第37話 笑顔の違い
主催者に挨拶を終えて、私とシリウス様は会場の中央に移動する。
そこではいろんな人が歓談していた。
みんなお酒を片手に持っているけど、私もお酒を飲まないといけないのかしら?
「君、酒精がない飲み物はあるか?」
「はい、ぶどうジュースがございます」
「ではそれを彼女に」
「あ、ありがとうございます、シリウス様」
シリウス様が歩いている会場の使用人から、ぶどうジュースをもらってくれた。
私はそれを受け取って、シリウス様は普通のワインを受け取っていた。
「リリアナが酒を飲んでいるところを見たことないが、酒は苦手か?」
「あまり飲んだことがないので、わかりませんが……弱くてここで飲んだら最悪ですから」
「そうだな、社交界では酒を出されることが多いから、家で飲んでおくのもいいだろう」
「はい、シリウス様と一緒に飲みたいです」
「ふっ、俺もだ」
王都での楽しみがまた一つ増えて嬉しい。
でも今は社交界の会場だから、頑張らないと。
その後、私達はいろんな方に話しかけられる。
「ルンドヴァル辺境伯様、ぜひ機会があれば我が領地に来てください。ご案内いたします」
「いえいえ私達の領地へ。高級な酒や煙草が揃っておりますぞ」
「ルンドヴァル辺境伯家で扱っているという魔道具の詳細をぜひお聞きしたく――」
そんな会話がいろいろ飛び交っていて、私には内容があまり頭の中に入ってこない。
私一人だったら絶対に対応できなかっただろう。
でもシリウス様は……。
「機会を作りたいところですが、私が長くルンドヴァル辺境伯領を離れることはできないので残念です」
「煙草を私は吸いませんが、部下の何人かが吸うので気になりますね」
「魔道具に関してはお話したいところですが、我が国の国王陛下に止められていますので。申し訳ありません」
と、一つ一つに丁寧に対応していた。
しかもあまり見ることのない作り笑顔を込めて。
私に笑いかける笑顔も好きだけど、作り笑顔もなんだか新鮮で素敵ね。
「お隣の夫人はこちらの国の聖女ということですよね。隣国の辺境伯家に嫁ぐとあって、大変なこともあったのではないですか?」
シリウス様だけじゃなく、もちろん私にも話が振られる。
私も彼と同じように笑みを作りながら……。
「大変なこともありましたが、シリウス様がとても親切にしてくださったので快適に過ごせております。辺境伯家の使用人も優秀で優しい方が多いので、私は嫁げてよかったと心の底から思います」
「まあ、素敵ですこと」
聞いてきた貴族の方も楽しそうにそう言った。
「ルンドヴァル辺境伯領は魔獣が多く出て大変と聞いておりましたが、大丈夫ですの?」
「確かに他の領地よりは多く出ますが、対策をしっかりなさっております。魔獣の被害は他の領地よりも少ないくらいなのですよ」
「そうなんですね。噂で聞く話とはずいぶん違うようですね」
私もこの国にいた時は、ルンドヴァル辺境伯領の良い噂は聞いたことなかった。
辺境伯家の当主のシリウス様は聖女を嫌っている、という噂もあったから。
でも今回、私達がこの王都に来たからには、そういう噂を払拭したい。
「辺境伯領はとてもいいところですよ。魔獣が出るとのことで野蛮な噂は多いですが、この王都の街並みと比べても大差ありません」
「そこまでですか?」
「はい、王都よりも低い建物が多いですが、そのぶん空が綺麗で開放感があります。自然も多くて――」
と、辺境伯領のことを絶賛する話を始めた。
作り笑顔を軽く練習してきたけど、辺境伯領のことを話す時は自然と笑みになるので、問題はなさそうだ。
周りの人達も、隣国のルンドヴァル辺境伯領のことは気になっていたみたいで、しっかりと聞いてくれた。
「リリアナ」
「あっ、シリウス様」
集中して話していると、他の方と話していたシリウス様が話に入ってきた。
「大丈夫か? 少し休もうか」
そして私の耳元でそう囁いてきた。
確かに話しすぎて少し喉が渇いた。
「皆様、少し失礼します。お話できてよかったです」
「こちらこそ、とても興味深い話ができましたわ」
そう言って貴族の人達と別れて、会場の端のほうへ移動する。
またシリウス様がぶどうジュースを持ってきてくれて、私は一口飲む。
やはり王都の社交会で出される飲み物なので、とても美味しい。
「ありがとうございます、シリウス様」
「いや、一人にして悪かったな。大丈夫だったか?」
「はい、皆様優しくて私の話を聞いてくれました」
「そのようだな。少し話が聞こえてきていたが、辺境伯領のことをそれだけ宣伝してくれたのは嬉しいよ」
シリウス様は優しげな笑みを見せて頷いた。
やはり作り笑顔よりも、こういう笑みのほうが好きだ。
「ん? 何か俺の顔に付いているか?」
じっと見つめてしまっていたようで、シリウス様が頬のあたりを触りながら言った。
「あっ、いや、何も付いていません」
「じゃあどうした?」
「その、シリウス様の笑顔が、さっきと違うと思いまして」
「さっきと? ああ、社交会での笑みか。あれは私も疲れるんだ」
「そうなんですか? 慣れている様子でしたが」
「慣れないといけなかった。前は笑顔が作れなかったから、レイに言われて練習させられたんだ」
「なるほど」
確かにレイなら「シリウス様、練習しましょうか。できるようになるまで」と言いそうだ。
「あまり得意じゃないが、まあネオから及第点だと言われた」
「ふふっ、レイにはいろいろと頭が上がりませんね」
「俺のほうが上司なはずだけどな。まあ、悪い気はしない」
そう言って笑うシリウス様は、悪友の顔を思い浮かべているように楽しそうだった。
その笑顔が子供っぽくて、可愛くて……。
「好きだなぁ……」
「えっ?」
「あ、いや、なんでもありません!」
思わず呟いてしまって、慌てて誤魔化す。
でも聞こえてしまっていたようで、シリウス様は恥ずかしそうに頬をかいている。
うぅ、社交会で何を言っているの、私は……。
「リリアナ……」
「は、はい」
「俺も、君が好きだぞ」
「っ……」
さっきのように耳元でそう囁いてきて、私は顔が赤くなる。
「さっき君がルンドヴァル辺境伯領を楽しそうに語る姿を見て、改めて好きだと感じた」
「な、そんな、あれくらいは……!」
「ありがとう、リリアナ」
また素敵な笑顔をするシリウス様に、私は顔が熱すぎて頬に手を当てて俯く。
この人は本当に、狙ってやっているのかしら……!
でもそんなところも好きだけど!
「わ、私も、その、いつもは見ない作り笑顔も素敵だと思いました」
「そうか? だが君がそう言うのなら、練習した甲斐があったな」
「はい……でも、いつもの笑顔のほうが、好きです」
見上げてそう言うと、シリウス様は目を見開いてから顔を赤くした。
それで目元に手を当てて「あー」と言った。
「それはズルいなぁ、リリアナ」
「ズ、ズルいってなんですか」
「ズルすぎる」
「だからなんで?」
顔を赤くしたシリウス様は、ズルい理由を最後まで教えてくれなかった。




