第21話 聖女の力を借りるか
「――リリアナ!?」
ソファで気を失うように倒れかけたリリアナを、俺は慌てて支えた。
口に手を当てるとちゃんと呼吸はしているようなので、ただ気絶しただけのようだ。
やはり先程の大魔法の連発は、相当な負担だったのだろう。
「お前達、俺は屋敷に戻る。ここは後は任せたぞ」
「か、かしこまりました!」
リリアナのことを女神のように崇めていた騎士達が、倒れたリリアナを心配そうに見つめている。
欠損した腕や足を治す魔法など、本当に奇跡のような魔法。女神のように思っても無理はない。
俺の母上ですら、欠損した腕や脚は出血をさせないようにするのが限界だった。
リリアナを横抱きして、俺は医務室を出て馬車に乗る。
馬車ではレイとネリーが待っていた。
「お、奥様!? 大丈夫なのですか!?」
「レイ、気を失っただけだからおそらく大丈夫だ。だが万が一に備えて、街一番の医者を呼んでくれ」
「かしこまりました」
「ネリーは屋敷に戻って、医者が来るまでリリアナのことを看病してくれ」
「かしこまりました」
そして俺達は屋敷に戻り、リリアナを彼女の自室のベッドに寝かせる。
ネリーや使用人達が急いでお湯やタオルなどを準備している中、俺はベッドの側に椅子を持ってきて座り、リリアナの手を握っていた。
リリアナの手は何回も握ってきたし、少しずつ手を差し伸べるのにも慣れてきた。
まあまだ少し、緊張はするが。
だが今、彼女の手は今まで握ってきた中で、一番冷たかった。
こんなに体温が下がるほど、頑張ってくれていたのだろう。
俺は、止めることが出来なかった。
いや、止めるべきではないと判断した。リリアナがあの大魔法をしてくれなかったら、騎士達は死んでいたのだから。
だが本当は、止めたかった。
その気持ちが押さえられず、瀕死の騎士達の元に駆け出そうとしたリリアナの腕を握ってしまった。
駆け出そうとしたリリアナの後ろ姿に、母上が無理をして死んでしまった姿が重なったから。
さすがに今回で死ぬことはないだろうが……リリアナの顔を見ると、とても辛そうだ。
出来るものであれば変わりたいものだ。
俺の方が鍛えているし、痛みや苦しみにも強いだろう。
あれほど頑張ってくれたリリアナが、こんなに苦しんでいるというのが、見ていて本当に辛い。
彼女の手を握って待っていると、レイが医者を連れてきてくれた。
配慮してくれたのかわからないが、医者は女性のようだ。
一度俺は手を離し、医者がリリアナを診てくれた。
「魔力酔いに近いものですね。魔力を一気に多く使ってしまい、気を失ってしまったのでしょう。特に身体に異変はないので、しっかり寝て安息を取れば大丈夫でしょう」
医者の女性もそう言ってくれたので、とりあえず一安心だ。
しかし、魔力が切れたというわけじゃなく、魔力を一気に多く使ってしまったから、というだけなのか。
あれだけの大魔法を連発して、魔力切れを起こさないなど……どれほどの魔力を持っているのだろうか。
確か伯爵家では、義妹の聖女にずっと魔力を枯渇ギリギリまで渡していたと言っていた。
普通はどんな魔法使いや聖女でも、魔力を枯渇ギリギリまで使うことはない。
だけどそれをすることによって、魔力の総量がどんどん増えていったのだろう。
その後、俺は執務室に戻り、レイから今回の被害について聞いた。
「魔獣に襲われたのは、瘴気の調査隊でした」
「……だろうな」
前に報告で上がった瘴気に行かせた、調査隊のメンバー。
全員に十分な魔道具を持たせて、精鋭のメンバーで行かせたはずだが……まさかあれだけの被害が出るとは。
死人は出なかったようだが、それはリリアナがあの大魔法を使ってくれたからだ。
あの魔法がなければ、あの重傷者達は確実に死んでいただろう。
「しかし……聖女の力を、借りてしまったか」
俺は頭を抱えて、ため息を一つついた。
本当なら聖女の力を借りずに、今回の件を片付けたかった。
それでようやく、辺境伯領は聖女の力などなくとも、やっていけるという証明が出来ると思ったから。
「……ですがあそこでリリアナ様が動かなければ、死人が出ていました」
「わかっている。俺も死人が出てでも、聖女の力を借りたくないと言っているわけじゃない。それ以上に、今回の件は予想よりも厄介だということだ」
「はい、調査隊のメンバーに話を聞きましたが、想定以上に魔獣が大量に発生しているということです。しかもまだ瘴気の発生源には近づけなかった、ということでした」
発生源に行ってないのに、これだけの被害が出たということか。
では発生源では魔獣の数はもっと多くなり、強くもなっているだろう。
これは早急に、討伐隊を組んで対処しないといけないな。
調査が不十分だが、致し方ない。
「すぐに討伐隊を編成しろ。騎士団の全部隊で出撃する準備を整えておけ」
「はっ、かしこまりました」
「数日後には討伐に向かえるようにな」
「はっ……シリウス様、討伐隊には、聖女様の――」
「リリアナを討伐隊に入れるわけがないだろ!」
レイの言葉を遮るように、俺は声を荒げながら言った。
「……よろしいのですか? それは本当に、ルンドヴァル辺境伯としての言葉ですか?」
しかしレイは引き下がらず、そう進言してきた。
俺もそこまで言われると、さすがに冷静にならざるをえない。
確かに辺境伯として、この領地を守るものとして、聖女の力を借りた方がいいのはわかっている。
瘴気はおそらく今もなお発生し続けていて、魔獣を生み続けている。
その瘴気は聖女の浄化魔法以外では、消すことは出来ない。
聖女がいなければ、瘴気が自然に収まるまで待つしかないのだ。
だから、聖女の力を借りなければいけないのは、わかっている。
しかし俺は、母上を失った時のように……リリアナを、失いたくない。
「……それについては、もう少し考えさせてくれ」
「……かしこまりました。私も、出過ぎた真似をしてしまい申し訳ありません」
「いや、レイのお陰で冷静になれた。これからも頼む」
そこで今日の仕事の話は終えた。
夕食の時間になっても、リリアナは目覚めなかった。
だから一人、ダイニングルームでレイに見られながら食べたのだが……。
料理人には申し訳ないことに、全く味がわからなかった。
特に考えることもなく、目の前にリリアナがいることもないので、ただ料理に集中していたはずなのに。
それでもほとんど、味がしなかった気がする。
これではまた、リリアナに怒られてしまうな。
そう思うと俺は口角を上げるように笑ってしまったが、なんだか虚しい気持ちだった。




