第13話 好ましい
「シリウス様、訓練所に着いたようですが?」
俺は馬車から外をぼーっと眺めていたが、その声にハッとした。
今日はリリアナを訓練所に案内して、聖女の力を確認する日だ。
リリアナが俺の目の前に座って、心配そうな顔をしながら俺を見ている。
「そのようだな」
「シリウス様、昨日はしっかり眠りましたか? あまり顔色がよろしくないようですが」
「大丈夫だ」
確かに昨日は少し眠りにつくのが遅かった。
リリアナの部屋に昨日行った時に、彼女が不安になっているのがわかった。
聖女の力があったら、辺境伯家から追い出されるのでは、と思っていたのだろう。
俺がそれについてしっかり説明し、不安を解くと……花が咲いたような美しい笑みを浮かべた。
その笑みに、俺は心臓が高鳴ったのを感じた。
小さい頃から訓練や領地経営の勉強しかしてこなかった俺にとって、その感覚は初めてで……寝るのが少し遅くなった。
そんな理由をリリアナに言えるわけがないだろう。
「それならいいのですが……」
「朝ご飯も一緒に食べたのだから、大丈夫だとわかるだろう」
「確かにしっかり全部食べていましたね」
リリアナはニコッと笑ってそう言った。
俺のことを出来の悪い子供か何かだと思っているのだろうか。
馬車が止まり、扉を開いて俺が先に出る。
そして彼女に手を差し伸べる。
「……ありがとうございます」
少し照れるように顔を赤くしながら、笑みを浮かべて俺の手を取った。
可愛らしい反応で、また俺の心臓が高鳴った。
うるさいぞ、心臓。もう少し静かにしていろ。
訓練所までは手を繋いでいたのだが、さすがに着く前には手を離した。
騎士達の掛け声が響く訓練所の広場に行くと、騎士達が武器を手に取り打ち合っているのが見えた。
「わぁ、すごい……」
リリアナがその光景を見て思わずという感じで、そう呟いた。
「ここでよくこうして模擬戦をするので、怪我をする者が多い。もちろん命に関わる怪我などではないが、打撲や裂傷などはよくある」
「それを私が治すということですね、かしこまりました」
「ああ、そうだ。訓練をして怪我をするところを見たくないというのであれば、治療室があるからそちらに行くが」
「いえ、領民を守るため日々訓練をなさっている姿を見ていたいです。あっ、邪魔というのであればもちろん移動しますが……」
「……いや、大丈夫だ。では椅子を持ってこさせよう」
やはりリリアナは、前に来たクズのような聖女とは違うようだ。
俺が指示をして椅子を持ってこさせたのだが、騎士が「あっ」と声を出した。
リリアナもその騎士を見て笑みを浮かべる。
「こんにちは、騎士さん。前のお怪我は大丈夫でしたか?」
「は、はい! 奥様のお陰で、傷跡も残らず!」
この騎士は確か、リリアナをこの辺境伯家に来る時に、魔獣に襲われて怪我をした騎士だったか。
「それはよかったです。あの時は魔獣を倒してくださり、ありがとうございました」
「いえ! それが私達の仕事ですから! むしろ奥様をお守り出来たことを、心より嬉しく思います!」
騎士が顔を赤らめながら敬礼をして、嬉しそうに話す。
リリアナもその騎士に向けて、優しい笑みを浮かべている。
……なんだかムカムカするな。
「おい、お前。早く訓練に戻れ」
「は、はっ! 申し訳ありません!」
騎士が慌てたように一礼して、訓練に戻っていった。
「シリウス様? どうかしましたか?」
「……いや、なんでもない」
俺がイラついたことが伝わったようだが、なぜイラついたのかはわからないようで、不思議そうに首を傾げるリリアナだった。
その後、三十分ほど訓練を眺め続けた。
リリアナは訓練の様子を真剣に見つめていた。
リリアナは前にこの領地について勉強をしてもらったが、本当に覚えがよかった。
そして理解すると共に、騎士達に敬意を払ってくれている。
前に来たクズ聖女達は本当にそれも理解せず、騎士達を下に見て、守ってくれた騎士達に回復魔法すらしなかったからな。
訓練がひとまず休憩に入ったところで、俺が騎士達に声をかける。
「怪我をした者はこっちに来い!」
俺の声がけに反応し、十人ほどの騎士が恐る恐るやってくる。
「閣下、なんでしょうか?」
「今から夫人に回復魔法を行ってもらう。夫人に怪我をしたところ、どう痛むかなどを伝えてから、回復魔法をかけてもらえ」
「は、はっ!」
「ではこちらに座ってください」
もう一つ用意してあった椅子に、一人目の騎士が座る。
「どこを痛めましたか?」
「訓練中に一度、右肩の関節が外れてしまい、治したのですがまだ痛みが……」
「脱臼ですね、わかりました。では半身になって右肩を私側に見せてください」
「は、はい」
「では……『ヒール』」
彼女が騎士の方に手をかざし、魔法を唱えると共に淡い光が灯った。
「どうでしょう?」
「……ま、全く痛みがありません! すごい!」
右肩を回すように確かめた騎士が、驚いたようにそう言った。
「それはよかったです」
「あ、ありがとうございます!」
リリアナが騎士に向かって笑みを浮かべると、騎士も嬉しそうに彼女を見つめている。
「……おい、手当てをしてもらったなら早くどけ」
「は、はい!」
これは彼女の手当てがスムーズに進むように言っただけだ、決して俺がイラついたからとかではない。
「あなたはどこを怪我しましたか?」
「俺は足の太ももに裂傷が……」
「……わかりました。では、『ヒール』」
刃物か何かで切られたような太ももの傷が、彼女が魔法を唱えると共に淡い光が灯り、一瞬にして治っていく。
「す、すごい……!」
「痛みもないですか?」
「は、はい! ありがとうございます、奥様!」
「どういたしまして」
「……おい、早く次のやつに代われ」
「か、かしこまりました!」
いちいちリリアナと喋るんじゃない、時間の無駄だろう。
しかし……彼女は聖女の回復魔法を、十二分に使えている。
どこが「役立たずの落第聖女」なのだろうか。
もしかしたらこれほどの力があっても、隣国にとっては役立たずということなのか。
それはさすがにないと思うが、ならばどうして彼女がそんな蔑称を受けていたのか。
十人ほどいた怪我人も、彼女は簡単に治していった。
「ふぅ……」
「リリアナ、大丈夫か? 魔法を結構使っていたが」
「シリウス様、ありがとうございます。ですが魔力については全く問題はありません。まだ半分も使っておりませんので」
「半分も? そうか……」
魔法というのは魔力をとても多く使うし、聖女の回復魔法だったなら普通の魔法よりもさらに多くの魔力を使う。
それなのに十人もの傷を治して、半分も魔力をつかってないなど、驚異的な魔力量だ。
俺も魔力量は多い方だが、おそらく俺よりも多いな。
本当にどうして彼女が聖女として落第されたのか、全くわからない。
「何人くらいまで十分に治せるのか、もう少し調べたいのだが大丈夫か?」
「はい、もちろんです」
リリアナが承諾してくれたので、このまま訓練を見続けることに。
しばらくしてから、リリアナから話しかけられる。
「あの、シリウス様。少し席を外してもよろしいでしょうか」
「ん? どうした」
「その、化粧直しを」
「あ、ああ、そうか。それならこの道の突き当たりを右のところに」
「ありがとうございます」
彼女は少し恥ずかしそうに化粧直し、手洗いへと向かった。
また配慮が足りなかった……しくじったな。
俺もやることがないので、壁にもたれかかりながら訓練を見ていた。
しかし十分、二十分も経ってもリリアナは帰ってこない。
どうしたのだろうか、いくらなんでも遅い。
やはり魔力が切れる寸前で、体調が悪くなったのだろうか。
彼女の様子を見るために、手洗いの方へと歩いて行くと……。
「っ! どうした、大丈夫か?」
手洗いの前で、リリアナはしゃがみ込んでいた。
俺が声をかけると、彼女は顔を上げて軽く微笑んだ。
「シリウス様……申し訳ありません、少し気分を崩してしまい……」
その笑みはいつもの見ていて心が温かくなるようなものではなく、無理して微笑んでいるのが一眼でわかるものだった。
「魔力が限界だったか? それなら早く言ってくれれば……」
「いえ、魔力は大丈夫なのですが……傷などを見るのは初めてなもので、気分が悪くなってしまいました」
「っ、そうか」
俺や騎士達は慣れてしまっているが、彼女は初めて人の生々しい傷や血を見たはずだ。
しかもそれをどういう傷か説明され、患部を見て、回復させる。
聖女だったと言っても、ここまで生々しい傷を連続で治すのは初めてのはず。
母上も騎士の大きな怪我を治す時は、蒼白な顔で治していたのに。
彼女の心の負担、体調を考えなかった。俺のミスだ。
「すまない、無理をさせてしまった。今日はもう休もうか」
「いえ、私は大丈夫です。このくらいの体調でしたら、全く問題ないです」
リリアナはそう言って立ち上がり、気丈に振る舞った。
しかしいつもよりも顔色が悪いのはわかるし、確実に無理をしているだろう。
その姿が俺は、彼女と同じ聖女で無理をして死んだ母上が重なった。
「ダメだ、無理はさせられない」
「えっ?」
リリアナも母上と同じく、無理をしながら、隠しながら仕事をするタイプなのだろう。
母上は体調が悪いのを隠して、魔獣討伐へ行って死んでしまった。
「すぐに馬車を用意する、帰るぞ」
「わ、私は大丈夫ですよ、シリウス様。まだ回復魔法を使えます」
「ダメだ」
「ですが……」
なぜ彼女はこうも頑なに回復魔法の実験をしようとするのだろうか。
しかしもうやらせるわけにはいかない。
俺はリリアナに近づき、膝下に手を当てる。
「えっ? きゃぁ!」
そのまま彼女を横抱きにして、持ち上げた。
「シ、シリウス様!?」
「もう今日は終了だ。このまま帰るぞ」
「よ、横抱きのままですか!?」
「リリアナが頑固なのが悪い」
横抱きをして持ち上げているのに、リリアナはすごい軽いな。
まるで羽を抱いているかのようだ。
こんな細い身体でよくあんなに回復魔法を行使し、顔色をほとんど変えずにやり切ったものだ。
彼女のその強さに感心する。
「馬車まで行くぞ」
俺が歩き出すと、リリアナは顔を真っ赤にして抵抗し始める。
「お、下ろしてください……!」
「ダメだ。それに暴れるな、リリアナ。落ちて怪我をしてしまうぞ」
彼女がどれだけ暴れても、絶対に落とさないが。
「で、ですが……!」
「それともう少し持ちやすいように、俺の首に腕を回してくれ」
「っ、うぅ……!」
リリアナは顔を真っ赤にしたまま、俺の首に腕を回してくれた。
俺はその状態で歩き始め、訓練所の外に出る。
訓練所の外では何人かの騎士が見回りをしており、そいつらに声をかける。
「おい、馬車を呼んでくれ」
「は、はっ!」
俺とリリアナの姿を見て目を丸くした騎士だが、すぐに馬車を呼びに行った。
「も、もう下ろしていいのでは?」
「ダメだ、馬車に入るまでは」
彼女が体調が悪いのは変わらない、俺が持ち上げて移動した方がいいだろう。
馬車が来るまで俺はそこで彼女を横抱きにしたまま待っていたが、訓練所の入り口で待っていたので、いろんな騎士が出入りして見てくる。
別に俺は気にしないが、リリアナが恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていた。
そういえば、これだけ近くで彼女の顔を見るのは初めてだ。
まつ毛が長く、目がぱっちりしている。
この屋敷に来た時と比べて、少しふくよかになったので、頬が痩せこけたような感じはもうない。
だから愛らしい顔立ちがしっかりとわかって、その顔が真っ赤になっていてとても可愛らしい。
……可愛らしい?
俺が聖女に対して、そう思ったのか。
いや、そうだな……自分の心に嘘つくことは出来ない。
最初は聖女というだけで俺は彼女のことが、リリアナのことが嫌いだった。
聖女なんて母上以外、全員がクズだと思っていたから。
しかし彼女は、母上のような素晴らしい聖女のようだ。
聖女は大嫌いだが……母上やリリアナのような聖女は、嫌いだ。
自分の身を顧みず、誰かを助けるような聖女。
リリアナはそのような聖女だから、嫌いで――とても、好ましい。
「馬車が来たようだ、行こうか」
「……はい、シリウス様」
横抱きで恥ずかしそうに顔を赤らめるリリアナを見て、俺は口角を緩ませた。
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