第16話 誓いのキスと光の剣
シリウス様と歩き、牧師様が待つ祭壇の前まで歩く。
ウェディングドレスを着て高いヒールの靴なのは、思ったよりも歩きづらかったのだが、シリウス様がゆっくりと私に合わせて歩いてくれた。
その気遣いが嬉しくて、頬が緩んだ。
そして祭壇の前に着き、二人並んで牧師様の言葉を待つ。
「ではこれより、お二人の結婚式を行います」
牧師様の声が広い礼拝堂に響く。
礼拝堂の中には何人かの騎士と、執事のレイやメイドのネリー、使用人が数人。
そういえば私、シリウス様の親族らしき人を一度も見たことがない。
……私と同じく、結婚式に呼ぶような人はいないのかしら。
聞いてみたいが、さすがにそこまで深く切り込んで話を聞くのは憚られる。
いつか、シリウス様にお話ししていただけたら嬉しい。
「新郎シリウス。あなたはここにいるリリアナを、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、共に助け合い、妻として愛し慈しむことを誓いますか」
「……はい、誓います」
牧師の言葉に、彼がそう言った。
実際は、シリウス様とは契約結婚で、その条約に「お互いに愛さないこと」と言うことが書かれている。
だからこれは形だけのもので、少し寂しく感じる。
「新婦リリアナ。あなたはここにいるシリウスを、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、共に助け合い、妻として愛し慈しむことを誓いますか」
「はい、誓います」
最後の「愛し慈しむこと」というのは誓えないかもしれないけど、それ以外は……。
私は妻として、シリウス様をしっかり支えることにしましょう。
「では、指輪の交換を」
牧師様の側にいたレイが、指輪を持ってきてくれる。
それを受け取り、お互いに指輪を交換し合う。
指輪は薬指にピッタリと合い、なんだか温かな気持ちになる。
「続いて、誓いのキスを」
その言葉に私は心臓が少し跳ねたのを感じた。
そういえば結婚式といえば、誓いのキスがあった。すっかり忘れていたわ。
ど、どうするのかしら。
ここでシリウス様と初めてのキスをするの?
ベールが上げられて、シリウス様の顔が近づいてくる。
私は少し覚悟を決めて、目を閉じた。
すると……唇ではなく、頬に柔らかい感触が当たった。
驚いて目を見開いてシリウス様を見ると、少しだけ頬が赤くなっているのが見えた。
「……すまない。君とキスをするのは、まだ早いかと思った」
「は、はい……」
ま、まだ早いってなんだろう。
だけどシリウス様はしっかり私のこと、私達の関係を考えて頬にしてくれたようだ。
……なんだか、唇よりも恥ずかしい気がするのは、どうしてかしら。
そして私達はその場で結婚証明書にサインをし、礼拝堂で行うことは終わった。
この後は、領民に向けての披露式だ。
礼拝堂から出て大きなバルコニーのような場所に行くと、街の広場が一望できた。
そして広場には多くの人が集まっており、数万人はいるのではないかというくらいの集まりだ。
まさかこんなに人が集まっているとは思わず、私は驚いてしまった。
それだけ辺境伯であるシリウス様の結婚が待ち望まれていて、注目されているということなのだろう。
シリウス様と私の姿が見えると、集まった人々の歓声が上がった。
しばらくしてシリウス様が手を挙げると、徐々に人々の声が静まった。
「領民の皆、本日は私の結婚披露式に来てくれてありがとう。心より感謝する」
その言葉にまた歓声が上がった。
シリウス様の声は魔法で大きくなるようになっていた。
おそらく襟元につけられた、小さなピンマイクがその役割を果たしているのだろう。
「紹介が遅れたが、私は聖女であるリリアナを妻に迎えた。これからは妻と共に、ルンドヴァル領をより栄えていけるよう、励んでいくつもりだ」
シリウス様が私に視線で合図をすると同時に、私は一歩前に出た。
私の声も魔法で広場に響くようになっていた。
「ご紹介に預かりました、妻のリリアナです。私は夫であるシリウス様を支え、ルンドヴァル辺境伯領のために精進していくことを、ここに誓います」
私の言葉にも、広場に集まってる人達が歓声を上げてくれる。
そこでシリウス様と共に人々に手を振っていると、後ろからネリーが何か剣のようなものを持ってきた。
とても綺麗な剣だが刃はなく、剣身の部分は透明であった。
「これはなんでしょう?」
「魔力を込めると光る剣だ。ルンドヴァル辺境伯家では代々、結婚披露式は夫婦がこれを一緒に持ち光らせ、ルンドヴァル辺境伯領の未来を切り開き照らす、という儀式で終わる」
「……聞いてませんが」
「……言ってなかったか?」
「はい」
「……すまない、今言った」
まさかいきなりぶっつけ本番で、こんな大事なことをやるとは思わなかった。
「リリアナ、大丈夫だ。私の魔力だけでもこれは十分光るし、リリアナは魔力も多い。光らないなんてことは起こらないだろう……多分」
多分って言ってる、本当に大丈夫なのかしら。
これが光らなかったら、結婚が認められないとか、領民に認められないみたいにならないといいけど。
シリウス様が右手で剣を持ち、広場の空に切っ先を向ける。
「リリアナ、手を」
「はい」
私はシリウス様の左側に立ち、彼と対称になるように左手で剣の柄を掴んだ。
「ルンドヴァル辺境伯領の、さらなる発展を願って!」
シリウス様がそう言うと同時に、魔力を剣に込めた。
私もそれに倣って、魔力を全力で込めた。
回復魔法をする時は、怪我の度合いを見てそれに合った魔力を込めるので、一度も全力でやったことがない。
だけど今回はぶっつけ本番だし、とても大事な儀式のようだから、出し惜しみはしない。
すると透明だった剣身は徐々に光り、黄金のような輝きを放ち始めた。
ま、眩しい……近すぎるから、目が開けられないくらいの明るさだ。
これでいいのかしら?
私からするとすごい光っているように見えるんだけど、このくらいが普通?
それとも、これでも弱いとか?
広場に集まってる人々の反応を待っていると、徐々に歓声が上がってきて、今日一番の歓声となった。
よかった、とりあえず弱すぎて認められない、みたいなことはなさそうね。
そう思って隣にいるシリウス様を見ると、少し驚いたような顔をしていた。
あまり表情が動かない人なので、ここまで驚きに顔を染めているのは初めて見たかもしれない。
「シリウス様、どうしました?」
「……いや、なんでもない」
そう言って柔らかく微笑んだシリウス様に、私はドキッとしてしまった。
なんでもないと言うのに、なんでそんなに優しい笑みをしたのかしら。
とりあえず結婚披露式は、無事に終わった。