第26話 討伐作戦へ
ついに、魔獣討伐作戦の実行日となった。
南の山に繋がる門の前では、大勢の騎士の方々が馬に乗っている。
私はその真ん中あたりで、馬車に乗っていた。
いつも乗っている綺麗で豪華なものではなく、武骨でとても頑丈そうな車体をしている馬車だ。
魔獣の攻撃を何回か受けても無事なくらい丈夫に造られているらしい。
すでに馬車は動き出しており、南の山へと向かっている。
乗ってるのは私と、メイドのネリー。
「ネリー、本当に大丈夫? 今ならまだ引き返せると思うけど」
「もちろんです。一泊は確実にあるようなので、リリアナ様一人では行かせられません」
「あなたは自分を守る手段がないのよ?」
騎士の方々やシリウス様は戦えるし、私も聖女だから魔獣に対しては一撃必殺の浄化魔法を使える……一度も対峙したことないから、本当に効くのかわからないけど。
「覚悟の上です」
「……そう、わかったわ。ネリー、気をつけてね」
「はい。ですが私は前線に出ることはないので、私が死ぬ時は騎士の皆さんが死んだ後だと思います」
そう笑顔で言い切るネリーは、確かに覚悟が決まっているように見えた。
本当に、とても優秀な使用人ね。
「私も死ぬ時は、騎士の方々が死んだ後になると思うわね」
「いえ、リリアナ様は前線に出向くことがあるでしょう。だからおそらく、シリウス様が死んだ後だと思われます」
「えっと……」
「……」
一緒に乗ってるのは私、ネリー、それに目の前に座っているシリウス様もいた。
ネリー、あなた辺境伯の使用人なのに、辺境伯の主人であるシリウス様を目の前でそんなことを言っていいの?
シリウス様がジッとネリーを睨んでいるような気がする。
だけどネリーは何事もなさそうに、いつも通りニコニコとしている。
「シリウス様、何か?」
「……いや、まあその通りだ。リリアナが死ぬ時は騎士の奴らが死に、俺が死に、ネリーが死んだ後だ」
「私、結構前線に出る予定ですよね?」
瘴気を払うのは私しか出来ないので、魔獣が湧くところに行くのは絶対。
それなのになんでネリーの後に死ぬのだろか。
「まあ安心しろ、リリアナもネリーも死ぬことはない。もちろん俺もな」
「はい、信用しています」
「ああ……」
「……」
ここ二日間、なぜかシリウス様と気まずい雰囲気が流れることが多い。
前に私が「契約通り、愛することはない」と言ってから、どこかシリウス様の空気感がおかしい気がする。
もしかして私、何か間違ったことを言ったかしら?
わからないけど、シリウス様は何か落ち込んでいるように見えたから……。
昨日、ネリーに一連の流れを話して相談したら、なんかとてもニヤニヤしていた。
『シリウス様があんな契約をするからですね。シリウス様の自業自得なので、気にしないでいいと思います』
『本当に? 私の発言で何か傷つけてしまった気がするんだけど……』
『大丈夫です。リリアナ様は普段通りにお過ごしください』
ネリーにはそんなことを言われたので、あまり気にしないようにしているんだけど。
シリウス様は前よりも落ち込んでいる雰囲気はないけど、なんだか緊張している様子だ。
やはりとても重要で危険な作戦なので、シリウス様も緊張するのだろうか。
だけど私のことをチラチラと見てきているのは、気のせいかしら?
「シリウス様、落ち着かない様子ですが、どうかしましたか?」
「っ、いや、なんでも……ないわけじゃないが」
やはり何か気になっていらっしゃる様子。
私を見てきてるから、私のことかしら?
そうか、私は聖女で今回の作戦の要、体調とかを気遣ってくれているのね。
「大丈夫です、今日も朝食はしっかり食べましたし、魔力も十分ですから。回復魔法も浄化魔法も、いつでも放てます」
「ん? そうか、それならよかったが」
あれ? 反応的に、私の体調を気遣ってくれたわけじゃないのかしら?
そ、それだったら、ただ私が勘違いしただけで、すごく恥ずかしいわね。
「……リリアナ」
「は、はい、なんでしょう」
恥ずかしくて俯きかけたが、名を呼ばれたのでシリウス様の方を向く。
「その、この作戦が終わったら、話したいことがある」
「話したいこと、ですか?」
「ああ。とても大事なことで、二人きりで、伝えたいことだ」
とても真面目な顔をしたシリウス様がそう言った。
何を話すのかしら? わからないけど、とても真剣なお話みたいだ。
「作戦が終わり屋敷に戻ったら、お話があると?」
「ああ、そうだ」
「わかりました。ではしっかり今回の討伐作戦、必ず成功させましょう」
「もちろんだ。リリアナには傷一つつけさせない」
「あ、ありがとうございます」
そんな真っ直ぐ見つめられながら言われると、さすがに照れてしまう。
隣に座るネリーが、ニコニコではなくニヤニヤとしているのが見えた。
その後、数時間は馬車で移動した。
何回か魔獣の襲撃があったが、私やシリウス様が出ることなく、騎士の方々が魔道具で倒しているようだった。
日が沈みかけてきた頃、馬車の移動が止まった。
「ここから先で調査隊のメンバーが、魔獣に囲まれて襲われた。おそらくこの先に、瘴気が発生している地表の割れ目がある」
ついに、とても危険な地帯、瘴気の発生源近くに来たようだ。
「しばらくここで待機し、周りにいる魔獣を殲滅する。日も沈むので、ここで一泊することになるだろう」
「私はまだ何もしなくてもいいのですか?」
「ああ、魔獣の殲滅も騎士がやる。ただ怪我人も出るかもしれないから、その時は頼むことになる」
「わかりました」
「俺もここでは指揮を取る。リリアナは馬車の中で待機していてくれ」
「ご武運をお祈りしております」
「ふっ、女神のリリアナに言われたなら、怪我一つすることはないだろうな」
柔らかい笑みと共にシリウス様は馬車を出ていき、騎士の方々に指示を出している声が聞こえた。
私とネリーが馬車で待ち続け、約一時間後。
ここら一帯の魔獣の殲滅が終わったようで、私が外に出る。
もう日は完全に沈んでおり、持ってきた光をつける道具だけが辺りを照らしていた。
森の木々の匂いや土の匂い、さらに魔獣の血の匂いもする。
「リリアナ、こちらに怪我人が数人いる。治してくれるか?」
「もちろんです」
シリウス様に声をかけられて、私は怪我人のもとへ行く。
魔獣を何十体倒したのかわからないが、百人を超える討伐隊の中で、怪我人はわずか数人だった。
すぐに私が回復魔法、そして魔獣の魔毒にやられた人は浄化魔法もかける。
「ありがとうございます、女神様!」
「……いえ、これが仕事なので」
もう私が女神と呼ばれるのは、決まったことなのかしら?
「とても優しい光に包まれて、すごく癒されました!」
「それはよかったです」
「おい、お前。治ったのなら早く持ち場に戻れ」
「は、はっ! かしこまりました!」
いつも通り、私の後ろでは騎士の方に睨みをきかせているシリウス様。
私が怪我人を治すところを毎回見ているけど、飽きないのかしら?
「食事を用意させる。屋敷の食事よりもだいぶ質素なものだが、すまない」
「いえ、こんなところで贅沢を味わえるとは思っていません。むしろ不謹慎かもしれませんが、野宿の食事を少し楽しみにしていました」
「ふっ、そうか。馬車の中に持っていくから、待っていてくれ」
「はい」
どんな食事かワクワクしながら待っていると、馬車に食事を持ってきてくれたのはシリウス様だった。
「持ってきたぞ」
「えっ、シリウス様が? すみません、お手を煩わせてしまい」
「いや、俺もここで食べようと思っていたからな」
「そうですか……あの、ネリーの分は?」
「あ……」
馬車の中にはネリーもいるから、二人分必要だった。
だけどシリウス様が持っているのは、私とシリウス様の分の二人分だ。
とても気まずそうなシリウス様と、ニッコニコのネリー。
「大丈夫です、私は自分でもらいに行きますし、外で食べさせていただきます」
「その、ネリー、すまない」
「いえ、シリウス様に使用人の食事を用意してもらうわけにはいきませんから」
ではごゆっくり、と言ってネリーは馬車を出て行った。
ネリーを見送ったシリウス様の顔が、申し訳なさそうにしていたのが、なんだか面白くて少し笑ってしまった。
「ふふっ、シリウス様、持ってきていただきありがとうございます」
「あ、ああ、では食べようか」
野宿飯ということで、屋敷で用意されるようなたくさんの食材を使ったフルコースなどではもちろんない。
一食、だけど明日の英気を養うためにガッツリと食べられるような食事。
いわゆる、カレーというものだった。
カレーをご飯の上にかけて、一緒に食べられるようになっている。
屋敷で食べるとしたら、絶対にカレーのルーとお米は分かれているだろう。
だけど一緒になっているからこそ、野宿飯という感じがする。
こう言ってはなんだけど、思ったよりも美味しかった。
温かくて、味が濃くて、元気が出る感じだ。
「美味しいですね、シリウス様」
「そうだな。リリアナと一緒に食べると、どこで何を食べても美味しく感じる」
「えっ……そ、そうですか」
まさかそんなことを言われるとは思わず、顔が赤くなるのを感じる。
最近はシリウス様に少しそっけなくされていたので、余計にそういう言葉でドキドキしてしまう。
その後、私とシリウス様は静かに食事をしたけど、気まずい雰囲気ではなく、いつもの食事している感じに戻ったのでよかった。




