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調査


 んー、と大きく伸びをして、ロートは眼を開いた。

 飛び込んできたのは、賑やかな市場。城門付近にあったのとはまた違い、生粋の商人達が店を構えている。どうやら組合でもあるらしく、計画性を感じさせる配置になっていた。

 八百屋なら八百屋、魚屋なら魚屋といった風に、区画ごとに同業者同士で集まっている。競争が激しくなり、透明性のある商いを奨励するためだ。そのため、あちらこちらで値下げを叫ぶ声が聞こえた。

 久しぶりに一人での自由行動だ。厳密にいえばかなり違うのだが、目をつむることにした。

 期限は夕食まで。ある程度の情報が集まれば文句をいわれることはないだろう。と、いいつつも真面目に仕事しようと思ってしまう自分に、少し嫌気がさした。

 とりあえず、仮面祭のことから調べよう。

 怪しげな男の話によれば、近々行われるそうだ。そういえば、詳しい日時を聞いていなかったと思いだして、目の前を歩いている主婦とおぼしき女性に声をかけた。

「あのー、ちょっといいですか?」

「あ、はい」

 面として向き合うと、だいぶ若く見えた。手にはいくらか膨らんだ袋が提げられている。

「いきなりで申し訳ないんですけど、仮面祭について教えていただけませんか? そういうものがあるとは聞いたのですが、なにぶん今日来たばかりで右も左もわからないものですから」

 自然に微笑んで、視線を合わせる。同程度の身長の人は久しぶりだな、と思った。

「そういうことなら、喜んで。でも……具体的にはどのようなことをいえばいいのか……」

 言葉に詰まる。問題が漠然とし過ぎていたのだ。

「えーとですね。例えば日時とか」

 女性は、きょとんとした顔になった。

「仮面祭は――明日ですよ」

「えっ!」

 意外だった。少なくとも、もう少し後のことだと思っていたのだ。それにしても明日とは……。

「あら、ご存知なかったんですか。ほら、もうみんなお祭り気分ですよ」

 手を広げて大衆を示すが、平常な日々の様子を知らないロートとしてはあまり参考にならなかった。

「そ、それで明日のいつぐらいに始まるのですか?」

「夕方くらいからですね。日が暮れると仮面をつけて出てきて、お祭りをするんです。だから、仮面さえ持っていたらあなたも参加できますよ」

 ひょっとしたら、勘の鋭いイリスは仮面祭に参加するために仮面を購入したのかもしれないな、とうっすら思った。

「城では、舞踏会が開かれるという噂を聞いたのですが、本当ですか?」

 大して重要なことではないが、一応手元に集める情報は多い方がいい。どんなに些細なことでも、どこで役に立つか分らないものだ。

「本当ですよ。しかも、サラ様自らがお誘いに来るって話なんです。聞いたところによると、美人さんをスカウトしに来られるとかなんとか……あ、これは噂ですから、真意はわかりませんよ?」

 美人をスカウトか――絶対に行きたくないな。美人恐怖症のロートは思った。すべてはイリスの所為である。

「性格とかは見ないんですか……その人」

「はい?」

 ほとんど独り言のような願いが口から出た。

「いえ……無視してください」

「そう……ですか」

 そこで会話が途切れる。なんとなく気まずい空気が流れて、女性が口を開いた。

「そろそろ、いいですか?」

 尋ねることはないか、という確認である。ロートは、最も重要なことを聞き忘れていたのを思い出した。

「――騎士サーディクとグラナートの誓い。それについて教えていただけませんか?」

「グラナートの誓い……あの、伝説の宝石のことですか?」

 サーディクが隠したといわれる、特大級のジュエル。

 想いの詰まったその石は、一粒の涙のようで。淡い夕陽に沈むような、深い輝きを放つ。その雫が溜まり、グラナートの誓いとなった。

 ロートが知っているのは、それだけである。

「この街の名前のもとになったと聞いたことはありますけど、詳しいことはわからないんです。すいません」

 申し訳なさそうに、下を見つめた。

「そうですか……いえ、大丈夫ですよ。だいぶお時間をとらせてしまって申し訳ありませんでした。大変参考になりましたよ」

 両手を合わせてお辞儀をする。かなりの収穫があった。おそらく、これ以上のことは他で訊いてもわからなかっただろう。

「では、ありがとうございました」

 去り行く姿を見送ってから、再び歩きはじめる。陽はまだ高く、ロートの姿をありありと照らしていた。


この章は短いですけど……。

次からいくらかややこしくなります。

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