6部 少しの間でも、それはそれで
季節は春から梅雨を経て初夏へと移り変わり、太陽が真上に来る真夏へと突入する。
窓を開け、扇風機を回しベランダでタバコを吸いながら真夏の夜の月を見てこう思う。最近ギター弾いてないなー、シンセ押し入れに詰め込んだままだなっ、でも今夜は少し歌いたい気分だ! 夢見て歌い続けあの時の誰かも応援してくれた歌を歌う
元気でいますか? あれからどうしているの? 笑っていますか? 今ベランダであの頃の歌あの懐かしい君の歌、歌ってるんだ、今夜の月に問いかける。
十三の店は7月で閉店するのだと聞いた街角の箱型ヘルス店は減ってゆき、その代わりに店舗を持たないホテル出張ヘルスが増えて風俗形態も変化し、風営法の改正とともに街も人の心も変わってゆく。あー、また心の端にある少し空いているスペースを探してまわらないといけないな。
男はほとほと虚しい生き物だなと思う、人を好きになる瞬間は突然やって来る、違う人を好きになるのも一瞬で、単純やな男は
夕暮れに降りだした雨が秋の気配運んで来る
君の心にも
決めたんだ あの時に
そう誓った
解ってはいるよ 僕が見ている君は
本当の君でない事も
隠している 過去も
新人大学生に仕事の内容を説明するのはこれで何回目だろうか!そんなに楽しい仕事ではないしバイトしていないと飯が喰えないので働いているだけ、わかってはいるんだけどやはり心は音楽を求めていた。かと言って街角に立ち行き交う人々に無視されながら歌う勇気もなかった。ただあーだこーだ言うだけのウンチクたれに成り下がっている自分がいて、うんざりしてた。
学生達は青春真っ只中で誰が誰を狙っているとか、色恋話に花を咲かせその話に男連中も加わってめんどくさい職場になっていた。気に入ってる女の方を持つ者と性格の合わない女の文句を言う者、耳に入る話はほんまどうでもよい話で、まわりくどい口説きはいらんから、ストレートに行けよと常に思ってた。
同じアトラクションで週末だけ出勤してくる学生の女の子はのりがよく面白い娘でよく話しをしていた、僕がバイトに来る前にここでバイトをしていた男と付き合っているらしい。
その男の仲間連中がこのアトラクションにいた時の話しなどを聞くとなんか働いているとかではなく遊びに来ているふうにしか聞こえなかった。だからみんな辞めさせられた後に僕がタイミングよく高校の同級生に入らされたと言う事みたいだった。
その娘の彼氏は変な奴ではなくまともな奴らしいけど見たことがないからなんの返答も出来なかったが、その昔の態度の悪いバイト連中は本当に最悪やったらしい。だから支配人は僕らがまともやから、ちゃんと話しを聞いてくれるんやなと悟った。支配人も昔、バンドを組んでいてボーカルだったと聞いた。昔のバンド時代のテープを聴かせてもらう約束をした。やっぱ音楽はええよなっ
感じる事が少なくなってくるよね、年重ねると
アンテナは常に張っていたいけれど
若い頃が愛しくなるよね、今のこんな世の中じゃ
夢も希望も持てない位、傷付いている君の心
せめて笑わせてあげたいんだ
笑わせてやりたかったんだ
小沢ちゃんとの進展がないまま1ヶ月がたったけど、二人の心は惚れたはれたの関係を望んでなくて、二人とはその時の僕の心と彼女の心なんだけど、あの時僕が彼女にグイグイと押していたのなら二人は付き合っていたのだろうか?彼女には彼氏がいたし、僕は彼女に好きだとか言える自信がなかったし、フリーターは世間からすれば無職的位置けだったしそんな僕を彼女に選ばせたくはなかったし、あの時もほんと色々考えてたわ。
しばらくして彼女はあまりバイトに入らなくなってきた今の様に携帯電話などまだ普及してなかった時だから今日もバイト入ってないなーって思う位で彼女と同じアトラクションの女の子に彼女の事を聞くことはしなかった。聞けば陰でヒソヒソ言われるのがわかっているからあえてそういう事はしなかった。
朝、改札口で肩をたたかれ振り向くと彼女が笑っていた! 辞めたと思ってたわと言うと色々忙しかったのっ!とかわされた、でも楽しそうに笑っていたので安心していた。就職活動や、しばらく行ってなかったテニスサークルの用事が立て続けに入ったらしい。だけど彼氏の話はいつもの様に出て来なかった。バイト終わりに一緒に楽器店に行く約束をして、更衣室に向かった。今日の帰り道、彼氏の事を聞いてみようと思った。僕の心が彼女の少し痩せた様に見える肩にそっと手で触れたくなったのだ。
待ち合わせはとなり街の駅前だったので、少し早めに行って待っていた、しばらくしてお待たせーっと言って彼女がきた、楽器店は口実でCDとかVIDEO CLIPを二人であーだこーだ言いながら話しをしたかったのだ。浜田省吾の話やメタリカや嫌いなミュージシャンの曲の文句を二人で思い存分言いたかったのだ。きっとあの時の彼女も一人になるのが嫌で、誰もいない独りきりの部屋に帰るのは嫌だったのだろうだから自然に手を繋いでみた、彼女は嫌な素振りもせず僕の手をぎゅっと握っていた嬉しかった。楽器店でギブソンのアコースティックギターをみたり、少しピアノが弾けると聞いていたから、展示してあるシンセでその当時流行っていたミスチルの曲を弾いて僕がそれを歌って笑って、ギターでレニークラビッツのリフを弾きヘタウマさをアピールし、楽器店を後にし少し外れにあるたまに行くパスタが旨い店に連れて行った。凄く美味しいと喜んでくれた。店をでて駅に向かう途中に手をぎゅっと握りしめ足早に彼女を歩かせて近くのラブホに入った。まだ時間が早かったので部屋は空いていた。どの部屋でもよかったし彼女も何も言わなかった。部屋に入り何も話さないまま彼女を抱きしめた。彼女の気分が落ち着くまでしばらくそのまま抱きしめた。
いつも何かを独りで頑張っていたんだろうな全てに於て、回りに流されずだから国立大学にも入りそれでも尚、走り続ける彼女は少し休める場所が必要だったんだきっと。