第7話 シリウス様と食事
翌日、とてもふかふかのベッドの上で起きて、少し混乱してしまった。
「……あっ、そっか。私、ルンドヴァル辺境伯家に嫁いだのね」
口にしてようやく思い出した。
すると同時にノックが響き、「どうぞ」というとネリーが入ってきた。
「おはようございます、リリアナ様。よく眠れたでしょうか」
「ええ、ぐっすりと。寝起きもとてもいいわ」
「それはよかったです。身支度をしましたら朝ご飯にしましょう」
昨日と同じく、ネリーに身支度をしてもらい、朝ご飯をダイニングルームで食べる。
今日の朝ごはんは、シリウス様もご一緒に食べるようだ。
「おはようございます、シリウス様」
「……ああ、おはよう」
あら、シリウス様の反応が鈍い?
目元にクマもあるし、もしかして寝不足かしら?
やっぱり仕事が忙しいのかもしれないわね。
長テーブルの対面に座って食事をする。
朝ご飯も夕食ほどじゃないけど私が食べてきた朝ご飯の中では一番豪華で、味も本当に美味しい。
量も少し多いけど、この調子なら余裕で食べ切れるわね。
そう思って食べ進めていたのだが、長テーブルの奥に座っているシリウス様が立ち上がった。
「ご馳走様」
「えっ?」
シリウス様のお皿を見ると、まだ半分も食べ終わってない。
少食なのかしら? いや、それならここの料理長とかがシリウス様に合わせて、少ない量にするはず。
「シリウス様、まだお食事は残っていますが」
「ああ、そうだな。だが朝は別にこんなに食べなくても問題はない。早く仕事に取り掛からないといけないのでな」
もう食べられない、というわけではないようだ。
それなのにお仕事があるから、残す?
「ダメです、シリウス様」
「……なに?」
「ご飯はしっかり食べてください」
「なぜ君にそんなことを言われないといけないんだ」
少し不快そうに眉を顰めるシリウス様。
側で控えているレイとネリーが心配そうにしているが、私は続ける。
「身体に栄養は必要です。特に朝は寝て起きて身体の中に栄養が枯渇している状態なので、しっかり食べないといけません」
「俺は大丈夫だ、問題はない」
「いいえ、人間である限り大丈夫じゃありません。証拠に顔色が悪いじゃありませんか」
「……俺は朝に弱いだけだ」
「ではなおさら、朝ご飯をしっかり食べてください」
「っ、君はなんなんだ。なぜ君が俺の心配をするんだ?」
そう言って睨んでくるシリウス様、もともと目つきが鋭いのでより一層威圧感が出る。
私は少したじろぐが、負けないように声を張って続ける。
「人の心配をするのに理由が必要ですか?」
「っ、なに……?」
私の言葉になぜかとても驚いたように、目を見開いたシリウス様。
「それに私だけが心配しているわけじゃありません。レイやネリーも心配そうにシリウス様の食事姿を見ていました」
私がそう言うと側に控えていた二人が驚いた顔をしたが、すぐに笑みを浮かべて頷いた。
シリウス様も二人の方を見て、バツが悪そうな顔をした。
反応を見るに、どうやら普段から言われているようだ。
「それにお二人だけじゃありません。私とシリウス様のお食事、全く違います」
「……確かにそのようだ」
「屋敷の料理人の方々が、シリウス様のためにしっかり栄養を考えて出しているのです。それなのに残すなんて、その人達の気持ちを無下にしていいのですか?」
「っ……はぁ、わかった。食べる」
シリウス様は折れてくれたようで、もう一度座って食べ始める。
「しっかり味わって食べてください、シリウス様。栄養だけじゃなく、味付けも素晴らしいですので」
「なんでそれを君が胸を張って言うんだ……」
変人でも見るかのような目で私を睨みながら、だけどしっかり丁寧に味わって食べるシリウス様。
私も一緒に食べるが、うん、本当にとても美味しいわね。
私達の様子を、レイとネリーがとても微笑ましそうに見守っていた。
朝食を食べ終えて、シリウス様はすぐに仕事へと向かった。
ちゃんとしっかり全部食べていたので私が満足そうに頷いたら、なんだか居心地が悪そうな顔をして出ていった。
これでシリウス様の仕事も捗るといいのだけれど……。
「リリアナ様、ありがとうございます」
「えっ?」
私が自室に戻り一息ついた時に、一緒に戻ったネリーがそう言って頭を下げた。
「何かお礼を言われるようなことをしたかしら?」
「シリウス様のお食事についてです。シリウス様が出された食事を完食するのは、ここ最近全くなかったものですから」
「えっ!? あんなに美味しい食事を!?」
思わずそう声を上げると、ネリーはおかしそうに笑った。
「ふふっ、はい。シリウス様はお仕事が忙しいので、食事を満足に食べずにお仕事に取り掛かってしまうのです」
「お仕事が忙しいのはわかるけど、食事をしっかりしないと身体が弱っていって、お仕事も出来なくなるわ」
私も伯爵家で全然食べれなかった時があったが、あの時は本当に仕事が出来なかった。
しっかり食事をすれば長い間集中出来るし、仕事の効率も増すのだ。
それにあんな美味しい料理を毎回残していたなんて、信じられない。
「シリウス様が私と一緒に食事をする時は、お腹いっぱい以外の理由じゃ絶対に食事を残させないわ」
「ふふっ、それはいいですね。昼食は難しいかもしれませんが、夕食もリリアナ様とご一緒にすれば、シリウス様は夕食も全部食べてくれますね」
「もちろんよ。ぜひ夕食もご一緒に食べたいわね。それに一人の食事より、一緒に食べた方が楽しいしね」
伯爵家ではいつも一人で食べていたし、お父様が帰ってきて家族で食べる時も、私だけ蚊帳の外だった。
だから他の人と一緒に食事をするというのはあまり経験がないが、シリウス様とご一緒に食事をするのは楽しかった。
不満そうにしながら食事していくシリウス様が、なんだか早く遊びに行きたい子供みたいで、それを見守っている感じ。
少し失礼かしら? 心の中でそう思っているだけだったらいいわよね。
「この後の予定はあるのかしら?」
「リリアナ様のご予定は、お昼までは少しお勉強をしていただきたいと思います。主にルンドヴァル辺境伯家の領地関係についてです」
確かに私は嫁いできた領地について全く知らないから、いろいろと知りたい。
人伝に、というよりもお父様やセシーラからしか聞いてないから、その二人の話と違うところが多々あるだろう。
ということで私はネリーに連れられて、執務室のような場所に連れてこられた。
私の自室のすぐ近くで、どうやらここも私が自由に使っていい部屋らしい。
自室よりも少し狭いがそれでも全然大きく、綺麗で大きな机と椅子がある。
椅子に座るとやはりふかふかで、私が伯爵家で木の椅子に座って仕事をした時のような身体の痛みは絶対に出ないだろう。
はぁ、私だったらこの椅子に座ったまま寝れる自信があるわね。
「どなたが教えてくれるのかしら」
「僭越ながら、私が教えます」
「あら、ネリーが? ならメイド兼家庭教師ね」
「ふふっ、そんな難しいことは教えられませんが、よろしくお願いします」
ということでネリーに本や書類を見せられながら、ルンドヴァル辺境伯家について教えられる。
まずここはアムレアン王国の最南端の領地で、南の山脈から魔獣が降りてくるのを防いでいる。
山の麓には大きな防壁と砦があり、そこに兵士が交代で魔獣が降りてくるのを見張っているようだ。
「ここの窓から見える山、あれがその山脈なのかしら?」
「はい、その通りです。あそこには多くの魔獣が生息しており、ここから南には人が住んでおりません」
「つまりこのルンドヴァル辺境伯の屋敷は、一番その南の砦に近いということね」
「……はい。砦が破られてもここで食い止めて、領民を逃すためです」
確かここ数十年で魔獣の被害はほとんどゼロと聞いているが、それでも何が起こるかはわからない。
昨日、私が街の外で魔獣に出会ったように、砦が破られる可能性も少なからずあるだろう。
その時に命懸けで領民を守るため、この屋敷はとても強固に造られているというわけだ。
「とても素晴らしいわ。辺境伯家が領民のために思っていることがわかるわね」
私の言葉にネリーは少し驚いたように目を見開いた。
「……はい。私もそんな辺境伯家に仕えることが出来て、とても光栄に思っております」
「ふふっ、私もそんな辺境伯家に嫁いで来れて嬉しく思うわ」
「っ……」
またネリーが大きく目を見開いて、少しバツが悪そうに顔を背けた。
あれ、今の反応はなんだろう?
もしかしてネリーは、私とシリウス様の関係を知っているのかしら?
「ネリー、あなたはシリウス様と私の契約内容を知っているの?」
「……はい、シリウス様から知らされています」
「そうなのね」
やはり今の反応を見るとそうなのだろう。
「他にどなたが知っているのかしら」
「執事のレイも、契約書については知っているかと思います」
「そうなのね」
確かにレイはなんだかシリウス様と距離感が近いような気がしたわね。
歳も近いようだし、小さい頃からの知り合いとかかしら?
そんなことを考えていたら、ネリーが心痛そうな顔をしていた。
私のために心を痛めてくれているのだろうか。
「大丈夫よ、ネリー。私は本当に、辺境伯家に嫁いできてよかったと思っているわ」
「リリアナ様……」
「ご飯も美味しいし、とても優しい執事やメイドの方に囲まれてるしね」
私がそう言ってウインクをすると、ネリーはいつものように優しい笑みを浮かべてくれた。
「こちらこそ失礼かもしれませんが、辺境伯家に嫁いできたのが、リリアナ様でよかったと思います」
「そう? まだ嫁いできて一日しか経ってないのに」
「はい、シリウス様とお食事しているところを見た結果ですが」
「あら、それならもっとしっかり、シリウス様が食事するように見張らないといけないわね」
「ふふっ、よろしくお願いします」
私とネリーはそう笑い合ってから、また勉強をし始めた。