第1話 役立たずの落第聖女、嫁ぐ
「リリアナ、お前の嫁ぎ先が決まったぞ」
久しぶりにお屋敷に帰ってきたお父様が、突如そんなことを言ってきた。
一年に数度しか領地に帰ってこないお父様。
出張と言い張っているようだが、領地経営をほったらかしにして、各地に遊びに行っているのは明白だ。
そんなお父様が久しぶりに帰ってきたかと思えば……。
「私の嫁ぎ先、ですか?」
動揺した様子を見せないようにしながら、目の前に並ぶ食事を食べる。
ずっとまともな夕食を食べていなかったので、お父様の話なんて聞く暇があれば、この夕食をしっかりと味わって食べたい。
お父様が帰ってくるとこうして家族で……まあ家族とは思ってないけれど、一緒にまともな食事が出来るので、それは嬉しい。
お父様の前では義母も義妹も、私と仲が良いフリをするから、一緒に食事をするのだ。
「お姉様にまさか、嫁ぎ先が見つかったの? さすがお父様ね」
嘲笑するようにそう言うのは、異母妹のセシーラ。
十七歳で少し幼い顔立ちをしているが、伯爵令嬢に相応しい綺麗で長い金色の髪。
顔立ちは可愛げがある感じなのだが、今は私を見下すように歪んでいた。
「私の伝手でな。だが役立たずの落第聖女というだけあって、探すのには一苦労だった」
「ふふっ、そうですよね。お姉様は聖女に選ばれたにもかかわらず、才能がなくて落第した聖女なのですから、殿方もそんな相手を選びたくはありませんよね」
いつものように、私を蔑むような言葉を並べるセシーラ。
顔は可愛いのに、そういう言葉を言っていると悪女のように顔が歪むのが玉に瑕だ。
まあ彼女はこの国の王太子様と仲が良く、婚約一歩手前と言われているようだから、別にいいのかもしれないけど。
それにしても食事が美味しいわね。
「リリアナ、食事の手を止めなさい。お父様が喋っているでしょう」
「んっ……はい」
私にそう注意したのは、義母のエメリ夫人。
セシーラとそっくりな金色の髪とお顔に少しだけ皺が入っているが、歳を考えれば十分にお綺麗な人だ。
まあ歳を考えれば、中身がとても我慢が出来ない子供っぽい方だとは思うけど。
「もっと綺麗に落ち着いて食べなさい。伯爵令嬢が情けないわ」
「すいません、お義母様。久しぶりのまともな食事なので」
「っ……ふん」
私の嫌味な言葉にイラッとして何かを言おうとしていたけど、お父様の前なので黙ったようだ。
「それでお父様、私が嫁ぐ方はどなたなのでしょうか?」
「アムレアン王国の、シリウス・アルメン・ルンドヴァル辺境伯だ」
その言葉に私は少しだけ目を見開いた。
アムレアン王国というのは、このラウリーン王国の隣国だ。
まさか隣国の辺境伯様だとは。
「まあお父様、ルンドヴァル辺境伯領って、あの魔獣がたくさん出る危険な領地ですか?」
大袈裟に驚いたように言ったセシーラ。
もしかして知っていたのかしら?
お父様が私の縁談を切り出しても特に騒いだ様子もなかったし、おそらく事前に知っていたのね。
「お姉様、可哀想……ただでさえ落第した聖女だから弱いのに、魔獣がたくさん出る地域に行くなんて」
「確かに危ない地域であることは変わりないが、魔獣が出るからこそ魔石などの流通が多く、豊かな領地だ。準備金もたんまりともらったしな」
お父様はそう言ってニヤリと笑った。
やはりお父様も私のためを思って嫁ぎ先を見つけたのではないようだ。
だけどルンドヴァル辺境伯は、なぜ私みたいな者と婚約してくれるのだろう?
さっきからセシーラやお父様が言っている、「役立たずの落第聖女」というのは、おそらく有名な話だ。
聖女は十五歳の時に貴族の女性が受ける神託の儀で、才能があるものだけが選ばれる。
一年に十人も出れば豊作とされ、一人も出ない年もある。
私は十五歳の時に聖女に選ばれ、それから聖女として育てられる学校に通っていた。
最初の一年はよかった、成績優秀で歴代でも最高と言われていた。
しかし義妹のセシーラも聖女に選ばれた日から、大きく変わった。
そこまで考えていたら、お父様がなぜ辺境伯が私を婚約者として選んだのかを説明し始めた。
「ルンドヴァル辺境伯は、魔獣が多い領地だから代々聖女と婚約を交わしてきた。聖女の魔法は効くからな」
確かに聖女にしか使えない浄化魔法は、魔獣に対して一番の攻撃となる。
魔獣の強さにもよるが、大体の魔獣を一回当てるだけで倒せるくらいの魔法だ。
そして聖女は回復魔法も使えるので、そういう危ない領地に聖女を呼ぶ理由もわかる。
だがわからないのは、なぜ私みたいな「役立たずの落第聖女」を選んだのか。
今の理由だと、なおさら私を選ぶ理由がないように思える。
「今のルンドヴァル辺境伯の当主のシリウス様は、なぜか『聖女などいらない』とずっと言っているようだ。シリウス様はすでに二十五歳だが、これまで婚約者の噂もなかった」
「私もシリウス様の噂は聞いたことありますわ。とても冷たい目をしていて、聖女を憎んでいると言われるほど、聖女嫌いで有名ですわ」
「ああ、だがルンドヴァル辺境伯家は代々聖女と婚約してきたので、それはやはり変えられないようだ。だから聖女の中でも落第したお前なら、ということで話が来たのだ」
「なるほど、そうだったのですね」
聖女が嫌いと噂されるシリウス様だけど、家の決まりで聖女と婚約をしないといけない。
それで誰でもよかったのかわからないが、聖女の中でも「役立たずの落第聖女」と言われる私を選んだ、というわけなのだろう。
「可哀想なお姉様。聖女を落第して、さらには聖女が大嫌いなシリウス様に嫁がれるなんて……ふふっ、女の幸せも掴めそうにありませんね」
可哀想、と言うのであれば、笑うのはやめるべきなのでは?
誰がどう見ても嘲笑しているようにしか見えないけど。
「出立は一週間後だ。それまでに用意しとけ」
「一週間後ですか? それはあまりにも早すぎないですか?」
「別にお前が用意するものはない。お前みたいな役立たずの落第聖女をこの家に置いてやってるだけ、ありがたく思え。さらには嫁ぎ先も見つけてやったのだ」
ああ、そうか、お父様は知らないのか。
私がずっとこの屋敷ではなく、別邸と呼べるかどうかも不明の小屋に住んでいることを。
まあ追い出されないだけマシなのかもしれないわね。
嫁ぎ先を見つけてやったというのも、準備金が欲しかっただけだろう。
その準備金とやらも、私に使われることはほとんどないはずだ。
「かしこまりました。では一週間後に、ルンドヴァル辺境伯に嫁ぎます。今までお世話になりました」