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第22話 夜中に起きて



 ゆっくりと、重たい意識を無理やり起こすかのように、私は目を開けた。


 なんだか、いつもより寝覚めが悪いわ。

 寝る前まで、何をしていたのかしら……。


 確か、シリウス様と一緒に街の視察に行って、屋敷に帰ってきたら騎士の方々が怪我をしていて、それを治して……!


 そこまで思い出して、私は自分が気絶をしてしまったことに気づいた。

 そうか、だからこんなに頭が重い感じがするんだわ。


 あんなに魔力をゴッソリ失ったのは初めてだから、気を失ってしまったのね。

 シリウス様やみんなには心配をかけてしまったかしら。


 ここはどうやら私の自室で、周りに人はいない。

 時計を見ると、もう日付が変わるくらいの時間だ。


 視察を終えて屋敷に帰ってきたのが夕食前だったので、結構長い間眠っていたことになるわね。

 ……さすがに丸一日以上寝ていた、なんてことはないわよね?


 それはないと思うけど、夕食を何も食べてないせいか、お腹が空いたわ。

 伯爵家にいた頃はこのくらいは我慢出来たけど、ここだとお腹が空くということ自体が稀になってしまった。

 とてもありがたいことなのだけど。


 何かお茶請けはあるかしら?

 いつもネリーに準備してもらっていたけど、この部屋のどこにあるかくらいはわかる。


 そこを開けると、すごい量のお茶請けが用意されていた。

 えっ、いつもこのくらいあるのかしら……あら?


 手紙のようなものが置いてあって、読むとネリーからの手紙で。


『夜中に起きた時のために、リリアナ様のためにお茶請けを用意しておきました』


 さ、さすがネリーだわ!

 とても優秀なメイドで、本当に助かる。


『追伸。ですが、お菓子の食べ過ぎは注意です。ご無理はなさらないように』

「……はい」


 思わず敬語で返事をしてしまい、クスッと笑ってしまう。

 やはりルンドヴァル辺境伯家は、本当にいい使用人に恵まれているわね。


 一人で全部お茶を用意するのは初めてだから、少し手間取ってしまった。


 ふふっ、何から食べようかしら……じゃあこれにしようかしら。

 クッキーを手に取り、大きな口を開けて一口で食べようとした、その時。


 ガチャっと、ドアの開く音がした。


「ふぁ……?」

「あっ……」


 開いた扉を見ると、そこにはシリウス様のお姿が。


 私はクッキーを食べるのに、大きな口を開けていて。

 シリウス様は私の姿を見て、固まっていた。


 なんだかとても気まずい雰囲気が流れる。


 私はそのまま大口を開けているのは恥ずかしいので、ひとまずクッキーをお皿に置いた。

 みっともないところを見られてしまった恥ずかしさを誤魔化すように、咳払いをしてから話しかける。


「んっ……シリウス様、こんな夜更けにどうかなさいましたか?」

「あ、ああ、君の様子を見に来たんだ。寝ていると思ったから、ノックもせずにすまない」


 しっかりノックをしていただければ、あんな大口を開けた姿を見せずにすんだのに……。

 だけど、心配で見に来てくださったのかしら?


 もう日付も変わったくらいの深夜、こんな時間にシリウス様が様子を見に来てくれるなんて。


「その、座りますか?」

「いいのか?」

「はい、とても優秀で世話好きのメイドさんのお陰で、お茶やお菓子がありましたから」

「ふっ、そうか。ではお言葉に甘えよう」


 シリウス様は私の隣に座り、ご自分でお茶を淹れた。

 私が淹れようとしたけど、私の身体を気遣ってくれた。


「リリアナは病み上がりだ。無理してはいけない、座っていてくれ」


 こんなにも優しいことをしてくれる人だったかしら。

 いや、もともと紳士で優しい方だったけど、仕草や眼差しが優しい気持ちで溢れている気がする。


 私の勘違いかしら? だけどなんだか嬉しい。


「体調は大丈夫か? いきなり気絶したから、ビックリしたが」

「ご心配をおかけしてすみません。ですが、体調はほとんど問題はありません。おそらく魔力切れではなく、魔力酔いをしたのかもしれません」

「ああ、医師に見せたが、同じことを言っていた」

「医師を呼んでくださったのですか? ありがとうございます」

「礼を言うのはこちらの方だ。リリアナのお陰で、騎士達は助かったのだ。君がいなければ死んでいた、ありがとう」


 シリウス様は真剣な目で、真っ直ぐと私の目を見つめてお礼を言ってくれた。

 私はドキッとしながら、平静を装って喋る。


「い、いえ、私が勝手にやったことですから。むしろその、契約内容を破ってしまい、すいません」

「契約?」

「結婚当初の時、聖女の力は必要ない、いらないとおっしゃっていたではないですか。それなのに勝手に使ってしまって……」


 私は自分が間違ったことをしたつもりはない。

 だけど最初にシリウス様は「聖女の力はいらない、なくても辺境伯領はやっていける」ということを証明するために、私を呼んだと話していた。


 それなのに私は勝手に、聖女の力を使ってしまった。

 もしかしたらシリウス様が怒っているのでは……。


 私はそう思って、シリウス様の顔を見たのだが……彼は苦笑していた。


「そんなことか。それも、本当なら君に聖女の力を使わせるようなことが起こったのが悪いのだ。つまり、こちらの不手際、リリアナが気にすることはない」

「ですが……」

「リリアナは人を助けたんだ。そのことについて、君を責めることは一切ない。むしろ感謝しかないんだ。改めて礼を言う、ありがとう」

「っ……はい、ありがとうございます」


 その優しい言葉に、私は安心した。

 シリウス様に嫌われたらどうしようと、不安だったから。


 ……あら? なんで私は、シリウス様に嫌われたくなかったのかしら?

 ……多分、この辺境伯家を追い出されたくないからよね。


 伯爵家に戻るのは絶対に嫌だし、ここはとても居心地がいいもの。


「しかし、本当にリリアナの体調がいいようでよかった。食欲も……ふっ、あるようで」

「っ、シリウス様、今笑いました? 今、さっきの私の醜態を思い出して、笑いましたよね?」

「ふふっ、すまない、だが醜態ではないと思うが」


 柔らかくて優しい笑みを浮かべるシリウス様だが、今は恥ずかしくて少し腹立たしい。


「むぅ、病み上がりですぐにあんな大口を開けてクッキーを食べようとしてるなんて、食い意地が張ってるって思ったのでしょう?」

「そんなことは思ってない。ただ可愛らしいな、と思っただけだ」

「か、可愛らしいって……!」


 まさかそんな真っ直ぐ言われるとは思わず、さらに恥ずかしさが増した。


「さっきから喋ってばかりだが、食べなくていいのか? ネリーがわざわざ用意してくれたんだろう」

「……言っておきますが、いつもあんなに大口を開けて食べてるわけじゃないですからね。さっきのはすごいお腹が空いてて、クッキーが美味しそうに見えたからで」

「ははっ、わかっている。だから気にせずに食べてくれ」


 今まで見てきた中で、一番楽しそうに笑ったシリウス様。

 その笑みを見れたのは嬉しいけど、なんだか複雑な気持ちだった。


 さっき食べそびれたので、クッキーを食べる。

 ネリーが用意してくれたやつだから、とても美味しい。


 いつも思うけど、どこで買ってきているんだろう。辺境伯領が用意してくれるんだから、やっぱりすごく高級なものだと思うけど。


 サクサクと食べ進めていると、シリウス様がじっとこちらを見ているのに気づいた。


「な、なんで私をずっと見ているのですか?」

「見てはダメか?」

「恥ずかしいので……その、シリウス様も一緒に食べましょう。いっぱい用意してもらったので、私一人じゃ食べきれません」

「ああ、そうだな」


 シリウス様もクッキーを一つ手に取り、一口。

 私も一緒に食べる、うん、本当に甘くて食感もよくて、美味しいわ。


「美味しいですね、シリウス様」

「……ああ、美味しい。今度はしっかり、味がする」

「はい? 味がする、ですか?」

「いや、なんでもない。これを言うのは恥ずかしいし、君に怒られてしまうかもしれないからな」

「はぁ……」


 何を言っているのかわからなくて、生返事になってしまった。


「リリアナと一緒にご飯をするのが、俺にとって当たり前になってきたということだ」

「そう、ですか。私も、伯爵家では一人で食べることの方が多かったので、シリウス様と一緒に食べるのがすごく嬉しいです」

「……ああ、俺もだ」


 シリウス様は優しげな笑みを浮かべて、一口クッキーを食べた。


「では俺はこれで失礼しよう。リリアナもまだ病み上がりなのだから、食べたらすぐに寝るようにな」

「はい、ありがとうございます」

「明日の朝は、いつものように、一緒に食事をしよう」

「はい、おやすみなさい、シリウス様」

「おやすみ、リリアナ」


 シリウス様は最後まで優しげな笑みをしたまま、部屋を出て行った。

 心配をかけてしまったのは申し訳ないけど、こんな夜更けに様子を見に来てくれるほど心配してくれていたのは、なんだか嬉しい。


 しっかり休んで、もう心配かけないようにしないとね。


 ……お菓子をいっぱい食べた後、早く寝ないとね。



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