を何より誇りに思っているだろうからな」
そう言っていると、要塞の中心、さらに城壁に囲まれた中枢に案内された。防衛のために何人もの騎士が見張りとして立っている。みな鋭い目だ。歴戦をくぐり抜けてきた猛者たちなのだろう。進んでいくと、ヴォルデルネ騎士団の旗が掲げられた木製の観音開きの大扉があった。
ガゴン、と重厚な音を立ててその扉はゆっくりと開く。中は大広間になっており、その奥に1人の女性が鎮座していた。女性の座る椅子の奥の壁は、巨大なステンドグラスになっており、ちょうど今の時間帯は逆光、彼女の姿は近づかなければはっきりとは見えない。
「モエナ様、客人をお連れしました」
「ご苦労様、コーネリアス。私は大丈夫ですから、下がってよろしいですよ」
優しい声だ。コーネリアスは少し心配そうにしていたが、部屋を出ていった。部屋を出るまでロランたちから目を離すことはなかった。
「さて、お名前をお聞かせいただけますでしょうか」
「は、私ロラン・ヘディンと申します。こちらは従者のアルヴィン・アーヴィンとミハイ・ブランデンブルクです。お会いできて光栄です、セントディリッヒ猊下」
騎士団長である以前に、彼女は教会の大司教である。ロランもここまで地位の高い人間の前で挨拶をすることは初めてだった。自然に体が固まってしまう。
「仰々しいですわね、ロラン殿。私は一介の修道女にすぎません。そのように緊張なさらなくて結構ですよ。それにあなたは、見たところ私よりも一回り以上お年を召していらっしゃるわ。年長者を敬わずして何が修道女と名乗れましょうか」
なんと腰の低い人なのだろうか。この女性にはいわゆる俗物的なところが一切ないのではないか、とさえ思ってしまう。普通、大司教とは人々に教えを説き、神により近いものとして仰々しく振る舞うものであるが、彼女はそのような様子は一切見せなかった。
「あなた達のことは多少聞いています。北のほうから参られたのですね。と言っても、ここから見れば北ですが、アンカーソンヒルといえば北部に位置するほど遠方ではございませんね」
ふふっと上品に笑ったその笑顔は、三十歳には見えず、二十代前半、いや、十代であるかのように錯覚させた。この笑顔を見て、ロランはようやく一人の人間としてモエナを少し近くに感じた。




