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第19話 城下街へ視察



 結婚披露式の翌日、俺とリリアナは一緒に朝ご飯を食べていた。


 昨日の夜、俺は初めてリリアナの部屋に行った。

 初夜ということと、契約結婚をしてから一ヶ月が経ったので、房事の日ではあった。


 しかし俺は彼女を抱こうという気はほとんどなかった。

 ……全くなかったと言ってしまうと嘘になるが。


 リリアナも特にそういう気はなかったようなので、お互いのことを話した。


 本当はリリアナのことについて聞くだけで、終わるつもりだった。

 リリアナは俺の想像通り、いや、想像以上に、家族から見放されていた。


 好きだった母親を亡くし、父親が結婚する前から持っていた愛人が家に来て実権を握り、全てを奪われてしまった。


 俺とリリアナの共通点は、母上がとても素晴らしい人で、父上がクズみたいな人間だったということだ。

 だけど俺の父上は家族としてはゴミだったが、辺境伯としては優秀だった。


 父上も愛人はいたが、愛人が辺境伯家の実権を握るなんてことはなかった。

 父上と愛人の間に子供がいなかった、というのも大きかったかもしれない。


 しかしリリアナは、愛人が実権を握り、その娘に魔力を奪われて聖女を落第させられた。


 俺と彼女を比べても、彼女の方が不幸な目に遭っていることには違いなかった。


「シリウス様」

「ん?」

「また味わわずに食べてませんか? しっかり何を食べてるか、認識してくださいね」

「ああ、すまない。そうだな」


 俺は生ハムをフォークで刺し、口に運ぶ。うん、美味い。


 目の前で俺のことを見て満足げに頷き、美味しそうに食べ進めるリリアナ。

 本当によく、そんな状況でこの素晴らしい人格を保てたと思う。


 数年間、実家で使用人からも無視されるような環境で、よく腐らずに心が美しいままでいられたと思う。

 リリアナのそういう強さが尊敬に値するし、とても好ましいところだ。


 この後はいつも通り、俺はしっかりと味わいながら、幸せそうにご飯を食べるリリアナを眺めていた。


「リリアナ、今日は昼からまた俺達でしないといけないことがあるのだが」

「城下街への視察ですよね」

「ああ、そうだ」


 昨日、結婚披露式でリリアナと共に、領民の前に顔を見せた。

 しかしすぐに光の剣を空にかざした後は、すぐに俺とリリアナは引っ込んだ。


 だからもう少し領民達に顔を見せる、それと辺境伯夫人として人となりを知ってもらうために、城下街に出て領民と接する必要がある。


「昼過ぎになったら屋敷を出て馬車で行くから、準備をしておいてくれ」

「わかりました」


 そう言って俺とリリアナは別れ、一度俺は執務室で仕事を始める。


 しかし……光の剣、か。

 魔力を込めると光る剣、ただそれだけ。光っても特に殺傷能力が上がるわけでもないし、もともと刃がないから武器としては扱えない。


 だがあれは一定量の魔力がないと光らないし、多くの魔力を必要とする。

 俺一人でも光らせることは出来たが、ほんのり光る程度だった。


 ただリリアナと共に魔力を込めたら……黄金に光り輝いた。

 遠くにいた領民にも、一目で美しく輝いているとわかるほど。


 ルンドヴァル辺境伯家は何世代にも渡って光の剣の儀式をやってきたが、黄金に輝いたなんてことは一度しかない。


 そしてその一度は、ルンドヴァル辺境伯領が最も栄えた時代で……唯一の恋愛結婚だったはずだ。


 俺とリリアナはもちろん恋愛結婚じゃないし、むしろ今までで一番の政略結婚、契約結婚に近い。

 それなのにあんな黄金に光ったのは、リリアナの魔力が凄かったのか、それとも俺とリリアナの相性がいいのか。


 あるいは、そのどちらもか。

 ……どちらもが、いいかもな。


 俺はそう思いながら、仕事をこなし、城下街への視察の準備を進めた。



 昼過ぎ、俺とリリアナは城下街に馬車で来ていた。


「ここからは歩くが、大丈夫か?」

「はい、今日は歩きやすいような靴を履いていますので」

「そうか」


 馬車で城下街で一番人が行き来している商店街にやってきた。

 今日は領民達にも俺とリリアナが視察に来ると伝えているので、ちょっとした祭りのようになっている。


 馬車から降りてくるリリアナに手を差し伸べる。


「ありがとうございます、シリウス様」

「ああ」


 リリアナに手を差し伸べるのも、最近になってようやく慣れてきた。

 まさか聖女嫌いの俺が、聖女に向かって手を差し伸べるのを当然のようにやる日が来るとは。


 一ヶ月前までは、考えられなかったことだろう。

 いや、だがこれは聖女に対してではない。


 リリアナだから、手を差し伸べる、差し伸べたいのだ。


「……リリアナ、このまま手を繋いで歩いてもいいか?」

「はい、もちろんです。ふふっ、嬉しいです」


 そう言って微笑むリリアナは、とても美しい。


 一ヶ月前の痩せこけていた時とは違い、今はしっかり食事をしてるから、健康的な細さになった。

 亜麻色の髪も背中の真ん中辺りまで伸びていて、風に靡いてさらさらと揺れている。一ヶ月前は手入れが出来ておらず、後頭部で団子にしていたが、本当に綺麗になった。


 肌艶もとても良くなり、色気が増したように思える。

 俺だけがそう思っていればいいのだが、使用人や騎士達がリリアナに見惚れることが多くなった。


 それが本当に俺の心をざわつかせる。

 俺の妻だぞ、お前らの上司の妻なのに何を色目使ってやがるんだ、と思ってしまう。


 ……本当はそんなことを思う、言える関係ではないというのに。


「シリウス様? どうかしましたか?」

「……いや、なんでもない。では歩こうか、リリアナ」

「はい」


 隣を見ると、俺と手を繋いで頬を少し赤らめて笑みを浮かべるリリアナの姿がある。

 この笑みを、俺にだけ見せてほしい。



 城下街の視察は、特に何か特別なことをしないといけないわけではない。


 ただ本当に二人で見て回り、買い物をするだけだ。

 道で声をかけられたら少し手を振る、くらいはするが。


 領民の皆には俺とリリアナが来ることは知っているので、一目見ようと少し人だかりが出来るが、それもすぐになくなる。


 ただ普通に、俺とリリアナのお出かけ……デートのようになっていた。

 もちろん俺とリリアナの周りにはレイやネリー、さらには騎士の者達が護衛しているから、二人きりというわけではないが。


 ……後ろでチラチラと見えるレイのニヤニヤ顔が鬱陶しいな。


「シリウス様、あちらの屋台はなんでしょう?」

「あれは、綿飴を売っているところだな」

「わたあめ? それはどういうものでしょう?」

「砂糖菓子だ」

「食べ物ですか? 行ってもよろしいですか?」

「ああ、もちろん」


 綿飴が売っている屋台に近づくと、リリアナが目を輝かせる。


「あ、あれが砂糖菓子ですか? なんだかふわふわしていて、雲のようですが」


 リリアナが子供のように、綿飴を見た感想を言っていた。

 意外とこういう幼い一面もあるようで、そこも愛らしいと思ってしまう。


「買うか?」

「いいのですか?」

「もちろんだ。店主、一本くれ」

「ありがとうございます!」


 店主は手際よく綿飴を作っていくが、その作っていく様もリリアナは楽しそうにじっと見つめていた。


「わぁ、シリウス様、見てください! すごいふわふわです!」

「ああ、そうだな」


 リリアナ、そんなに新しい一面を俺に見せるな、胸の奥がなぜかギュッとなるから。

 そんなこともつゆ知らず、リリアナは綿飴の一部をちぎって、口に運ぶ。


「んー! 美味しいですね! だけど、これなら無限にお腹に入ってしまいそうで、なんだか怖いです」

「ははっ、そうだな」

「……えっ? シリウス様、今声を上げて笑いました?」


 リリアナに不思議そうに聞かれて、俺も今気づいた。

 思わず笑ってしまったが、不快に思われたか?


「すまない、リリアナ。馬鹿にしたわけじゃないんだ」

「あ、いえ、そうではなく……シリウス様が声を上げて笑ったのを初めて見たので」

「……確かにそうかもしれないな」


 もともと笑う方ではないし、むしろ全然表情が動かない、笑わないと言われる方だ。

 声を出して笑うなんてことは、ここ数年で数えられるくらいだろう。


「ふふっ、声を上げて笑う時は目尻がくしゃっとなって、なんだか可愛らしかったです」

「っ……そ、そうか」

「あっ、すみません、失礼でしたか?」

「いや、そんなことはない……」


 ただ恥ずかしくて、だけどなんだか嬉しくて、気持ちに整理がつかないだけで。


 リリアナと一緒にいると、本当にいろんな感情が心の中に生まれる。

 ただそれはもちろん嫌なものではなく、大切にしたいものが多くて。


 困惑することが多いが、やはり彼女を……リリアナを、失くしたくはないな。


「あれ……?」

「リリアナ、どうした?」


 彼女がいきなり立ち止まり、周りを見渡し始めた。


「すみません、なんだか子供のすすり泣くような声が聞こえた気がして……」

「子供?」


 俺もリリアナと一緒に見渡す、俺の方が身長が高いので人混みの中、その子供を先に見つけることが出来た。

 八歳くらいの女の子が地面に座り込み、両手に大きな袋を持ち、そこの地面には食べ物が落ちていた。


 どうやら転んで、持っていた袋から食べ物を落としてしまったみたいだ。


「あそこだ」

「あっ……」


 リリアナもそちらを見て、目を見開く。

 そして考える間もないほどに早く、俺の手を離して子供の元に駆け寄る。


 長いスカートが汚れることを厭わず、リリアナは子供に視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。


「あなた、大丈夫? 転んだの?」


 知らない人に話しかけられたことに驚いた女の子だったが、すぐに顔を歪めて涙を零す。


「うぅ……こ、転んじゃって、おつかいで、お母さんに頼まれた食べ物を、落としちゃって……!」

「お母さんのお使いをするなんて、とてもいい子ね。怪我はしてない?」

「ひ、膝が、痛い……」

「……擦りむいて、血が出てるわね。治してあげるから、ね」


 リリアナは優しい笑みを浮かべながら、女の子の膝に手をかざして『ヒール』と唱える。


「……あれ、痛くない!」

「そう、よかったわ。立てる?」

「うん! だけど、食べ物が……」


 泣き止んだ女の子だったが、立ち上がって地面に落ちている果物や野菜を見てまた悲しそうな顔をする。


「私が買ってあげるから、大丈夫よ」

「えっ、いいの?」

「もちろん。お使いをするいい子には、ご褒美がないとね。綿飴は好き? 私もさっき初めて食べたんだけど、すごい美味しいわよ」

「うん、好き!」

「じゃあ一緒にお使い頑張りましょうか」

「うん! ありがとう!」

「どういたしまして。お礼も言えて偉いわね」


 リリアナは女の子の頭を撫でると、女の子もようやく嬉しそうに笑みを浮かべた。

 女の子の笑みを見たリリアナは、とても慈愛の満ちた、美しい表情を見せる。


 俺はその表情を見て、少し、泣きそうになっていた。

 彼女の姿が、本当に、母上の姿と重なったから。


 母上もこうして城下街を歩いている時、道で転んだ子供にすぐに駆け寄り、治してあげていた。


 リリアナにはそのことを言ってないのに、全く同じことをしている。

 本当に彼女は、母上と同じような、心優しい聖女なのだ。


「シリウス様、すみません。あの子のために食べ物を買う約束を勝手にしてしまって」

「いや、そのくらいは大丈夫だ」


 むしろ辺境伯夫人としても、素晴らしい行動を見せてくれた。

 周りにいる領民達も、とても尊敬するような目でリリアナの行動を見ていた。


 やはり彼女は、他人に好かれるような才能があるようだ。


 ……だが、道行く男達が熱っぽい視線を向けるのはイラつくな。


 そういう奴らには見せないように、リリアナの隣に移動して視線を塞ぐ。


「では俺達も、お使いに行くとするか」

「ふふっ、そうですね」


 そう言って楽しそうに笑うリリアナ。


 その笑みを見て、俺も思わず口角が上がる。

 つくづく、彼女を妻に迎えることが出来てよかったと、心の底から思った。




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[一言] シリウスにとって妻であり母になり得る女性…
[気になる点] 「朝ご飯」が気になってしょうがない。 なぜ「朝食」にしないのですか?
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