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黒点かぶれ 

掲載日:2023/03/13

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ほう、この額縁のデザインも凝っているじゃないか。

 ちょうど、葉っぱの多く茂るツタで四方を囲ってあるかのようだ。こういう植物がそばにあるものは、ナチュラルかつエンシェントじみた感じがしてさ、個人的に好きなんだよね。


 ――日本人なのだから、安易な横文字に頼らず日本語で表現したらどうだ?


 ははは、お堅いねえ。

 つい口をついて出やすいんだよねえ、よその国の言葉ってさ。母国語と違って、後天的に入ってくる印象の大きさってやつ? 

 新しい文化に触れたとき、そいつをいち早く取り入れるさまを「かぶれる」と称することがある。まるでやっかいな虫に刺された肌のように、様変わりしてしまうんだよなあ。

 実は、僕にはこの「かぶれ」について、むかしに妙な体験をしたことがある。こいつがひょっとすると、額縁への興味をそそっているのかもね。

 そのときの話、聞いてみないかい?



 僕は自分が絵を描くのはからっきしだが、他人の描いた絵を見ることは好きだったりする。

 そのときも学校で、市のコンクールに入選した作品たちが廊下に飾られてね。それらをしげしげと眺めていた。

 今回の作品は、自分の学校がテーマだったらしく、様々なアングルから描き出された校舎の姿が見られる。

 一番成績が良かったのは、校舎を真正面から描いた絵。毎日通う校舎とはいえ、細部を把握しているとは限らない。僕もなんとなく思い浮かべるだけだが、校舎自身もその背景もまた、写真で撮影したかのような臨場感を持っていた。


 やがてチャイムが鳴り、集まっていたみんなが散っていく。

 授業開始5分前に、一度鳴らされる予鈴だ。もうほんのちょっとだけ猶予がある。

 僕もまた皆に続こうとして、ふと気が付いたんだ。

 くだんの正面からの校舎を描いた絵。その一部の窓のあたりで、黒い点が動いたような気がしたんだ。

 一階の東校舎と西校舎の、中間地点あたりの窓。ちょうど、この絵が飾られているあたりの窓に重なっている。


「なんだ?」と、僕はつい絵に近づいて黒点に触れてみようとしてしまう。

 確かに黒点と重なったと思ったのに、わずかな手ごたえもありはしない。絵の直前に張られた薄いガラスの感触を覚えるだけだ。

 ガラスの内側なのか、と指をどけてみるも、中には何もない。その窓の近辺もガラスの内のどこにも、あの点が動いた形跡はない。

 授業開始まであと一分。首をかしげながらも、僕はいったんその場を後にしたんだ。


 帰り際も絵を見たが、おかしいところは見られず。異変には、家に戻ってから気が付いた。

 手を洗うとき、指をこすり合わせて気づいたんだけど、あの黒点を潰そうとした指先が妙にざらつく。

 左手人差し指。その腹から側面、根元に至るまで一直線にざらつきが伸びていたんだ。

 濡れた当初は分からなかったが、時間をおいてみるとジンマシンに似たぽつぽつが浮かんでいる。

 ひとつひとつは、針の先ほどの大きさしかない。そいつが肩を寄せ合いながら、指の根元でふつりと途切れていたんだ。


 反射的にかきつぶしたく思うも、以前に似たようなことをして、傷がとがめた記憶がある。

 全身で見たときの範囲のせまさもあって、僕は誰に相談するでもなく、自主的に手洗いを励行するのみにとどめたんだ。

 けれど一日たち、二日たちしても、指のジンマシンは引っ込む気配を見せない。

 あのとき逃がした虫らしい黒点に、くわれたかなあと、日ごとに増すかゆみをどうにか耐えているうち、一部の生徒たちから、ある話を漏れ聞くようになる。


 くだんの絵に、やたら虫がたかるように見える、とのことだ。

 見える、というのは確かにそこにあるものの、触れられた人がいないため。

 ゴミにしては、ゆるやかであっても動きすぎる。手をそばでひらひらさせても逃げ出す様子はなく、さりとて直接触れようとすると、いなくなってしまう。

 内側にあるなら、指をどかしてもどこかしらに姿が見えるはず。それがない以上、絵の外であるこちら側にいるはずだと。


 僕のときと同じだ。

 数日をかけて、接触を試みた面々に話を聞いてみたものの、時間をおいてもなにも異状は見られないという。

 とうの僕は、人差し指以外にもジンマシンらしいものが浮かび出している。

 左の親指の腹。さらには右手の人差し指、親指にもかゆみが。

 触れていない側にも出るとなると、何かしらアレルギーらしきものが反応してしまっているのか? まずったかもなあ、と僕は自分判断で指に軟膏を塗るようにしていた。

 手洗いも石鹸を使って丁寧に行っていたつもりだが、いっこうに良くなる気配が見えず。ひょっとしたら、これからずっとこのままなのかと不安に思い始めていたよ。


 それからしばらくした、美術の時間だったろうか。

 写生画を描く段になって、僕たちは学校内にあるものから材を選ぶことになる。

 カメラもよく使うという美術の先生は、そのためか指で作った窓をファインダー代わりにして、風景を選べとのたまってくる。

 みんなもやってみろと、両手の親指と人差し指でもって、四角い窓をもうけるよう促してきた。僕もそれにならい、あのジンマシン浮かぶ指たちで、窓を形作ってみたんだ。


 とたん、窓の向こうに映っていた体育館を含めた景色が、真っ黒になった。

 くすぐったさとともに、指の先からにじみ出た黒色が、しかし窓の中へとどまって、しきりに細かくうごめき出していた。

「あっ」と僕が声を漏らすのと、近くにいた面々がこちらを振り返るのと、そのうごめきが外へはじけるのと、ほぼ同時だった。

 黒いものは、無数にひしめき合う羽虫たちだったんだよ。一匹一匹はあの絵で見かけたのと同じ大きさ。それがこの面積を占めるのだから、飛び立つ数は推して知るべし。

 その手の虫が苦手な子を中心に、虫たちが散っていくまで、しばし大騒ぎになっちゃったよ。


 ことが落ち着いたとき、僕の指からはジンマシンがきれいになくなっていたんだ。

 あの虫たち、誰かに触れられようとするたび、第一に触れようとした僕へジンマシンとなって逃げこんでいたのではないかな。

 そしてあの額縁のごとき指の形が整ったとき、好機とばかりに絵から現実へ飛び出していったのだろう。


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