第28話 浄化魔法の威力
一時間ほど歩いただろうか、山の中を歩いているから光景がほとんど変わらないから、時間感覚がわからない。
今のところ、怪我人すら出ていない。
訓練された騎士の方々はとても優秀で、魔獣が接近してきたことをすぐに察知し、攻撃される前に対処する。
今まで魔獣が生きているところ、そして殺される瞬間を見たことがなかったので、最初はその光景を見て少し血の気が引いた。
しかし覚悟をしていたので、そこまでのショックは受けなかった。
瘴気の発生源に近づいているからか、普通は見えない瘴気が肉眼で見えるようになってきた。
淡い紫のような色で周りが見えなくなるほど濃いわけではないが、何か嫌な感じがする。
他の人も見えているのだろうか? わからないけど、みんな問題なく歩いている。
ただ予想以上に、山道を歩くのは体力がいるわね……。
地面は整備されてないのでボコボコで、足元に気をつけないと足を捻ったり転んだりしてしまう。
転びかけたのが何度もあったが、その度にシリウス様が支えてくれる。
「す、すみません」
「大丈夫だ。辛かったら俺がリリアナを背負っていくが」
「いえ、そこまでは大丈夫です」
指揮官のシリウス様に背負われるなんて、聖女だとしても足を引っ張っていることは確実だ。
ただ歩くだけなのだから、このくらいは自分でしないと。
「そうか。魔獣の数も増えてきて強さも増してきたから、おそらく瘴気発生源まではあともう少しだ。頑張ってくれ」
「は、はい」
確かにさっきから数分ごとに魔獣と遭遇している。
私は初めて瘴気発生源に来たのでわからないが、シリウス様が言うには後もう少しなのだろう。
「ただ……」
「? どうかしましたか?」
「不安になるようなことは言いたくないが、想定よりも魔物の数が少ない。強さは想定通りだが、調査隊メンバーがやられるほどの強さでもない」
「そうなのですか?」
「ああ、警戒しておいて損はない。注意しておいてくれ」
「わかりました」
しかしその後、特に何事もなく進んでいき、どんどんと瘴気の色が濃くなっていく。
私の周りを囲うように騎士の方が陣営を組んでいるが、一番端の人が霧で見えなくなる。
それでもまだここが瘴気発生源ではないらしい。
それと、なんだか瘴気が薄くなっている場所へ向かっている気がするんだけど、大丈夫なのかしら?
「シリウス様、瘴気が薄くなっている場所へと向かっているのですが、大丈夫でしょうか?」
「ん? なぜそれがわかるんだ?」
「紫色の霧が見えるからです。瘴気の色だと思うのですが」
「瘴気が見えるのか!?」
「は、はい」
やはり私だけのようだ。周りの騎士の方々にも確認するが、誰にも見えていないらしい。
「リリアナが聖女だからなのか? いやだが俺の母上は瘴気発生源に何度も行ってたが、瘴気の色が見えたという話は聞いたことなかったが……」
聖女でも私だけ? いや、シリウス様のお母様だけだし、私以外にも瘴気が見える人がいるかもしれない。
「リリアナ、瘴気が濃くなっていく場所はわかるか?」
「はい。さっきまで進んでいた方向より、時計でいうと十時方向が濃くなっていく感じがします」
「そうか、とても助かる。俺達だけだったら瘴気がなんとなく濃くなっているのはわかるが、そこまで明確にはわからない。発生源を適当に探していくしかなかった」
そうか、いつもなら発生源を正確に知らなくても問題はないのだろう。
ただ生まれてくる魔獣を瘴気が薄くなるまで倒していくだけだったから。
だけど今回は私がいるから、しっかり瘴気発生源を見つけなければならない。
「一度この辺りで、瘴気を払ってみますか?」
発生源ではないが、瘴気が濃いだけで魔獣が生まれる可能性が高くなる。
それに一番危険な発生源まで行ってぶっつけ本番で浄化魔法を使って、あまり効果がなかった、ではシャレにならない。
「そうだな、一度使ってくれるか?」
「わかりました」
私はその場で目を瞑り、魔力を練ろうとする。
瞬間、右方向から騎士の方が声を上げた。
「魔獣です! 数は五体!」
私は少しビックリしたが、騎士の方やシリウス様を信頼し、魔力を操作して――浄化魔法を放つ。
「――『ケアリー』」
瞬間、私を中心に淡い光が周りに広がっていき、私の視界には紫色の霧がほとんどなくなった。
うん、しっかりと浄化魔法は効果があるわね。
見渡す限り瘴気の霧が見えなくなったから、範囲は結構広いみたい。
「ま、魔獣が、消滅しました!」
どうやら魔獣の方も騎士の方がしっかりと対処してくれたようだ。
だけど、消滅? 今までは魔道具で倒していたから、死体は残っていたはずだけど。
そう思って周りを見渡すと、みんな私を見ているし、とても驚いた顔をしている。
「えっ……ど、どうかしました?」
シリウス様にそう問いかけると、彼も少し目を見開いていた。
「いや、やはりリリアナは『落第聖女』なんかではなく、女神だったことがわかっただけだ」
「え、えっ?」
「今の君の浄化魔法一発で、魔獣が魔結晶を残して五体も消滅したんだ」
「そうなんですか!?」
私のところから魔獣の姿も見えてなかったのに、倒してしまったの?
浄化魔法は魔獣に対してとても有効的と聞いていたけど、ここまで効くなんて知らなかった。
「浄化魔法ってすごいんですね」
「言っておくが、俺の母上の浄化魔法は魔獣を視認出来る距離で放ち、せいぜい一体を消滅させるだけだった。視認せずに四方に浄化魔法をしただけで魔獣を何体も消滅させるなんて、母上だけじゃなく他の聖女でも無理だろう」
「……そ、そうですか」
なんか自分の力が少し怖くなってきた。
だけどこのルンドヴァル辺境伯領で役立つんだったら、問題ないだろう。
「とりあえず、浄化魔法は問題なく出来ましたね」
「ああ、リリアナの体調はどうだ? なかなかの大魔法だったが」
「大丈夫です、ほとんど体調に変わりはありません」
山道を歩く方が疲れるくらいだ。
「そうか。では討伐隊、進行方向を変更する。十時方向に進行していき、発生源の方へと行くぞ」
騎士全員が「はっ!」と返事をし、また歩き始めた。
十分も歩くと、また瘴気がどんどん濃くなっていった。
やはりこちらが瘴気発生源で間違いないようだ。
しかし奇妙なのが……魔獣が一切出てこなくなったこと。
「魔獣が出てこない……これほど瘴気が濃くなっているのに? なぜだ?」
「閣下、このまま進んで大丈夫でしょうか?」
シリウス様とジル隊長が真剣な表情で周りを見渡して、警戒しながら相談している。
やはり異常事態のようで、より一層緊張感が増していた。
「何か、見落としている……なんだ? この違和感は……」
シリウス様が呟きながら考えている。
「魔獣は人間を見たら襲ってくるはず。だが襲ってこないということは魔獣の数が少ない? だがこれほどの瘴気の量で魔獣が少ないなんてことがあるのか?」
「道中で魔獣を倒してきましたが、ここまで遭遇しないほど倒してはないかと」
「ではわざと襲ってこない? なぜ、どうやって……っ! まさか!?」
シリウス様は何かに気づいたように、焦ったように周りを見渡す。
「遊撃隊! 周りに散らばって魔獣を捜索しろ! 四方を囲まれている可能性がある!」
「は、はっ!」
騎士の方々が三人ずつで固まり、四方に確認しに行った。
「ジル隊長、もしかしたら『奇魔獣』が生まれている可能性がある」
「まさか!? ここ十数年、誕生してなかったはずですが……!」
「ああ、だからこそ失念していた。ここまでの瘴気の量、奇魔獣が誕生していてもおかしくはない」
「シリウス様、奇魔獣とは?」
私がそう聞くと、シリウス様が早口で答えてくれる。
「人間と同じくらいの知性を持った魔獣だ。普通の魔獣は人間を見つけたら襲いかかってくるが、奇魔獣はそうとも限らない。そして一番恐ろしいのは、奇魔獣は他の魔獣を操ることが出来ることだ」
「魔獣を操る……!?」
「ああ、もし奇魔獣がいたら、俺達はすでに――」
シリウス様の言葉を遮るように、遠くから声が響いてきた。
「こちら西方向! 十を超える魔獣を発見!」
「き、北方向、二十を超えています!」
そして東と南に行った騎士の方々の声も響いてきて、私達の周りには五十を超える魔獣がいることがわかった。
騎士の方々が戻ってくると同時に、四方から魔獣の鳴き声と足音がどんどんと近づいてくる。
「やはり囲まれていたか! 奇魔獣がいることは確かのようだ!」
「閣下、ご指示を!」
「リリアナ、また浄化魔法は撃てるか!?」
「は、はい! もちろんです!」
「出来ればさっきよりも強い浄化魔法を頼む! 総員は出来る限り魔獣の数を減らし、万が一の退却の道を作れ! 道は西方向だ!」
騎士の方々が大声で返事をして、武器を構える。
槍や剣、盾を構える人が前に立ち、その後ろで魔道具を構える人達がいる。
私は指示通り、両手を組んで祈るような体勢で、魔力を練って溜めていく。
さっきよりも強い浄化魔法を放つのには少し時間がいる。
そして魔獣との戦いが始まり、騎士の方々が戦い、私を守ってもらっていた。
魔獣の断末魔も聞こえるが、騎士の痛みに呻く声も聞こえてきた。
早く、早く私が、浄化魔法を使わないと……!
「リリアナ、落ち着け」
「っ、シリウス様……!」
シリウス様が私の肩に手を置いて、落ち着いた優しい声で話しかけてくる。
「俺も魔法を使えるからわかるが、魔法は丁寧に想像し、魔力を練らないと発動しない。焦っても仕方ない。深呼吸をしろ」
「……はい」
「大丈夫だ。騎士の奴らはそう簡単にやられない」
ここまで切羽詰まった状況で魔法を使ったことがないから、焦ってしまっていた。
一度深呼吸をし、集中して魔力を練る。
そして――。
「――『ハイケアリー』」
浄化魔法の上級魔法、それを発動した瞬間、周りにあった紫色の霧が一気に霧散した。
そして騎士の方々と戦っていた魔獣も、死体も残さず消えた。
「す、すげえ……! さすが女神だ……!」
「傷を負って魔毒で身体中に痛みが走っていたが、それもなくなった……!」
騎士の方々がそう言っているのが聞こえたが、私は一気に体力が持ってかれて、息切れをしていた。
上級の回復魔法よりも、体力と魔力を持ってかれるわね……。
膝が崩れて倒れそうになったんだけど、隣にいたシリウス様が腰を持って支えてくれた。
「あ、ありがとうございます、シリウス様」
「礼を言うのは俺の方だ、リリアナ。君のお陰で窮地を抜け出せた」
「よかったです……」
騎士の方々が私の周りに揃って、敬礼をしてきた。
私は少しビックリしたけど、誰も大きな怪我がないようで安心した。
「すみません、回復魔法をしたいのですが……この後の瘴気発生源での浄化魔法がどれくらい魔力を使うのかわからないので、後でもよろしいでしょうか?」
私が騎士の方々にそう聞くと、なぜかとても驚いたような顔をされた。
「わ、私達は大丈夫です! 女神様のお身体を第一にお考えください!」
「はい! 魔毒も払われたので、俺達の怪我なんて唾を塗ってれば治りますよ!」
いや、そんな軽い怪我じゃないはずだけど……でも私を気遣ってそう言ってくれているようだ。
「リリアナ、まだ浄化魔法は撃てるのか? 一度戻って休んだ方が……」
「いえ、大丈夫です。魔力は残ってますし、また時間をかければ魔獣が瘴気から生まれてきてしまいます」
「確かにそうだが……」
シリウス様は心配してくれるようだが、まだ魔力は半分くらい残っている。
あの大魔法もあと一発は放てるだろう。
「行きましょう、シリウス様」
「……わかった。だが無理はしないでくれ」
「はい」
「ではリリアナ、私の背に乗ってくれ」
「……えっ?」
意味がわからず聞き返してしまったが、シリウス様は私の前でしゃがんだ。
「おそらく瘴気発生源まですぐだが、君は魔力を一気に消費してフラついている。歩くのは危ないだろう」
「で、ですが……!」
「俺が運んだ方が速いから、乗ってくれ」
「うっ……で、では、失礼します」
私はシリウス様の背に乗ると、シリウス様が私の太ももを持って立ち上がった。
うわっ、すごい高い……騎士の方々を見下ろしてしまっている。
「ではこれで行こう。お前らも、固まってないで行くぞ」
「は、はっ!」
騎士の方々は唖然とした顔を一様にしていたが、すぐに返事をして進み始めた。
うぅ、騎士の方々が見ている前で、とても恥ずかしい……。
だけどシリウス様も言った通り、こっちの方が効率がいいのは確かだ。
私は顔が赤いのを自覚しながらも、シリウス様の背で大人しくしていた。




