第33話 同じ部屋に?
「ではこれにて、契約は破棄させていただきます」
執務室で見届け人のレイが、ニヤニヤした顔でそう言った。
俺はイラッとしたのだが、目の前にいるリリアナが恥ずかしそうに顔を赤らめているのが愛らしい。
その顔が見られたからレイを許してやろう。
俺とリリアナは裏庭で契約について話した後、執務室に戻り契約書破棄の手続きを始めて、これにて終わった。
ようやく俺とリリアナは、本物の夫婦となったのだ。
「おめでとうございます、シリウス様、リリアナ様。お二人がお互いを愛し合える夫婦になることを、私も望んでおりました」
「あ、ありがとう、レイ」
「はい、リリアナ夫人。シリウス様は昔から頭が固く愛想が悪く不器用な男ですが」
「おい、主人に対して失礼だぞ」
「とても誠実で責任感があり、厳しくも優しい男です。どうかシリウス様を、よろしくお願いいたします」
「レイ……ええ、わかったわ。レイも、これからもよろしくね」
「はい、よろしくお願いいたします。執事なのに不躾な物言いをして申し訳ありません」
「いいえ、レイがシリウス様を慕っていることがわかったから、なんだか嬉しいわ」
「慕っていなければ、長い間執事として働いておりませんので」
「ふふっ、そうね」
「はい」
……俺がいるのに、恥ずかしい会話をしているな。
まあリリアナが嬉しそうに笑うのであれば、それでいい。
その後、リリアナがいなくなって執務室で仕事をこなしていく。
もう何も気にすることがないので、いつもよりも仕事の効率が上がった。
あの作戦前はリリアナに「愛さない」と言われて、ものすごく落ち込んでいたからな。
それが今は両想いだとわかり、調子が上がって仕事がすぐに終わるとは。
俺も結構単純な男のようだ。
夕飯前までにだいたいの仕事が終わり、リリアナとダイニングルームで食事をする。
いつも通り、彼女は美味しそうに食事をしている。
俺もそんな彼女のことを見ながら、食事を味わっているのだが……。
「……おい、そこの二人、ニヤつくな」
側で控えているレイとネリーが、ずっとニヤついているのが目につく。
「あら、申し訳ありません、シリウス様。先程、リリアナ様からいろいろと聞いて、表情筋が押さえきれなくて」
「ネ、ネリー?」
「本物の夫婦になれた、嬉しい、というのを何回も繰り返し言ってましたね」
「ネリー!? なんでここでそれを言うの!?」
「あら、すみません、口が滑ってしまいました」
……俺もニヤついてしまいそうになるからやめてほしい。
リリアナを見ると、顔を真っ赤にして食べる手を止めていた。
「お前ら、リリアナが食事に集中出来ないだろう。それ以上邪魔するのなら、出ていってもらうが」
「申し訳ありません、自重します」
「私は何もやってないと思うのですが?」
「いるだけでイラつくのだ、お前は」
「シリウス様、ひどいです」
レイが目元に手を持ってきて泣き真似をしていて、余計イラッとした。
まあいい、二人を無視してリリアナとの食事に集中しよう。
そして楽しい食事を終えて、俺は執務室へ、リリアナは自室へと戻った。
執務室に戻っても特に急いでやらないといけない仕事はないので、適当に書類を見ながら明日の予定をレイと話す。
予定を話し終わった後、レイが雑談のような感じで話をふってきた。
「そういえばシリウス様、お部屋はどうするのですか?」
「部屋? どういうことだ?」
「今、シリウス様とリリアナ様のお部屋は別れていますし、さらにお部屋も結構離れてらっしゃいますよね」
「そうだな」
「今まではよかったと思いますが、夫婦になったのなら一緒の部屋、もしくはドアで繋がっている部屋などがよろしいのでは?」
「……そうなのか?」
別に部屋が離れていても問題はない気がするが。
自室は同じ階にあるし、行こうと思えばすぐに行ける。
特に問題があるわけじゃないと思うが。
「部屋がドア一つで隔たれている方が、お互いの部屋の空間も保たれて、すぐに行き来も出来るのでいいと思うのですが」
「ふむ、別に俺は離れていてもいいのだが」
「……はぁ、やはり鈍感ですね」
「何がだ?」
「こう言ってはなんですが、夫婦の営みなどもあるでしょう。その際、部屋が同じ方がよろしいかと思いますが」
「夫婦の営み……? あ、なるほど、そういうことか」
やっとレイが言いたいことがわかった。
確かに、房事の際に部屋が同じの方が何かと都合がいいだろう。
しかし……。
「俺とリリアナは一ヶ月に一回と決めていた……っ、そうか」
「はい、そういうことです」
あの契約書には『性行為は月に一度だけ』と盟約してあった。
しかし契約書は破棄したので……そういうことだ。
もともとあれは聖女が嫌いだから、そういう行為をするのすら嫌で作った盟約だ。
本当に愛し合っている今、回数なんて決めない方がいいだろう。
「……よし、部屋と部屋が繋がっているところに自室を移すか。いや、まずリリアナの気持ちが大事だな」
「では明日にでも聞いておきます」
「いや、俺が聞くから大丈夫だ」
「かしこまりました、ご武運を祈っております」
「……ああ」
俺は今すぐにでも移してもいいが、リリアナが断るんだったらやめた方がいいだろう。
……俺と隣の部屋なのが嫌だと言われて断られたら、とても悲しいが、仕方ないことだ。
執務室でやることを終えて、俺は自室に戻った。
しかし今日のことがなんだか夢見心地で、すぐに眠りたくはない。
……リリアナと、話したいな。
彼女の部屋に行こうか。
ただ彼女の顔を見たい、声を聞きたい。
俺は自室を出て彼女の部屋へと向かう。
遠くないといったが、やはり遠く感じるな。
隣だったらドアを開ければすぐに彼女の部屋に行けるから、やはり隣の部屋に移してもらった方がいいだろう。
リリアナの部屋に着き、ドアをノックした。
すると中から「どうぞ」というリリアナの可憐な声が聞こえたので、ドアを開ける。
リリアナはすでに寝巻きに着替えていて、寝巻きの上からガウンを羽織っていた。
……いつぞやの初夜を思い出してしまう格好で、直視しづらいな。
「すまない、寝るところだったか?」
「いえ、まだ眠気はなかったので、少しお茶を飲もうと思っていました」
「そうか、俺もいただいていいか?」
「もちろんです」
リリアナは笑みを浮かべて、カップを二つ用意してお茶を淹れてくれた。
茶菓子も十分にあり、ネリーといつも茶菓子について話しているのを前に聞いたことがあって、少し笑ってしまった。
「何か用がありましたか?」
「いや、用はない。ただ君に会いたくて」
「そ、そうですか……」
恥ずかしそうに頬を赤らめる彼女が、本当に愛らしい。
二人掛けのソファに一緒に座り、お茶を飲む。
「ふむ、美味しいな。前にも思ったが、リリアナはお茶を淹れるセンスがあるようだ」
「ふふっ、ネリーの教え方が上手いからですよ」
こんな些細な会話でも、リリアナと話しているだけで心が温まるようだ。
今までは契約結婚だったのだが、今日からはもう、ちゃんとした夫婦となったのだな。
それが心から、本当に嬉しい。
「? どうかしましたか?」
俺が黙って彼女の顔を見つめていると、不思議そうに首を傾げた。
ちょっとした仕草が愛らしい、と思ってしまうのは、もう重症なのだろう。
「……少し、抱きしめてもいいか?」
「えっ? あ、その……はい」
驚いたように顔を赤らめたリリアナだが、小さく頷いてくれた。
俺はまた彼女を優しく抱きしめた。
今日の昼に裏庭で抱きしめたと同じくらい、優しく、だけど離さないように。
彼女はこの屋敷に来た頃よりもだいぶ健康的にふっくらとしたが、やはり抱きしめると華奢だなと思う。
とても温かい、抱きしめているだけで安らぐ。
だけど心臓が高鳴り、ドキドキとうるさくなる。
「……その、シリウス様」
「ん……なんだ」
俺はリリアナを抱きしめたまま、彼女の言葉を聞く。
「こちらに来た理由は、その……房事のため、でしょうか?」
ぼうじ……ボウジ……房事?
俺は頭の中でそれを言葉に変換させて、ハッとする。
確かにこんな夜に妻の部屋に一人で来たら、そういうことだと思われてしまう。
「い、いや! 違う! そういうことをしたいから来たわけじゃなく、ただ君と話したくて来ただけだ!」
俺が身体を少し離して説得するように早口でそう言った。
「あっ……そ、そうだったんですね」
すると彼女は少し笑ったが、どこか寂しそうというか、悲しそうだった。
待て、今の俺の言葉は、彼女を抱くつもりなんて一切ないという、失礼極まりない言葉だったのではないか?
「いや、違うんだ、リリアナを抱きたくないというわけじゃないし、君に魅力がないなんて一切思っていない。ただこれはお互いの合意の上でやることで。いや契約事項にその行為のことを書いた俺が言っても説得力はないかもしれないが」
「お、落ち着いてください、シリウス様」
リリアナにそう言われて、俺はハッとした。
いきなりのことで混乱してしまい、言わなくてもいいことも口走ってしまった……。
「すまない、リリアナ……今のは忘れてくれ」
「は、はい」
俺が恥ずかしいことを言ってしまったからか、リリアナも顔が赤くなっていた。
くそ、このままリリアナといたら、また変なことを言ってしまいそうだ。
「急に来てすまない、リリアナ。俺はそろそろ自室に戻って……」
そう言って立ち上がろうとした時、腕の裾を引かれた。




