第4話 魔獣に襲われ、聖女の魔法を
私が乗ってきた馬車とは違い、椅子もふかふかなのはもちろん、揺れも全然ない。
「揺れがほとんどないのね、すごいわ」
「道がしっかり舗装されているというのもありますが、馬車自体が特別製です。リリアナ様を出迎えるのに相応しい、最高級の馬車をご用意しました」
「そう、ありがとう。道の整備がしっかりなされているのも素晴らしいわ」
「はい、ここから半日と長い道のりになりますが、道は完全に舗装されております。しかし道中に森があり、そこで魔獣が出てくる可能性があります。出てきたとしても護衛が迅速に対処いたしますので、どうかご安心を」
「ええ、わかったわ」
辺境伯領はやはり魔獣が出てくることがあるようね。
この街も他の国の街とは違い、大きくて強固そうな壁が周りを囲んでいた。
魔獣がよく出るという表れでもあるが、その分しっかりと守られているようだ。
街の雰囲気も魔獣を恐れてる人なんか一人もおらず、とても平和で繁栄している様子だった。
私達のラウリーン王国では、隣国のルンドヴァル辺境伯領はとても危険な地域で、魔獣に襲われることが多々あると言われていたが、その様子は全く見られない。
「ルンドヴァル辺境伯領では、魔獣の被害はどれくらいあるのかしら」
「ここ数年間で街への魔物の被害はゼロです。輸送中の商人が襲われることもありますが、しっかりと兵士を雇っていれば死者が出ることはそうそうありません」
「そうなのね。魔獣というのはそこまで恐ろしいものじゃない、ということなのかしら?」
「いえ、そうではありません。武装していない人間が魔獣に出会えば、逃げることも出来ずに殺されるでしょう」
「まあ……それならどうしてここまで被害を抑えられているの?」
「ルンドヴァル辺境伯家が作った、特殊な武器のお陰ですね」
「特殊な武器?」
「はい、それで魔獣を倒すことが簡単になったのです」
特殊な武器というのは、一体何なのだろうか。
レイの言い方を聞くと、それ以上は話せない、話さないと言っている感じだ。
多分、私が辺境伯家に嫁ぐと言っても、隣国の伯爵家だから少し警戒しているのだろう。
もしかしたら私のこと、スパイか何かと疑っているのかもしれない。
全くそんなことはないけど、まあ自分から弁解するようなことでもないわね。
「そうなのね。素晴らしいことだわ」
「はい、なのでご安心しておくつろぎください」
「そうさせてもらうわ」
その後、久しぶりの話し相手だったので、いろいろと楽しく話をした。
執事のレイは話し上手でもあったし聞き上手でもあったので、馬車の中でも退屈はせずに済んだ。
だが数時間後、窓から見える光景が木々ばっかりになった頃、外から大きな笛の音が聞こえて、馬車が急に止まった。
「何かあったのかしら?」
「今の笛の音は魔獣が襲ってきた合図です」
「えっ……」
「リリアナ様、どうかその場で待機を。すでに外で護衛の騎士達が戦っているので、ご安心ください」
「わ、わかったわ」
いきなり緊張感が溢れるレイの顔に、私も顔が強張るのを感じる。
外で護衛の人達の声が聞こえて、バタバタと足音や物音がやけに大きく聞こえる。
数分が経ち、外が静かになった。
そして同時にコンコンと扉にノックがあり、開かれると隊長らしき人の姿があった。
「ジル隊長、終わったのですか?」
「はい、終わりました。魔獣は三体ほど出ましたが、もう倒したのでご安心を」
ジル隊長の言葉に、私はほっとため息をついた。
魔獣の姿も戦う姿も見ていないが、外の緊張感がすごい伝わってきて、少し怖かった。
「誰も怪我はしてないのですか?」
私が思わずそう問いかけると、ジル隊長は目を少し見開いてから答える。
「いえ、魔獣を最初に見つけて笛を吹いた者が一人、腕に怪我を。命に別状がある怪我ではありませんが、魔獣の牙や爪には人体に有害な魔毒が含まれており、しばらく動けない状態です」
「解毒薬はないのですか?」
レイがジル隊長にそう問いかけた。
「もちろん所持しておりますし、すでにその者には解毒薬を飲ませたのですが、即効性はそこまでありません。歩けるようになるには半日はかかるでしょうか」
「ではどうするのですか?」
「もちろんお嬢様に迷惑がかからないよう、私達の方でその者を担いで運ぶ予定です」
ここからまだあと数時間も、騎士の方がその人を抱えて歩く……とても大変だわ。
それならその人がしっかり自分の足で歩けるようになった方がいいに決まっている。
「怪我をした方はどなたでしょうか? 私に見せていただけませんか?」
「えっ、ど、どういうことでしょうか?」
「リリアナ様?」
ジル隊長とレイが驚いたように私を見る。
お二人は私がなぜルンドヴァル辺境伯家に嫁ぐに値する者と判断されたのか、忘れてしまっているようだ。
「私は聖女です。魔獣の魔毒なら、浄化魔法で完全に消すことが出来ます」
「ですが、リリアナ様は……」
レイが非常に気まずそうな顔をする。
どうやら私が「役立たずの落第聖女」というのは、レイも知っているようだ。
「試してみるのはタダですから、やってみましょう」
私が馬車から降りると、二人が慌てて追ってきた。
外には三体の狼型の魔獣の死体があり、地面に魔獣の血が広がっている。
初めての魔獣の姿、死体を見て少しだけ気分が悪くなるが、気丈に振る舞う。
見渡すと一人だけ横になっている兵士がいた。
顔色が悪く、右腕に包帯を巻いていて血が滲んでいる。
その人に近寄ると、周りにいた騎士の方々が止めるように私の前に出た。
「お、お嬢様、どうしたのでしょうか?」
「怪我人を治します。私は聖女です」
役立たずの落第、と前について呼ばれることが多かったけど。
横たわっている兵士の側でしゃがみ、両手をかざして集中する。
久しぶりに回復魔法を使うし、実際に魔獣に襲われた人の怪我を治すのは初めてだ。
上手く出来るかしら……。
傷を治す回復魔法『ヒール』、魔毒を消す浄化魔法『ケアリー』の混合魔法。
「『ヒールケアリー』」
そう唱えると同時に両手に淡い光が灯り、騎士の身体も淡く光る。
目を瞑り顔を歪めて苦しんでいたのだが、痛みや苦しみがなくなったのか、不思議そうに目を開けた。
「えっ……苦しく、ない。腕の痛みも、なくなった……?」
「騎士さん、大丈夫ですか?」
「あ、は、はい、大丈夫です」
「よかったです」
騎士はさっきまで苦しんでいたのが嘘のように、立ち上がって敬礼をした。
「騎士さん、この後も数時間ほどありますが、歩けますか?」
「も、もちろんです! お嬢様のためなら、何時間でも護衛いたします」
「まあ、頼もしいわ。よろしくお願いしますね」
「は、はい……!」
顔が赤くなった騎士さんだけど、まだ治ってなかったのかしら?
だけど魔毒の効果はなくなったみたいだからよかったわ。
「リリアナ様、大丈夫ですか?」
「はい? 私は大丈夫ですが」
レイが焦ったように私の体調について聞いてきた。
「お嬢様はお身体が弱く、魔法を使えないと聞いておりましたが……」
「ああ、それは……少し事情があって。今は大丈夫よ」
前まで魔法を行使出来なかったのは、妹のセシーラにほとんどの魔力を差し出していたからだ。
だけど今は十分に魔力はあるし、魔力を差し出し続けていたからか、なんだか魔力の総量も上がった気がする。
混合魔法『ヒールケアリー』は一番魔力消費が多い魔法なんだけど、あと何十回でも出来るくらいの余裕があるわね。
「お嬢様、私の部下を治していただき、本当にありがとうございます」
「いえ、ジル隊長、私を守ってもらうために戦って怪我をしたのですから、そのくらい当然のことです。この後もよろしくお願いします」
「っ……はい、もちろんです。護衛騎士一同、全力でお守りいたします」
そう言って一礼し、持ち場に戻ったジル隊長。
「私達も馬車に乗りましょうか」
「そ、そうですね」
レイはまだ驚いた様子だったが、また一緒に馬車に乗り込んだ。
その後、ルンドヴァル辺境伯家に着くまでの間、魔獣に襲われることはなかった。