第18話 初夜での会話
「シリウス様、私も聞いていいですか?」
「なんだ?」
「先程、シリウス様は私のことを『素晴らしい聖女』と言ってくれました。ですがシリウス様は、聖女のことがお嫌いなのでは?」
契約書を交わす時に、彼は「聖女だから好きになることはない」と言っていたくらいだ。
だからシリウス様の聖女嫌いは、相当なものなのだろう。
だけど矛盾するようだけど、シリウス様が聖女を大嫌いという風にはそこまで見えなかった。
私が騎士の方を治す時、嫌いだったらそれ相応な態度を取るだろう。
だけどシリウス様は騎士の方を治し続ける私を見て、優しそうな、だけど少し辛そうな目をしていて、複雑そうな面持ちだった。
「っ、それは……」
「もちろん話したくないというのであれば、お聞きしませんが……」
「……君には話してもいい、いや、話さなければならないだろう」
シリウス様は一度目を瞑り、少し悲しそうなお顔で話をしてくれる。
「ルンドヴァル辺境伯領は魔獣がいるから、代々聖女を娶っている。俺もそうだし、父上もそうだった。つまり、俺の母上も聖女だった」
「っ、そうなのですね」
そうか、少し考えればわかるはずだった、彼のお母様が聖女だということは。
だけど彼は全く家族の話をしないから、ほとんど考えもしなかった。
「母上は、素晴らしい聖女だった。常に笑顔を絶やさず、民のため、領地のために全力で聖女の仕事をする人だった」
……だった、などの過去形を使うということは、つまり。
「俺が十二歳の頃、魔獣討伐に行って死んだ。聖女として、立派に務めを果たして」
「そう、だったのですか」
「……俺は、聖女だった母上も好きだったが、ただの母上が好きだった。聖女として死ぬのではなく、俺の母上として、生きて欲しかった」
それが、シリウス様が聖女をお嫌いになった理由。
とても辛い過去をお持ちなのだろう。
「父上は母上を聖女としてしか価値を見出さず、すぐに他の聖女を辺境伯領に呼んだ。その聖女達がワガママばかりを言うクズばかりで、母上以外の聖女なんて人を人とも思わない、クズだと知った。それで俺は、聖女が大嫌いになったんだ」
「……そうだったのですね」
確かに私も聖女の学校に行っている時は、他の聖女の方はすごい自己中心的な方が多かった印象がある。
もちろんそれは義妹のセシーラも含めて。
おそらく貴族として生まれて大事に育てられ、さらに聖女として見出されて、特別扱いを受けて、性格が歪んでしまうことが多いのだろう。
私もお母様と一緒に領地経営について学んで、領民の方々のお陰で暮らせていると知らなければ、傲慢な貴族や聖女のようになっていたかもしれない。
「だが君は……リリアナは、良き聖女だ。俺の母上と同じような、聖女だ」
「そうでしょうか?」
「ああ、俺が見てきたクズな聖女達は、騎士達に罵詈雑言を浴びせ、回復魔法を金を払わないとしないという傲慢な態度を取っていた」
さ、さすがにそれと比べたら、普通の態度を取っていても素晴らしいと相対的に評価されてしまうわね。
「ですが私は、落第聖女ですから」
「だがそれは義妹のせいで魔力が奪われて、落第したのだろう?」
「確かにそうです。ですが、落第してよかったと、最近思えるようになったんですよ」
「落第してよかった?」
「はい。落第してなければ、シリウス様は私を選んでいませんよね?」
「あっ……確かに、そうだな」
シリウス様が私を娶った理由は、「役立たずの落第聖女」だからだ。
聖女なのに落第しているから、聖女が嫌いでいらない彼は、私を選んだ。
「私、この辺境伯領に来れて本当によかったです」
「っ……それは、つまり俺の妻に――」
「伯爵家での扱いは酷かったですし、ここだと美味しい食事やふかふかのベッド、気持ちいいお風呂も入れますし……えっ、すみません、何かおっしゃいましたか?」
「……いや、なんでもない」
「そう、ですか?」
シリウス様の言葉を遮って喋り出してしまった気がしたが、気のせいかしら?
「それに執事のレイやメイドのネリー、使用人の方々も優しくて、騎士の方々もすごい真面目で素晴らしい人が多いです」
「……そうか、気に入ってくれて何よりだ」
「はい! それに、シリウス様にもお会い出来ましたしね」
「っ、そうか」
私の言葉に、シリウス様は嬉しそうに少し微笑んでくれた。
彼はそこまで表情が豊かの方じゃないけど、意外と感情がわかりやすい気がする。
そういうところが男性なのに可愛らしく、微笑ましいと思ってしまう。
「俺も……」
「はい?」
「俺も、君が落第してよかったと思っている」
「えっ?」
「落第した聖女が君で、リリアナでよかった。君以外の聖女を妻にするなんて、今では考えられない」
真っ直ぐと私の顔を見つめて、そう言ってくれたシリウス様。
とても真面目なお顔で、何の冗談でもなく、本気で言っているのが伝わった。
ま、まさかそんなことを言われるとは思わず、顔に熱が集まるのを感じる。
「あ、ありがとうございます……」
「ああ、こちらこそありがとう。君を妻に迎えることが出来てよかった」
「わ、私も……シリウス様のもとに嫁げて、よかったです」
シリウス様の顔を見上げてそう言うと、彼も驚いたかのように目を見開いた。
「……リリアナ」
「シリウス様……」
彼の顔が徐々に近づいてくる。
部屋は暗いがシリウス様の端正な顔はしっかり見えて、男性なのに柔らかそうな唇があって――。
――ボーン、ボーン、と。
突如部屋の中に、日付が変わった時の鐘の音が響いた。
「っ……すまない、こんな夜遅くまで長居してしまった」
「あっ……は、はい、大丈夫です」
なんだか今さっきまであった空気感が途切れ、シリウス様はソファから立ち上がった。
「今日は結婚披露式で疲れただろう。ゆっくり休んでくれ」
「はい、ありがとうございます」
「では俺は自室に戻る」
なぜか足早に部屋を去ろうとするシリウス様。
部屋のドアの取手に手をかけた時に、私が後ろから声をかけた。
「シリウス様、おやすみなさい」
「……ああ、リリアナ。おやすみ」
最後にシリウス様は振り返って微笑みかけてくれてから、部屋を出て行った。
部屋の外で足音が遠ざかっていくのを聞いてから、私はベッドに寝転がる。
「はぁ〜……!」
なんか最後、すごい緊張したわ……。
あのまま鐘の音が鳴らなかったら、どうなっていただろう。
結婚式にはしなかったキスを、していたかもしれない。
……そう考えると、しなくて安心したのか、出来なくて残念なのか、よくわからない。
私はシリウス様のことを、どう思っているのかしら。
もちろんシリウス様はとてもいい人で、優しくて、カッコよくて、強くて……。
欠点らしき欠点は特にない。
強いていえば、食事をする時に注意しなければ淡々と味わわずに食べたり、私が騎士の方を治している時に不機嫌になったりする。
だけどそういうところもシリウス様らしい、可愛らしいところだと思ってしまう。
……自分の気持ちに嘘はつけない。
それでも私は、シリウス様を好きになっちゃいけない。
だって契約内容に、「相手を愛さないこと」と書いてあるのだから。
シリウス様も私に愛されたら困ると思う。
だからこの気持ちは心の奥底にしまっておかないといけない。
はぁ、もう寝ようかしら。
シリウス様が言っていた通り、今日はいろいろとあったから疲れている。
布団の中に入り目を瞑ると、すぐに眠気がくる。
「おやすみなさい……シリウス様……」
眠る直前、彼の笑みが頭に浮かんで、私は意識を手放した。