第11話 距離が少し…
ルンドヴァル辺境伯家のこと、辺境伯領について教えてもらってから数日後。
私のもとに、オーダーメイドの服や靴などが届いた。
先日、デザイナーの方が屋敷まで来ていただいて、身体のサイズなどを測ってくれた。
細すぎて驚かれてしまったけど、今の食事が続けばもう少しふっくらすると思うので、それをふまえて作ってもらった。
とても綺麗で美しい服や靴などが届いて、本当に嬉しいけど……こんな贅沢してもいいのかしら。
私、ルンドヴァル辺境伯家に嫁いできて、まだ何もしてないのに。
そう思って夕食の時にシリウス様に話す。
「シリウス様、あんなに服や靴など、高価なものを頂いてもいいのでしょうか?」
「……ん、あれくらいは当然のことだ」
シリウス様は口の中のものを飲み込んでから、答えてくれる。
「むしろ辺境伯夫人なら、あれでも少ないくらいだ。今度また城下街に降りた時に、いろいろと買い足すといい」
「その時はシリウス様がご一緒してくださるのですか?」
「俺が? そうだな……仕事の空きがあったら一緒に行ってもいい」
「ではぜひご一緒したいですね」
「……ああ」
私が笑みを浮かべて言うと、シリウス様は顔を背けながら了承してくれた。
なぜかレイが驚いた顔をしていて、ネリーがニヤニヤした顔をしている気がするけど。
「城下街に一緒に行くのはいいが、その前に領民に向けての結婚披露式がある」
「結婚披露式、ですか?」
「ああ、代々聖女が嫁いできた時に、聖女と結婚したことを領民に伝えるための披露式だ」
シリウス様は少し嫌そうな顔をしながら言う。
彼は聖女が嫌いなのに聖女である私を妻にしたのだから、領民に聖女を妻に迎えたと言うことを伝えて安心してもらおうというわけね。
私もこれだけ美味しい食事や高価な服などを買ってもらっているのだから、しっかり恩返しをするために協力しないと。
だけど領民の前で結婚披露式なんて、すごい緊張するわ。
「だからまず君はもう少し太った方がいい」
「うっ……はい、わかっております」
自分の身体が貧相ということは、自分が一番わかっている。
これでも少しずつ肉がついてきたと思うのだけど、まだ痩せすぎの域を抜けていない。
「披露式は半月後くらいに行う予定だ。それまでにはもう少しふくよかになるだろうから、慌てることはないが」
「はい、頑張ります……」
「? ああ」
シリウス様は私が落ち込んでいる理由がわからないようで、首を傾げてから食事を再開する。
執事のレイがため息をついているのが見えた。
食事がとても美味しいからいっぱい食べるのは難しくないから、頑張ろう。
夕食を食べ終えて自室に戻ろうとしたところ、シリウス様に呼び止められる。
「明日の予定で話があるのだが、今いいか?」
「はい、大丈夫で……」
「いえ、シリウス様、執務室で仕事が残っているので、まずはそちらを片付けてください」
私が返事をしようとしたところ、レイが遮るように話に入ってきた。
「ん? レイ、もう今日の仕事は終わったはずだが」
「終わってないです。というか今出来ましたので、行きましょう」
レイはシリウス様の背中を押すようにして部屋から出て行ってしまった。
なんだったんだろう?
「リリアナ様、自室に戻りましょうか」
「あ、そうね」
ネリーに声をかけられて、私は自室に戻った。
しばらく待っていると、自室のドアがノックされた。
「どうぞ」
私が声をかけると、シリウス様が入ってきた。
なんだか気まずそうな顔をしているけど……。
「失礼する。その、明日の予定の話についてなのだが……」
「はい、なんでしょう」
「その前、先ほどはすまなかった」
「? 何がでしょうか?」
「食事の時に、君の身体について、その、配慮のない言葉を言ってしまったことだ」
まさかシリウス様から謝られるとは思わず、ビックリした。
おそらくレイがシリウス様を執務室に連れて行った時に、注意したのね。
なんだか部下に怒られて謝りに来るところが可愛らしくて、笑ってしまった。
「ふふっ、大丈夫ですよ。気にしてませんから」
「それならよかったが、すまなかった。君の健康が大事だから、これからも無理せずしっかり食べてくれ」
「はい、ありがとうございます」
心配してくれてたのね、それは素直に嬉しい。
シリウス様と少し距離感が近くなった気がした。
「それで、明日の予定とはなんでしょうか」
「ああ、そうだった。明日、騎士団の訓練所に来てくれないか」
「騎士団の訓練所、ですか?」
「城壁内にあるから遠くない。そこで少し、君の聖女の力について確かめさせてもらいたい」
「っ……聖女の力、ですか」
やはり、シリウス様にも伝わったのね。
この屋敷に来る途中、騎士の方が魔獣に襲われて怪我をして魔毒に苦しんでいる時に、私が聖女の力で治したことを。
レイが見ていたから、シリウス様にも伝わるのは当たり前ね。
「君にどれほどの聖女の力があるのか、この領地を守る辺境伯として見ておきたい」
「……はい」
正直言って、少し怖い。
なぜならシリウス様は、聖女がお嫌いと言っていた。
聖女が嫌いになった理由などは全くわからない。
だけど私を妻に選んだ理由は、聖女だけど聖女の力が満足に使えないから。
それなのに私が聖女の力を普通に使えることが知られたら……婚約を破棄されて、伯爵家に帰らされるかもしれない。
それが少し、いや、すごく怖い。
「リリアナ」
「っ……」
「君を妻に選んだ理由は前にも話した通り、聖女の力が使えない聖女だからだ。だがもし君が聖女の力を十分に使えるとしても、俺は君と婚約破棄をするつもりはない」
「えっ……?」
「俺は聖女が大嫌いだ。だが君は、リリアナは、俺が大嫌いな聖女では、ない気がする」
私が、シリウス様が大嫌いな聖女ではない……?
「それは、どういう……?」
「……そのことはまた今度話す。今言えるのは、リリアナがたとえ聖女の力を十分に使えるとしても、俺は婚約破棄をするつもりはないし、バシュタ伯爵家に帰らせるつもりもない」
「っ……」
やはりシリウス様は、私がバシュタ伯爵家でどんな扱いを受けていたのか、だいたいの想像がついてるみたい。
侍女も一人も連れてこず、荷物も最低限のものしか持ってこなかったから、察するのも難しくはないだろう。
その上で、私を伯爵家に帰すつもりはないと、言ってくださった。
「ありがとう、ございます」
私は心からの笑みを浮かべてお礼を言うと、シリウス様は驚いたように目を見開き、気難しそうな顔をしながら視線を逸らした。
「……だがその、君は大嫌いな聖女じゃないとしても、聖女が嫌いなのは確かだ」
「あっ、はい」
「それと聖女の力を俺が必要としていないのも事実だ。聖女の力がなくとも辺境伯家はやっていけると証明するために。だから君に聖女の力が十分にあったとしても、使う機会はほとんどないと思ってくれ」
「はい、かしこまりました」
前提として、聖女の力は必要ない。
だけど一応、どのくらい聖女の力があるのか確かめたい、ということだろう。
「魔力を多く使うかもしれないから、今日はゆっくり休んでくれ」
「はい、ではおやすみなさい、シリウス様」
「ああ、おやすみ……リリアナ」
シリウス様は優しい笑みを浮かべてから、私の部屋を出ていった。
い、意外と優しくて愛らしい笑みをするのね、シリウス様は。
それに……初めて、私の名前を呼んでくれた。
あんな優しい声で呼ばれるとは思わず、少しドキッとしてしまった。
はっ、いけないわ。
契約にもある通り、私はシリウス様を愛してはいけないのだから。
しっかり自制しないと……!
明日は騎士団で聖女の力を使うみたいだから、しっかり休んでおかないと。
私はベッドに入って眠りにつこうとしたが、シリウス様の優しい声と笑顔を思い出して、少し眠るのが遅れた。
……まあそれでもベッドに入って十分後には寝れたけど。
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