第15話 初デート、そして結婚式
服や靴の準備を終えて、また馬車に乗る。
屋敷の敷地内を移動するのではなく、城下街まで行くのでより一層豪華な馬車だった。
馬車の中ではシリウス様と二人きり。
いつも、というか今日の朝も二人きりで訓練所まで馬車に乗っていたのに、なんだかその時よりも緊張する。
「リリアナ」
「は、はい、なんでしょう」
「君はどんな宝石が好きとかはあるか?」
「宝石……ほとんどつけてこなかったもので、よくわかりません」
「ふむ、そうか」
少し眉を顰めたシリウス様。
あっ、なんか今の、不幸自慢みたいで嫌な感じが出てしまったかもしれない。
「その、私の都合で迷惑をかけてしまい、すみません」
「迷惑なんて何もかけられていないし、問題はない。これから好きな宝石を探せばいいだけだろう」
「……はい、ありがとうございます」
優しく接してくれて嬉しいけど、あまり優しくしないでとも思う。
契約結婚で、契約書に「愛し合わない」とまで書いてあったのに、勘違いをしてしまうから。
馬車が止まり、宝飾店のお店まで到着したようだ。
先にシリウス様が馬車から降りて、私に手を差し出してくれる。
「手を」
「……はい」
とても様になっていてカッコよく、ドキッとしてしまう。
シリウス様も少しだけ頬が緩んでいるように見えて、なおさらデートだと思ってしまう。
外に出るとここは貴族街と呼ばれるようなところで、宝飾店や靴屋、服屋など、貴族向けのお店が並んでいた。
もう少し中心街に進めば貴族向けではない、値段が抑えられた比較的買いやすいお店が並んでいるらしい。
普通の領民でもそういった品々を買えるというのが、このルンドヴァル辺境伯領が栄えている証拠だろう。
周りに人はあまりいないが、時々貴族らしい夫婦が見える。
その人達を見ると、女性が男性の腕に手を添えて、とても距離が近いまま歩いている。
あれが貴族らしいエスコートというものなのね。
私もああやった方がいいのかしら?
だけど私達は契約結婚で、ちゃんとした夫婦じゃないし。
そう思って私はシリウス様の隣を歩くが、腕に手を添えることはなく、普通に歩こうとしたのだが。
「リリアナ、手を回してくれないか」
「えっ? い、いいのですか?」
「もちろん、俺達は夫婦なのですから」
「は、はい」
まさかシリウス様からそう言われるとは思わず、胸が高鳴ってしまう。
だけど彼は聖女が嫌いなんだから、勘違いしちゃいけない。
これは多分、周りに少なくても人がいるから、しっかりとした夫婦だと見せるための行為だろう。
おそるおそる彼の肘上くらいに手を回す。
服の上からでもわかる、少しゴツゴツした固い腕。
鍛えられてた腕で、とてもたくましい。
「では、いきましょうか」
「はい、シリウス様」
必然的に近くなった彼の顔を見て、私は笑みを浮かべて頷いた。
シリウス様もいつもより優しい雰囲気のような気がする。
なんだか本当に、夫婦みたいね。
宝飾店に入り、いろんな商品を見ていく。
どうやら今日は貸切にしてくれていたようで、私達以外にお客はいない。
……これ、私が今日の午後に予定を入れてたら、どうしてたのかしら。
いや、さすがに私の予定をしっかり知っていて、一応あの時に確認の意味を込めて聞いてくれたのだろうけど。
しかし宝石というのは本当にいろんな種類、形、色がいっぱいある。
一つとして同じようなものはなく、どれも本当に綺麗ね。
店主の方も私にだけつきっきりで、どの宝石類も試しにつけさせてくれる。
「夫人、こちらはどうでしょうか? ネックレスで派手さはありませんが、とても落ち着いた色合いで上品な雰囲気でございます」
「とてもいいですね!」
宝飾店で買い物をするなんて初めての経験なのだが、思っていたよりも楽しい。
伯爵家のエメリ夫人が宝石をずっと眺めている理由が、少しだけわかった気がする。
だけど一日中同じ宝石を眺めてつけたり外したりするのは、よくわからないけど。
「リリアナ、決まりそうか?」
「あっ、シリウス様」
いけない、宝石を見るのに夢中で、シリウス様のことを少しだけ忘れていた。
「どれもとても綺麗で素晴らしく、一つに決めるのは難しいですね……」
「一つ? とりあえず、今試しに付けてもらったのは、全て気に入ったのか?」
「はい、どれも気に入りました!」
私が力強く頷いたのを確認して、シリウス様は店主の方に話しかける。
「失礼、店主殿」
「はい」
「今付けたものを、全てください」
「はい、かしこまりました!」
「……えっ?」
シリウス様の言葉に、私は目を丸くしてしまった。
す、全て? えっ、私が試しに付けたものは、二十個を超えるけど?
「シ、シリウス様!? 全てって、いいのですか!?」
「もちろん、リリアナは気に入ったのだろう?」
「そ、そうですけど、いくらなんでも買いすぎでは……?」
「辺境伯夫人なら、このくらいの宝石類は持っていて当然。むしろまだ少ないくらいだ」
「えっ……」
そ、そんなに? 本当に?
だけど辺境伯であるシリウス様が言うのだから、間違いないのだろう。
その後、本当に私が付けた宝石類を全て買ってしまい、後で屋敷に届けてもらうことになった。
「あ、ありがとうございます、シリウス様」
「ああ、喜んでもらえたなら嬉しいが、このくらいは当然のことだ」
シリウス様はそう言って微かに微笑んだ。
私は少し恐れ多くて、苦笑いしか出来なかったけど。
その後、近くの服屋や靴屋にも行って、そこでも多くの商品を買った。
なぜか既製品ではなく私の身体に合った特注品で、前に屋敷に来ていただいたデザイナーの方がいたお店だった。
おそらくシリウス様が今日のために、すでに伝えて用意してくれていたのだろう。
本当にここまでしてくれるとは思わず、私はシリウス様の気持ちが嬉しかった。
……少しやりすぎな感じは否めないけど。
そして数日後、ついに結婚披露式の当日となった。
その日はネリーや何人かの使用人に、朝から身支度を手伝ってもらった。
昼前になって全部の準備が終わった。
「奥様、本当にお美しいです」
ネリーが優しい笑みを向けながら、私にそう言ってくれた。
私は大きな鏡の前に立って、自分の姿を確かめる。
真っ白で綺麗な刺繍が入ったウェディングドレス、私が伯爵家で渡されたドレスなど比べるのも恥ずかしいくらいの美しさだ。
化粧もいつもよりも濃いが、上品に仕上げてもらっていて、自分でもビックリした。
髪にはウェディングドレスと同じ白色の薔薇を飾ってもらい、上品でいて結婚式に相応しい豪華さになっている。
胸には前に買っていただいたネックレス、宝石は私の瞳と同じ深い蒼色。
「ありがとう、ネリー」
「いえ、本日の結婚披露式、頑張ってください」
私とネリーはそう言って微笑み合った。
ネリーと共に控室を出て、結婚式場の大きな扉の前に向かう。
この結婚式場はルンドヴァル辺境伯家で一番大きな礼拝堂で、高台にある。
すでに高台の周りには多くの領民が集まっていて、結婚披露式を見守ってくれているらしい。
礼拝堂の中でまず結婚証明書にサインまでしてから、外に出て集まってる領民の前に顔を出すようだ。
大きな扉の前では、シリウス様がすでに待っていた。
いつもよりも整えられた銀色の髪、より端正な顔が見えやすく後ろに流されていた。
美しい刺繍と宝石が散りばめられた白い衣装を着ていて、いつもよりもかっこよさが増している。
素敵だと思って、私は顔に熱が集まるのを感じる。
いけない、これは形だけの結婚披露式。
あまり意識しないようにしないと。
「お待たせしました、シリウス様」
本来なら私の方が父親と入場し、祭壇の前で待つシリウス様の隣に行くものだけど、私には一緒に入場してくれる父親はいない。
だからシリウス様と一緒に入場することになった。
「……とても綺麗だ、リリアナ。いつもよりも美しさに磨きがかかっているな」
「っ、あ、ありがとうございます」
まさかそんな褒め言葉をもらうとは思わず、照れて顔を背けてしまった。
「やはり結婚披露式を遅らせてよかったな。一ヶ月前だったら、君はそこまで綺麗に着飾れなかっただろう」
「……そうですね」
それは私が貧相だったから、という意味よね?
なんだか少しデリカシーがないことを言われて、少し冷めてしまった。
だけど……こういうところも、シリウス様らしい。
「ふふっ」
「? なぜ今笑ったんだ?」
「いえ、シリウス様もとても素敵です。まるで物語に出てくる王子みたいです」
「……そうか、ありがとう」
シリウス様も少し照れたように、目を背けた。
しかしすぐに私に腕を差し出してくれる。
「リリアナ、手を」
「はい、シリウス様」
私は腕に手を添えて、彼を見上げる。
シリウス様も私の方を見ていたようで、目がバッチリと合う。
少しだけ見つめ合い、そしてお互いに目尻を下げて笑った。
「では、行こうか」
「はい」
なんだかその瞬間が、シリウス様と一番心が通じ合った気がして、嬉しかった。