第23話 必ず守る
翌日、いつも通りの朝を迎えられた。
ネリーが部屋に入ってきた時に私は起きていて、ネリーは目を見開いていた。
「リリアナ様、もう起きても大丈夫なのですか?」
「もう大丈夫よ。看病してくれてありがとう、ネリー」
「いえ、無事だったようで安心しました。お身体にはお気をつけください」
「ええ。お菓子もありがとう」
「ふふっ、役立ったようでよかったです」
その後、身支度をしてダイニングルームに向かう。
そこに着くと、すでにシリウス様が座って待っていた。
「シリウス様、お待たせしましたか?」
「いや、俺も今来たところだ。昨日はよく眠れたか?」
「はい、お陰様で」
そして私が席に着くと、朝食が運ばれてくる。
病み上がりだからかいつもよりも少ない量だけど、それでも美味しさは変わらない。
とても美味しく完食出来た。
目の前にいるシリウス様のことも時々見ていたけど、彼もしっかり食事を味わって食べている様子だった。
最初の頃は適当にただ食べている雰囲気だったけど、今ではその様子は見られない。
私も、それにシリウス様も、この一ヶ月でずいぶん変わった気がする。
食事を終えて部屋に戻ろうとした時、シリウス様に呼び止められる。
「リリアナ、後で時間いいか?」
「はい、構いません」
「昨日のことについて、そして今後のことについて……話したいことがある」
「わかりました」
昨日のこと、ということは、おそらく騎士の方々の怪我についてだろう。
そういえばあの方々が本当にしっかり治っているのか、聞いていなかった。
私が使った『ハイヒール』は高度な魔法だったけど、どれくらいの効果があるのか、自分でもわかっていなかった。
まさか欠損した腕や足が治るとは、本当に知らなかった。
その後、部屋に戻ってゆっくりしていたら、ドアがノックされた。
声をかけると、シリウス様が入ってきた。
ネリーも部屋の中にいたんだけど、シリウス様が入ってきてお茶などを出してから、一礼して出ていった。
別にいても問題ないとは思うんだけど。
シリウス様は私の隣に座って一口お茶を飲み、話し始める。
「リリアナ、改めて。昨日はありがとう。お陰で騎士達の命が助かった」
「そのことですが、私が治した騎士の方々はその後どうですか? 何か後遺症などは残っていたりしませんか?」
「いや、全くないようだ。失った腕や足が治った者達は、特に何もなかったかのように日常生活を送っている。今はまだ安静にしているが、訓練に戻っても支障はないくらいだ」
「そうですか、よかったです」
腕や足が治っても、今まで通りの生活が送れなかったらあまり意味がない。
いや、もちろんあれだけの怪我、死ななかっただけでも治した意味はあるけど、しっかりと完璧に治せたのなら本当によかった。
「ここからが本題なのだが……今、ルンドヴァル辺境伯領の南の森では、異常事態が発生している」
「異常事態、ですか?」
「ああ。リリアナはこの辺境伯領に着いた時に学んだと思うが、魔獣というのは瘴気から生まれるものだ。そして南の森には瘴気が充満していて魔獣が発生しやすい」
「はい、存じております」
「今起こっている非常事態というのは数年に一回くらいの頻度であるのだが、地表の割れ目のどこからから瘴気が異常発生しているのだ」
「異常発生……つまり、魔獣が多く生み出されているということですか?」
「ああ、そうだ。しかも今回の瘴気の発生は例年より多いようで、魔獣の数も強さもその分強いようだ」
「そうなのですね……」
だから今回、あれだけの怪我人が出たのね。
魔獣の被害が少なくなってきたという辺境伯領、しかもあれだけ日々訓練してる騎士の方々が怪我をしていたというのは、今回の異常事態の重さを物語っている。
「今回怪我して帰ってきたのは調査隊で、まだ十分に調査し切れていない。だがすぐに討伐隊を組んで対処する予定だ」
それだけ急がないといけない事態ということなのね。
調査隊の人達があんな怪我を負って帰ってくるということだから、すごく危なそうだけど……私が出来ることは特にないのかしら。
「リリアナ」
「はい」
「本当に言いづらいことだが……騎士団の中で、聖女であるリリアナも討伐隊に入ってもらうべきでは、という声が多く上がっている」
「はい? 私がですか?」
そんなことになっているとは思わず、少しビックリした。
「リリアナの力はすでに騎士団の中では有名で、今回の大魔法もあって、多くの騎士がその意見に賛同した」
「私が、討伐隊に……」
「だが決定権は俺にある。俺の意見としては、君を討伐隊に入れるべきとは全く思わない。契約内容のこともあるからな」
結婚した時の契約内容、私の聖女の力はいらない、必要ないということだった。
本来なら「私が聖女の力を持っていても使うな」という契約だったが、今となってはそれが邪魔になっている。
「シリウス様は、契約内容を抜きに考えたら、どうでしょうか? 私は討伐隊に入っても、問題ないでしょうか?」
「……問題ないどころか、リリアナが入ったら今回の作戦の成功率は格段に上がる。地表の割れ目から出ている瘴気は、聖女の浄化魔法でしか消すことが出来ない」
「はい、存じております」
「だから君がいなければ、俺達は瘴気が自然になくなるまで魔獣を倒し続けることになる。今まではそうやって解決してきた」
つまりシリウス様は、聖女である私が討伐隊に入った方がいいと思っているようね。
私もそれだけを聞くと、絶対に私が行った方がいいと思う。
「だが……だが俺個人の気持ちは、リリアナを絶対に討伐隊に入れたくはない」
「えっ?」
「契約内容のこともあるし、辺境伯として聖女がいなくても問題ないことを証明したい気持ちもある。だがそれ以上に……君を、危険な目に遭わせたくない」
「シリウス様……」
まさかそんなことを言われるとは思わず、目を見開いてしまった。
シリウス様が私のことを想ってそう言ってくれたのが嬉しかった。
「だがこれは、辺境伯領のことだ。一個人の俺の気持ちなど考慮すべきではない。だからリリアナ、あとは君の気持ち次第だ。討伐隊に参加したくないなら、参加しなくてもいい。誰も文句は言わないだろう。いや、俺が言わせない。だから……」
「シリウス様、私の答えは決まっています」
私はシリウス様の言葉を遮るように、私の気持ちを言う。
「私はこのルンドヴァル辺境伯領が好きです。執事のレイも、メイドのネリーも、使用人の方々も優しくて、ご飯も美味しくて」
伯爵家にいた時とは考えられないほど、幸せな生活を送らせてもらっている。
「城下町もすごい活気があって、領民の人たちもすごい楽しそうで、笑顔で溢れています。こんな領地を築き上げたルンドヴァル辺境伯家を、本当に尊敬しています。嫁いでこれたのが、本当に嬉しいです」
「……そう思ってくれるなら、嬉しい限りだ」
シリウス様はさっきまでずっと複雑そうな顔をしていたけど、ようやく少し笑みを浮かべてくれた。
「だから、私はルンドヴァル辺境伯夫人として、この領地を守りたいです。シリウス様、私も討伐隊に入れてください」
「っ……君なら、そう言うと思った」
また顔を歪めてしまったシリウス様。
シリウス様は優しいから、私を討伐隊に入れたくないと言ってくれた。
その気持ちは、本当に嬉しかった。
「シリウス様、私の身の危険を案じていただき、ありがとうございます」
「……それは、当然のことだ」
「ですがシリウス様のお気持ちが、言葉が、とても嬉しかったです」
私の言葉にシリウス様は少し恥ずかしそうに、顔を逸らした。
だけどすぐにまた向き直って、真剣な表情で真っ直ぐ私の目を見つめた。
「リリアナ、この地を守るために討伐隊に入るという決意をしてくれたことを、辺境伯としてとてもありがたく思う」
「はい」
「だが君に、絶対に傷一つ負わせない」
とても真剣な表情で私を見つめるシリウス様の目に、ドキッとしてしまう。
シリウス様は私の手を取った。
「夫として、一人の男として。リリアナのことは、必ず守る」
そう言ってシリウス様は誓いを立てるように、私の手の甲に口づけをした。
私は顔が真っ赤になっていくのを感じる。
「よ、よろしくお願いします、シリウス様」
平静を装ってそう言ったが、少し声が裏返ってしまった。
シリウス様が優しく微笑んだのを見て、私の心臓はより一層跳ねた。




