第17話 初夜?
結婚披露式の後、私は自室で休んでいた。
「はぁ、疲れたわね……」
「お疲れ様です、リリアナ様」
「ありがとう、ネリー。疲れたけど、とても楽しかったわ。ネリーや使用人達が一緒に準備をしてくれたからね」
「いえ、私達の方こそ、とても素晴らしき日に携わることが出来て光栄でした」
ネリーは笑みを浮かべながらそう言ってくれた。
ルンドヴァル辺境伯家はとても良い使用人がいて素晴らしいわね。
いや、辺境伯家が素晴らしいからこそ、良い使用人が集まるのかも。
しばらく休憩し、夕ご飯の時間となったのでダイニングルームへと向かう。
いつも通り、シリウス様もご一緒に食べるということで、対面に座って食べ始める。
今日は結婚披露式で疲れたからか、いつもよりも夕食が美味しく感じた。
もともと美味しくていっぱい食べてしまうのに、今日はパンをおかわりしてしまった。
ちょっと食べ過ぎたかしら?
夕食を食べ終えて、食後のお茶を飲んで退室しようとした時に、シリウス様に呼び止められる。
「リリアナ、少しいいか?」
「はい、なんでしょうか」
シリウス様は私の方に近づき、耳元で囁くように。
「今夜、君の部屋に行く。準備しておいてくれ」
「……っ!」
最初はどういうことかわからなかったが、これは……!
シリウス様はそれだけ言うと、ダイニングルームから出て行ってしまった。
私も恥ずかしくて顔が真っ赤になっているのがわかったが、とりあえず退室して部屋に戻った。
今夜、シリウス様が、私の部屋に来る。
つまり、そういうことだろう。
そういえば今日は結婚式だったし、世間一般的には初夜というものなのだ。
さらに私とシリウス様は契約結婚で、その時の条件で「性行為は月に一度」というものがあった。
今まで気づかなかったが、今日は私が辺境伯家に嫁いできてから、ちょうど一ヶ月が経った日だ。
もしかしてこれに合わせて結婚披露式も行ったのかしら?
わからないけど、準備をしろと言われたので、準備をしないといけないわね。
……な、何を?
私はいろいろと迷いながら自室に戻ると、ネリーがなぜかすでに待機していた。
「リリアナ様、大浴場に入りましょうか」
「あっ、うん」
私はネリーに連れられて大浴場に入り、身を清めた。
……なんかいつもよりネリーが気合を入れて、念入りに私の身体を洗ってくれた気がするんだけど。
部屋に戻り落ち着こうとすると、
「リリアナ様、軽く化粧をしましょうか」
「えっ?」
「大丈夫です、本当に軽くなので」
「あっ、はい」
ということで、ネリーに化粧をしてもらった。
……これ、ネリーに気づかれてるってことよね?
そういえばレイとネリーは私達の契約内容について知っているから、知っていてもおかしくはない。
服もいつもの寝やすさを一番に考えた寝巻きではなく、なんだかランジェリー感がすごいナイトドレスだ。
「ではリリアナ様、おやすみなさい」
「あっ、うん、おやすみ」
そしてネリーが出ていった。
……とてもありがたいけど、やっぱり恥ずかしいわね。
ナイトドレスで待つのは恥ずかしいので、クローゼットから薄手のガウンを着た。
今日はいつもよりも疲れているから、すぐにでも眠りたいと思っていた。
だけどシリウス様が来るということで、緊張で眠気はほとんど来ない。
ソファで座って待っていればいいものを、無駄に部屋の中をウロウロしたり、ベッドに腰掛けたりと、なんだか落ち着かない。
どれだけ待っていたかはわからないが、不意にドアがノックされた。
私はビクッとしてから、緊張を表に出さないように気をつけながら声を出す。
「はい」
「リリアナ、俺だ」
「ど、どうぞ」
私の声を聞いて、シリウス様は部屋に入ってきた。
彼の寝巻き姿を初めて見たが、胸元が少し開いていて、肌色が見えていてドキッとしてしまった。
「失礼する」
「はい」
私がベッドの端に座っていると、その隣にシリウス様が腰をかける。
「……」
「……」
こ、これは、どうするべきなのだろうか。
ただただ緊張で、この静寂の中、私の心臓が高鳴っている。
「リリアナ」
「は、はい」
「俺は今日、君を抱くつもりは、あまりない」
「……えっ?」
シリウス様の言葉に、私は目を見開いた。
「あ、勘違いはしないで欲しいが、決して君に魅力がないとかそういうのではない。むしろ俺は……いや、なんでもない」
「は、はい」
むしろ俺は、なんだろう……すごい気になるけど、聞いたらなんだか恥ずかしそうだから、流しておこう。
「ただこれはお互いの気持ちが大事だ。リリアナが今夜、どうしてもというのであれば、俺はその……」
「あっ、それは大丈夫です、はい」
「……そうか」
あれ、シリウス様が少し落ち込んでしまった?
……あ、私が即答で断ってしまったから?
おそらくそうだ、今のは私が悪い。
「大丈夫というのはその、私も今日するのはとても緊張していまして。決してシリウス様に魅力がないというわけじゃないです。むしろ……いえ、なんでもないです」
「……そうか」
わ、私は今、何を言おうとしたのかしら。
とても恥ずかしくなって、俯いてしまう。
だけどシリウス様の声が落ち込んだ感じじゃなくなったのでよかった。
「契約内容にも『断ってもいい』と書いた。だから今日は、君と一夜を共にするということはない。そこまで緊張しなくていい」
「はい、ありがとうございます。では、今日はなぜ私の部屋に?」
シリウス様は「抱くつもりはあまりない」と言っていた。
ん? 「あまり」ってことは、じゃあは、その……いえ、言葉の綾ね、うん。
そういう行為をしないつもりだったのに、なぜ部屋に来たのだろうか。
「今日はこの機会に、少しリリアナと話したいと思ってな。君がこの屋敷に来てから一ヶ月経ったが、ゆっくり二人で話す機会はそこまでなかったから」
「確かに、言われてみればそうかもしれませんね」
二人きりで話したのなんて、一番最初に会った時くらいかもしれない。
その時も契約内容を確認するだけだったから、ちゃんと話したイメージはない。
朝食や夕食は最近、一緒に食べてるけど、二人ともあまり話さずに黙々と食べる感じだ。
私は幸せを感じながら食べて、シリウス様がしっかり食べてるのを時々確認する。
彼はぼーっとしながら食べることが多いので、その時は声をかけさせてもらう。
しっかり味わって食べてください、と。
「軽く話をしたら俺は自分の部屋に戻るつもりだ」
「わかりました。ではお茶を用意しますか? 最近、ネリーに教えてもらったんですよ」
「リリアナが淹れるのか?」
「はい」
「そうか、では頼む」
いつもネリーに淹れてもらってばかりだったので、私も学びたいと言ってお茶の淹れ方を教わった。
まだネリーには遠く及ばないけど、美味しく淹れられるようにはなった。
自室に備えられているお茶やカップを準備して、二人分用意した。
シリウス様はその間にソファの方に座っていて、その前のテーブルに私がお茶を置いた。
私も彼の隣に座る。
「……ふむ、美味しいな。いい腕をしている」
「ありがとうございます。ネリーの教え方がいいお陰です」
「それもあるだろうが、君の学びの早さにはいつも驚かされる。ルンドヴァル辺境伯領のことも、ほとんど一日で学び終わったと聞いたが」
「それほどではありません。後日のテストも、完璧ではなかったですから」
「だが九割は覚えていて、もう一回確認したら全部を覚えたと聞いた。十分すごいことだ」
「ありがとうございます」
これほど褒められるのは慣れてないから、少し照れてしまう。
「……それほど優秀なのに、なぜ聖女を落第したのか」
「っ……はい」
「……聞いてもいいか?」
シリウス様は慎重にそう問いかけてくれた。
これは私が勇気がなくて、話せなかっただけ。
彼はしっかり受け入れてくれる、今はなんだか、そんな確信があった。
「……私が落第した理由は、一番は妹です」
「妹? 確か君の妹も聖女だと聞いているが」
「はい。義理の妹なのですが、私が聖女として見出されてから一年後、妹も聖女として選ばれました。それ以降、私は聖女学校に行く前に、妹に魔力をほとんど奪われてました」
「魔力を奪われていた……!?」
「あっ、一応合意の上というか、無理やり奪われていたわけではありません」
「ではなぜ魔力を渡していたのだ?」
「少し長くなりますが――」
私の実母が亡くなってからすぐに父親の愛人であるエメリ夫人と、一個下の義妹のセシーラが家に来たこと。
そしてエメリ夫人が家の実権を握り、二人に逆らえなくなり、私は家を追い出されて小屋で暮らしていたこと。
逆らったら何をされるのかわからないので、セシーラに魔力を渡し続けていたことを話した。
「なんという……それではほとんど、無理やり奪われていたのと同じではないか」
シリウス様は話を聞いて、不機嫌そうに眉を顰めた。
「すみません、気分を悪くするような話をしてしまい」
「いや、こちらから聞いたことだ。むしろ君にそんな辛い話をさせてしまって、すまない」
「いえ、慣れましたから」
「……聞いてもいいかわからないが、君が聖女を落第してから数年間、伯爵家ではどんな扱いを?」
「雑用の仕事、と言われて財政管理の仕事をほとんど任せられていました。扱いという意味では、使用人からも無視されるような扱いを受けていました。食事も抜きにされることは、珍しくありませんでした」
「っ……そうか」
私がこの辺境伯家に着いた時、今とは比べ物にならないくらい不健康な細さをしていた。
おそらくシリウス様はそこから推測はしていたはずなので、大きなショックを受けることはないはずだと思っていた。
「君のような素晴らしい女性、聖女がそんな扱いを受けていたなんて……バシュタ伯爵家に怒りが湧いてくる」
「……大丈夫です、シリウス様。もう私はバシュタ伯爵令嬢ではなく、ルンドヴァル辺境伯夫人なのですから」
「っ、ああ、そうだな。リリアナがここにいたいと思う限り、君は俺の妻であり、辺境伯夫人だ。伯爵家なんかに帰したりはしないから、安心してくれ」
「はい、ありがとうございます」
シリウス様の優しい言葉に、私は思わず微笑んだ。
彼とはしっかりとした、愛し合える夫婦にはなれないのかもしれない。
だけどお互いに尊重し合える夫婦にはなれると、私は思った。