第2話 伯爵家での扱い
翌日、もうお父様は家にはおらず、また出張という名の遊びに出かけた。
領地経営をほったらかしにして、よく出来るものだ。
そして私はお父様がいなくなったので、また離れにある小屋で寝起きをする。
私の実母が亡くなってから約十年。
お父様とお母様は恋愛結婚などではなかったが、お母様は私に愛情を持って接してくれていた。
私が小さい頃からお父様は他の領地に遊びに行っていて、領地経営など全くせず、お母様が一人でずっとやっていた。
その無理が祟ったのか、もともと身体が弱かったお母様は、亡くなってしまった。
お母様を亡くして悲しんでいたところに、お父様が愛人であるエメリ夫人と娘のセシーラを連れてきた。
もともと好きじゃなかったお父様だけど、それをキッカケに私はお父様に全く関心も期待も寄せなくなった。
エメリ夫人はもともと平民の方らしく、ようやく豪華な屋敷に移り変わったということもあり、お母様が残してくれたドレスや宝石を全て私から奪い、私を屋敷から追い出した。
セシーラもエメリ夫人に似たのか、私からどんどんといろんなものを奪っていく。
その時、ノックもなしにバタンと自室のドアが開く音がした。
「お姉様、ご機嫌よう。今日もこの部屋は小汚いわね」
「セシーラ、ノックもなしにドアを開けるのは淑女としてどうかと思うわよ」
「お姉様のお部屋以外だったらしっかりするから大丈夫よ。それでお姉様、早く今日もください。私はお姉様と違い、聖女の学校に行かないといけないのですから」
いい笑みを浮かべながら、私に手を差し伸べてくる。
私はため息をつきながら、その手を取り……魔力を差し出していく。
「あはっ……お姉様は聖女の才能がないのに、魔力だけは多いんだから」
「……っ」
聖女や魔法が使えない人でも、人間であれば魔力は少なからず持っている。
私はそれが聖女の中でも特別多く、聖女として期待されていた。
しかしセシーラが聖女になってから、毎日こうしてセシーラに魔力を奪われていた。
私が魔力を差し出さないと、家の実権を握っているエメリ夫人に言って、家を追い出される可能性が高かった。
生命維持に必要な分だけの魔力を残して、今日も私は魔力のほとんどを渡した。
「ありがとう、お姉様。こんな魔力がなくても私は聖女として一番の成績を残せるんだけど、これがないと調子が出なくてね」
「はぁ、はぁ……」
「あら、お姉様。顔色が悪いわね。心配だわ、横になった方がよろしくて?」
「お気遣い、感謝するわ……」
誰のせいでこうなってると思ってるのだか……。
「セシーラ、私は一週間後には隣国のルンドヴァル辺境伯家に嫁ぎます」
「ええ、そうね。ふふっ、おめでとう、お姉様。せいぜい魔獣に殺されないように引きこもることね」
嫌味を言ってくるセシーラだが、私が言いたいのはそうじゃない。
「一週間後からは私が魔力を差し出すことも出来なくなるわ。だから自分の魔力だけでこれからやっていくために、この一週間は私の魔力なしで……」
「はぁ? それってお姉様が私に魔力を渡したくないだけじゃないの?」
「いえ、私はあなたのことを思って……」
「私はお姉様が聖女の才能がないから、その無駄に多い魔力を使ってあげるのよ。それに私はお姉様の魔力がなくても聖女としてやっていけるので、ご心配なく」
「本当? 学校で学んだ魔法理論をしっかり理解出来てる? ポーションを作る時の薬草とかの配分はわかってる?」
「余計なお世話よ! しっかり出来てるわ!」
本当かしら。
魔法理論をしっかり把握出来てなくても、薬草配分が完璧じゃなくても、魔力を余分に込めれば上手くいってしまうのだ。
セシーラは座学が弱いと聞いているので、魔力量が少なくなったらそれらが出来なくなってしまう。
まあセシーラが言うなら、心配する必要はないのかもしれないわね。
「じゃあお姉様、私は聖女の学校に行かないといけないから。お姉様も雑用のお仕事頑張ってね」
最後まで嫌味を言ってから、セシーラは私の部屋を出ていった。
……だからドアを閉めなさいって。
セシーラが言っていた雑用の仕事というのは、この屋敷や領地の財政管理だ。
それを雑用の仕事と言い切るのは、なかなか危ない考えじゃないかしら。
本当ならこれはエメリ夫人の仕事なんだけど、なぜか全部私に任せているのだ。
もしかしたらエメリ夫人もこの仕事を雑用と思っているのかもしれない。
私は亡くなったお母様がやっていたので、なんとなくどうやるかなどはわかっていた。
しかし慣れるまでは結構かかったし、私がいなくなってからいきなりエメリ夫人が出来るとは思えない。
本日分の仕事を終えて、エメリ夫人に書類などの確認をしてもらいに行く。
「お義母様、こちらの書類の確認をお願いします」
「そんなの別にいいわ、適当にやっておいてちょうだい」
いつも通りの言葉ね。
エメリ夫人はもともと平民だったし、この仕事をいきなりするのは難しいと思うけど、私が嫁いだ後はどうするつもりなのだろうか。
「お義母様、私がいなくなった後、この仕事はどなたに任せるつもりでしょうか?」
「そんな雑用の仕事、適当に執事に任せるわ」
「執事に? お義母様、この仕事はそんな簡単に他人に任せるものじゃありません。ご自分でなさるか、最低でもしっかり信頼出来る者に頼まないと、大変なことに……」
「何? 私に口答えをする気なのかしら? この屋敷で私に口答えしてどうなるのか、知らないわけじゃないでしょう?」
イラついたようにそう言ったエメリ夫人。
もうこうなったら何も聞かないし、何を言っても無駄だろう。
「いいえ、なんでもありません」
「ふん、じゃあさっさと出て行きなさい。私は忙しいの」
「はい、失礼します」
ずっと部屋に閉じこもって新しい服や宝石を眺めているだけなのに、何が忙しいのだろうか。
だけど今のを邪魔したと捉えられたようで、今日の私の夕食は抜きであった。
まあ昨日、お父様が帰ってきた時にしっかり食べたから、まだマシね。
一番長くて丸三日、水と薬草だけで過ごした時もあるから。