第30話 作戦終了後
屋敷に戻って、まずは少し遅い夕食をシリウス様と一緒に取った。
その際にレイがニコニコとした顔で、シリウス様と食事中に話しかけていた。
「シリウス様、無事にご帰還されたようで大変よろしゅうございました」
「ああ、主人が危険な場所に行くのに安全な場所でのうのうと過ごしていた配下がいたが、怪我一つないな。夫人の専属メイドは危険な場所までついてきたというのに」
「その部下はご主人の帰還を疑っていなかったのですよ。それにしっかり仕事をしていたので、のうのうと過ごしていると言われるのは心外ですね」
「ああ、それはそうだな。俺の仕事は溜まってないといいんだが」
「いえ、シリウス様がやる仕事はシリウス様がやらないといけないものなので、私の方で全く消化は出来ていないです。まとめておりますので、あとでやりましょう」
「……そうか」
やっぱりシリウス様とレイって、仲良いわよね。
私は美味しい夕食を食べながら、二人を観察していた。
「特に心配はしておりませんでしたが、これで予定していたアレはしっかりと行っていただけるということですね」
「……今日はもう疲れているから、明日だな」
「シリウス様?」
「いや、俺は大丈夫だが、その、リリアナがな。魔法を何発も撃ったから疲れているだろう」
「えっ?」
いきなり話の矛先が私に向いたけど、どういうこと?
レイが「予定していたアレ」と言っていたけど、それに私が関係するのかしら?
シリウス様が私の体調を気遣ってくれているようだけど、私は別にこの後でも問題ない。
そう思って声を出そうと思ったけど、シリウス様のお顔を見て言葉を詰まらせた。
なんかシリウス様の目が、「頼むから疲れたと言ってくれ」みたいなことを言っている気がする。
「そう、ですね。やはり少し疲れましたから、明日に出来るのであれば明日にしていただけると嬉しいのですが……」
「リリアナ様がおっしゃるなら、かしこまりました」
レイがそう言うと、あからさまにシリウス様がホッと息をついていた。
シリウス様の役に立ったのならよかったけど、「予定していたアレ」って何かしら?
それがとても気になるけど、実際に疲れているのは本当だから、気にせずにどんどんと食事が進んでしまう。
私、疲れたら食欲が増すタイプみたいね、初めて知ったわ。
伯爵家では疲れても疲れてなくても、十分に食べられなかったから。
そういえば伯爵家から離れて一ヶ月以上経ったけど、あちらはどうなっているんだろう。
お父様やエメリ夫人、セシーラは元気かしら。
◇ ◇ ◇
「援助を求めている? バシュタ伯爵家がか?」
作戦が無事に終わり、屋敷に帰ってきた夜。
俺は執務室で執事のレイから、そんな話を聞いた。
「はい、どうやら経営不振ということで、援助してほしいという話です」
バシュタ伯爵家はリリアナの家だ、普通だったら妻の家を助けるのはやぶさかではないのだが……。
あそこの家は、リリアナを人として扱わず、虐待のようなことをしていた。
助ける気はほとんどないのだが、経営不振というのが気になるな。
「経営不振は本当なのか?」
バシュタ伯爵家は特に大きな事業などをしていなかったはず。
手堅い事業をずっとしていて、大きな失敗をするようなものはなかったから、経営不振というのは怪しい。
「いえ、調べましたところ、バシュタ伯爵領で行っている事業に何か問題があったわけではありません。ただ、伯爵家の内部で裏切りにあったらしいです」
「裏切りだと?」
「はい、経営の財政管理などを任せていた家令が、大金を持ち逃げしたようです」
「家令が?」
財政管理などを主に扱う部下の一人、その者が伯爵家の大金を持ち逃げするなんて、どういうことだ?
まず部下が大金を持ち逃げ出来る状況にあるのがおかしいのだが。
「どうやら、信頼も信用もできない、身元も不確かな家令を雇ったらしく、一ヶ月も経たぬうちに大金だけ持ってかれたようです」
「……アホなのか?」
「アホのようです。しかも財政管理の仕事を雑用だと考え、特に確認もせず適当に済ましていたみたいです」
想像を超えたアホのようだ。
財政管理という大事な仕事を、雑用? それを身元もわからない奴を雇ってやらせるなど、意味がわからない。
「なぜそんな馬鹿げたことが出来るんだ?」
「バシュタ伯爵家の主人であるブルーノ様は領地に戻らず、いろんな貴族の家に顔を出して遊び回っているようです。だから仕事を全くしていません」
「……それで?」
「伯爵家の夫人であるエメリ様はもともと平民だったので、貴族としての仕事が全く出来ないようです。出来ないだけならよかったのですが、学ぼうともせず貴族になって贅沢な生活をずっと送っているようです」
「馬鹿ばかりだな。リリアナの妹の聖女は?」
「ここ一ヶ月で聖女の学校での評価は下がっています。最悪と言ってもいいでしょう。いつ落第してもおかしくありません」
「だろうな」
そいつはリリアナの魔力をずっと奪っていたのだ。
あの莫大の魔力を持っていれば聖女として最強になれるが、なくなれば凡人。
おそらくリリアナの魔力をずっと奪っていたから、自分の魔力量が少ないことに気づかず、魔法の練度も上げていなかったのだろう。
「しかし、リリアナが離れて一ヶ月でよくそこまで落ちぶれて……待てよ」
リリアナが離れて一ヶ月で、落ちぶれた?
一人の娘がいなくなった途端に、ここまで伯爵家が騙されて落ちぶれていくものか?
さっきの話を聞いていれば、いつ落ちぶれていてもおかしくなかった。
それなのにリリアナがいなくなった途端になったということは、つまりリリアナが伯爵家を支えていたということか?
「確かリリアナは、勉強の覚えがとても早く、さらには予算管理などの書類を見せたところ、すぐさま間違いを指摘したと言っていたな」
「っ! まさか、リリアナ様が伯爵家で財政管理をしていたのでしょうか?」
「そう考えれば辻褄が合うだろう。あそこの家はどうやらリリアナがいなければ、存続も出来ないようだな」
リリアナが聖女を落第した理由も妹にあり、落第した後も家を支えていたようだ。
「それでシリウス様、どうしますか?」
「もちろん、援助などしない。俺はリリアナを迫害したバシュタ伯爵家が嫌いだ。それを抜いても、援助したところで立て直せるとは思えないし、こちらにメリットは何もない」
「……これはお伝えするか迷ったのですが、あちらは援助してくれるというのであれば、聖女セシーラを嫁に出すと言っていましたが」
「……なるほど、バシュタ伯爵家はどうやら、俺をイラつかせる才能だけはあるようだ」
俺が聖女を嫌いと知っておきながら、言っているのか。
おそらく、いや確実にセシーラという聖女は、俺が大嫌いな聖女だ。
そんな奴を嫁に寄越すことがこちらのメリットになると考えているなんて、なんと愚かなことか。
リリアナは伯爵家で長年過ごして、よくあれだけ美しい心でいられたものだ。
本当に尊敬する、俺には出来ないだろう。
「全部断れ。バシュタ伯爵家が落ちぶれて爵位や領地を失ったとしても、こちらとしては何もすることはない。どうせ隣国の伯爵だ」
「かしこまりました。リリアナ様にはお話ししますか?」
「……機会を見て俺から話そう。優しい彼女は心を痛めるかもしれないが、それでも知っておいた方がいいだろう」
そして、その日の仕事の話は終わった。
明日は、ついに……リリアナに話さないといけない。
とても緊張する、受け入れらなかったらどうしようという恐怖もある。
だが俺は、リリアナに真摯に、言うしかないのだ。
もとは俺がこんな契約結婚を申し込んだのがいけないのだから。




